第4話 授業風景

 昼休憩後の午後の講義。三コマ目。


「お、おお……。あれすごいな」

「ん?」

「あそこあそこ」

 今年入学した新一年の男子2人は、講義の邪魔にならないようにこそこそと会話を交わし、その方向を向いた。


「——ぷっ」

「な? オモロいだろ」

「う、うん。昼飯食べて眠くなるのはわかるけど……」

 思わず噴かされる。

 そんな笑いを生み出してきた人物——星野唯花は、首をぐあんぐあんと動かし、幸せそうな寝顔を見せていた。


「ペン持ったまま器用に寝てるなぁ」

「あれは……器用なのか? あんなぐあんぐあんしてるぞ?」

 教授がソレを見たら、『喧嘩を売ってる』と勘違いしてもおかしくないほど動いている。

 ツインテールの髪を揺らしている。


「ノートぐちゃぐちゃになってそう……」

「どうなってるか見てみたいよな……」

 と、やり取りを続けていた矢先だった。

 隣に座っていた女友達がおもむろに唯花の頭に触れ、なでなでを始めた。

 頭に力が加わったことで、机にコテ……と突っ伏した唯花。

 それはもう愛玩動物のような扱いになっていた。


「されるがままだね」

「あんな様子じゃそうなるわな……」

 警戒心の概念がないと言っても過言ではない様子。その証拠にツインテールを引っ張られて遊ばれてもいる。


「ああそうだ。お前聞いたか? 今朝、田中がアレに遊びの誘いを断られたって話」

「田中って休日によく飲み会とか親睦会を主催してる?」

「そうそう。誘った結果、『土曜日はオムライスの日だから行けない』って言われたらしいぜ?」

「ぷ、なんだそれ」

 講義中であるために、もう口を抑えて耐える男。

 人生で絶対に言われることのない断り文句だろう。一生笑い話になる出来事だろう。


「『じゃあ日曜日は?』って聞いたら『日曜日はガチャポンの日だから行けない』って言われたんだってよ」

「ぷふ、さすが星野さんで」

 普通の女の子なら『嘘でしょ?』と突っ込まれるだろうが、彼女の場合は『本当かもしれない可能性』が浮上する。

 入学してまだ2ヶ月目だが、もう個性的な女の子で有名になっている唯花であり——有名度が加速した理由もある。


「まあ、普通に可愛いんだよな。変だけど」

「わかる。付き合ったら付き合ったでめっちゃ楽しませてくれそう」

「わかる。ラーメン一緒に行ったら煮卵ちょうだいって言ってきそう」

「わかる。『美味しそう』って言って箸伸ばされそうだよな」

 お互い、彼女に対するイメージに齟齬はなかった。


「なんかよくわからんけど……いいよな」

「なんか……そうだよね」

「飲み会の誘いめちゃくちゃ受けてるって話にも納得だよ」

 一体どんなことをしでかしてくるのか、そんな楽しみで誘っている学生もいるだろうが、人気があるのは間違いのないこと。


 二人でうんうんと頷きながら、気持ちを共有していたその瞬間だった。


「はいそこ!」

「あーあ。バレた」

 教壇に立つ教授がいきなり指示棒を受講者側に向ければ、ほぼ全員が反射的にそちらを向く。

 皆の視線の先に集まるのは未だ机に突っ伏している彼女。

 隣席に座っている友達が気まずそうにポンポンと肩を叩き、ゆっくりと体を起こしていく唯花である。


「寝ている暇はありませんよ。さて、この問題を解いてみなさい」

「……ん」

 素直な返事。

 眠たげな目のまま立ち上がり、ふらふらと教壇に向かっていく彼女。

 3コマ目という誰もが眠たくなる時間で寝る者がごく少数なのは、“授業についていけなくなる”で有名な英語であり、気まぐれに当てられるから。


「ほら、解けないでしょう? 解くために集中して聴きなさい」

「すみません、お昼はたくさんご飯食べました」

「はい?」

「たくさんご飯、食べてしまいました」

「う、うん……?」

 弁明なのか、弁明じゃないのか、掴めないことを教授に言う唯花はチョークを取り、細めになって問題を凝視。

 そのまま10秒が経ち——。

 そして、背伸びをしながらスラスラと英文を書いていく。


「できました」

「え? あ……席に戻りなさい。正解はしましたが、次はもう寝ないように」

「頑張ります」

「こほん、よろしい」

 両手で目を擦りながら、強者のオーラを漂わせながら、席に戻っていく彼女。


「カッコよ……」

「すっご……」

 男ならば一度は想像を働かせたことあることかもしれない。

 そんなことを完璧にやりきった唯花である。


「なんかぼけーってしてるわりにめちゃくちゃ頭よくね……?」

「実は特待生だったりして」

「不思議ちゃん特待生ってか」

 モリモリのキャラタイプを噛み砕く途中、無言になる二人。


「それも……いいな。むしろアリだな」

「わかる」

 講義中、こんな無駄なことを話し続ける二人。

 そんな二人は知らなかった。

 指示棒でさされる順番が迫っていることを。


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