第7話 兄妹の内緒電話

 黄昏たそがれ時の19時過ぎ。

 とあるスタッフルームの中で——。


「おっ?」

「この着信は……としさんの方ですね」

「あー。ちょっと出てもいいか? 妹からだわ」

「気にしないので全然OKです」

「すまん、サンキュな」

 アパレルのバイトが終わった後の俊道としみちは、同じくシフト終了の仲間に一声を入れ、電話を取っていた。


「はいもしもーし」

『ん。兄貴、今大丈夫?』

「おう、ちょうどバイト終わったとこ。……で、なんかあったのか?」

 休憩室も兼ねたスタッフルームで長電話をするのはあまり好ましくないこと。

 また、妹がこうして電話をかけてくることはなかなかに珍しいこと。

 この二点からすぐに本題を促す俊道である。


『うん。あのね、今から涼真さんのおうちでご飯作ることになった』

「え? そんなことならいつも通りメールでよくね?」

 特に驚きもせず、こうして簡単に流せるのは、それだけ唯花が涼真の家に侵入していることを知っているから。


 実際、妹とのメールで群を抜いてやり取りしているのは——。

『今日は涼真さんのおうち行く』

『おう。迷惑かけないようにな』


『涼真さんのおうちいる』

『それはもっと早く連絡してくれ。あと迷惑かけないようにな』


『涼真さんと遊んでるから遅くなる』

『迷惑かけないようになー』

 と、涼真が関係しているもの。

 こうして定型文になってしまうほど多いのだ。


『メールはダメだから電話した』

「ん? なんで?」

 伝え方すら独特な唯花なのだ。

『順を追って説明してくれ』と付け加えれば、ようやく電話の内容が見えてくる。


『あのね、唯花がお料理するから、兄貴も誘おっかってお話しになってて』

「お?」

『唯花にさせてばっかりも悪いからって、涼真さんが兄貴に連絡するってなったの』

「おおっ! それマジか! じゃあ今から涼真の家に行けばいいんだな!?」

『ううん、ダメ』

「……は!?」

『今日はダメ』

「はあ!?」

 まさかの返事を追撃で受ける。

 だが、よくよく考えてみれば、涼真から連絡するとなっているのに、唯花が連絡している時点で辻褄が合わない話。


「いやいや、待て待て。涼真がいいって言ってんならオレも会わせろよ。ぜってえ楽しいだろそこ」

『今日は外食にして。その代わりに明日は兄貴の食べたいお料理なんでも作ってあげる。モンスターハントーも付き合ってあげるし、マッサージもしてあげる。お布団も干してあげる』

「……お前、どんだけその空間邪魔されたくねえんだよ」

 モリモリの奉仕をぶっ込んでくることで、『絶対に来させるもんか』という意志が伝わってくる。


「あのなあ……。仮にもオレ、お前の兄貴だぜ? もうちょっと心広くしてくれてもいいじゃねえか」

『お買い物デートしたら、もっと二人がいいってなったの』

「うーわ、勝手にデートにされてる涼真が可哀想で可哀想で」

『なんでそんなこと言うの』

「言われて当然のこと言うからだろ」

『意地悪』

「へいへい」

 ムスッとした声のまま、一貫した態度を貫かれる。


 兄妹の仲なのだ。

 こうなるともう意地でも曲げないことはわかっている。

 わかっているからこそ、押し問答をするのはもう無駄なこと。気持ちを切り替えて提示された条件をもっと良くするのが賢い立ち回り。


「ったく仕方ねえなあ。じゃあ明日だけじゃなく、明後日もリクエスト料理と、モンスターハントーに付き合ってくれ。そしたら涼真からの連絡に話を合わせてやらんでもない」

『わかった。呑む』

「はいよ」

 先ほどまでの頑固さはどこへ行ったのか、即答の了承である。

 それだけ勝手に言っている買い物デートが楽しかったということなのだろう。その雰囲気を引き継ぎたいのだろう。


「じゃあ安心してくれ。あとは一応騙す形になるんだから、それとなく涼真に謝ることも忘れずにな」

『ん、ありがとね』

「まあ今度オレが涼真と遊ぶ時、お前は誘ってやんねーけどな」

『え……』

「んじゃ、そんなわけで」

『兄貴、それダ——』

 最後まで言われる前に電話を切った俊道としみち

 ワガママな妹に綺麗なカウンターを食らわせた瞬間だった。


「ふう。電話長くなって悪かったな」

「いえいえ、お気になさらず」

 ここでようやくバイト仲間との会話に戻りながら、帰り支度を進める俊道である。


「にしても……さすがの妹さんですね。盗み聞きするつもりなかったんですけど、電話の声が漏れてまして」

「そめちゃくちゃパワフルだろ? ぶっとい木の枝持って帰ってくるだけはあるんだよ」


「まあでも、涼真さんってお友達が超羨ましいですよ 。女の子にそこまで好かれるってなかなかない話じゃないですか。二人きりになるためにこんなお願いしてるとわかったら、男全員マジ嬉し句なると思いますよ」

「それアイツに聞かせたらもう目ん玉輝かせて暴走してただろうな……」

 正確に言えばもう暴走をしているが、さらに暴走するナニカになるだろう。

 妹に聞かれていないことに安堵しながら、やっとのことで帰り支度を終わらせる。


「ああそうだ。ってなわけで電話の通りだから、今から一緒に飯食い行かねえか? ラーメンでも寿司でもファミレスでも場所は任せる」

「もしかしてとしさんの奢りですか!?」

「飲み物代なら奢ってやらんでもない」

「マジですか! ありがとうございます!!」

「逆にこっちこそ助かる」

 すぐに外食相手を見つける俊道。これで夕食の心配はなくなった。

 そんなタイミングで、スマホが振動する。

 ——メールの通知である。


 すぐに確認すれば、涼真から予想通りの内容が届いていた。

『バイトお疲れ様! いきなりで申し訳ないんだけど、今から自分の家で唯花ちゃんがご飯を作ってくれることになって、用事がなかったらとっちーもこない?』

 丁寧な誘いで、嬉しい誘いでもあるが、残念ながらもう用事が入ってしまっている。


「今頃、ムカつく顔してんだろうな……アイツは」

 二人でも涼真が嫌がらないとわかっていることが大前提で。


 二人きりの夜が続くことで。

 一緒に作業ができると思って。

 そして、料理をたくさん褒めてもらえると思って。


 なにかとむふむふしてそうな唯花の表情を浮かべながら、断りの返信する俊道だった。

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