第6話 帰宅と唯花
大学から徒歩20分圏内にあるマンションに帰宅中の現在。
「ねえ唯花ちゃん」
「はい」
「これ聞こうと思ってたんだけど、さっきはどうやって頭の上にスズメ乗せたの?」
意味がわからないくらい当たり前の顔をしていた唯花だが、あれはとんでもない芸当である。
誰に対しても必ずウケる芸当だろう。
また、小鳥と戯れることができるというのもなかなかに楽しい話。
そう思っての質問だったが——。
「特になにもしていませんよ。立っていたら乗ってきました」
「え、そうなの!?」
「考えごとをしていたので、置き物だと思われていたのかもしれません」
「ええ……」
『本当にそんなことが起こるの!?』という話だが、考えごとをしている時の唯花は確かに動かなくなる気はする。
スズメが勘違いした可能性は、なきにしもあらずかもしれない。
「ちなみにどんな考えごとしてたの? やっぱり大学のこと?」
「いろいろ……ですね。大学の悩みはありませんよ」
「それならよかった」
その『いろいろ』は気になるが、大学の悩みがないと聞けただけで安心できる。
「中学校、高校と比べてどう? 大学は」
「大学が一番楽しいですね」
「おっ! 一番はなにが楽しい?」
「涼真さんのお家に気軽にお邪魔できるようになったことです。お泊まりもできるようになったことです」
「えっ!? あはは。そっち?」
本当だとわかるような早口だった。
上目遣いの伝え方だった。
「変でしたか?」
「ちょっと予想は外れたかな」
「もうバレているかと思いました」
唯花にとっては思ったことを伝えてくれているだけなのだろうが、本当に嬉しい言葉である。
「またいつでも俺の家来てくれていいからね。バイトが連続するような日はちょっと厳しかったりするけど」
「ありがとうございます。いつも涼真さんにはお世話になってますから、唯花になにかしてほしいことがあったら言ってください」
「あ……」
社交辞令だということはもちろんわかってるが、こう言われたら——口が軽くなってしまう。
「そ、それじゃあ……甘えたこと言うだけ言ってもいい?」
「もちろんです」
「これは手間がかかるお願いでもあるんだけど……さ? 唯花ちゃんが次に泊まる時、肉じゃがをまた食べてみたいな」
「かわいい」
「っ! ま、待って。そ、そう言われるとめっちゃ恥ずかしいかも……」
大学生の今なのだ。
人になにか手料理をお願いするなんて、なかなかにない話。
初めて受ける今のからかいに、思わず顔が熱くなる。
「すみません。そうお願いされることもなかったですから、唯花嬉しくて。また作りますね」
「ありがとね、本当」
「いえ」
唯花の手料理を食べたのは、彼女がこっちに上京して間もない頃。
『なあ、アイツが料理を覚えたらしくってよ。ちょっと食ってやってくれねえか?』と、俊道から自宅に誘ってもらってからのこと。
——あの時の味を思い出しながら、次の楽しみに心を躍らせながら、唯花と雑談を続けて自宅のマンションにたどり着いた。
「唯花ちゃん、今日は送ってくれてありがとう。楽しかったよ」
「うん」
「それじゃあまたね!」
エントランスの前で最後の挨拶。
手を振って唯花に別れを告げ、体を半回転させるとエントランスに入っていく。
「……」
「……」
気のせいではない。後ろに気配がある。
「……」
「……」
エレベーターのボタンを押して待っている最中、なぜか横に気配がある。
ふと横を見れば、帽子を深く被り直して目を合わせようとしない人物がいる。
エレベーターが一階につけば、先に入るのはこの人物。
涼真よりも早く『3』の数字を押し、『閉』のボタンを押すのもこの人物。
「……」
「……」
ウィーンと上がっていくエレベーターの中に訪れる静寂。
「えっと……」
声をかけた瞬間、タイミング悪く3階に着く。
そのまま二人でエレベーターを出れば、また涼真よりもとことこと早足で303号室に向かい、待機する人物。
無論、涼真に同居人はいない。
「……ゆ、唯花ちゃん?」
「は、はい」
玄関の前でようやく目が合い、ようやくの会話。
「お部屋……入る?」
「うん……」
「肉じゃがも……今日作る?」
「作ります」
「ははっ、じゃあお言葉に甘えて」
全くもってこうなることは考えていなかったが、彼女らしいやり方だった。
「あ、もしあれだったらとっちーも誘ってみる? バイト終わりだからお腹空いてるかも」
「ん、聞いてみる」
「はーい。じゃあ俺はご飯とか炊くね。あとは買い物も」
「一緒に行きます」
「助かるよ」
今思えば、こうすることを考えて予定があるか聞いてきたのかもしれない。
もしかしたら、“正門での考えごと”がコレだったのかもしれない。
そんな想像を働かせながら、唯花とお揃いになった鍵を鍵穴に挿す涼真だった。
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