第3話 Side、兄妹

「お、落ち着けって唯花! な? 菓子パーティに参加できなかったのは謝るから」

「お菓子パーティはできたからいい。でも、涼真さんに変なこと言うのは許せない」

「い、一応冗談だからな!? ただの軽口だからな? 涼真も本気に思っちゃいねえって」

「言うのがダメ」

 その後のこと。

 腕を組みながら先ほど涼真が座っていた椅子に腰を下ろす唯花は、ツインテールを揺らして実兄をジト目で睨んでいた。


「す、座るのかよ……」

「ダメなの?」

「いや、ダメじゃねえけど——」

 兄妹の会話が勃発である。


「——オレもう食べ終わる寸前なんだよな? ほれ見ろ」

「唯花の用に付き合って」

「断る」

「付き合わないと踏みつけるよ。兄貴のあにき、寝てる時に」

「はあ。わーったよ……」

 表情と倒置法。この二つから本気で攻撃してくることを悟った俊道としみちである。

 また兄妹ということもあってルームシェアをしている関係。

 条件を呑む以外にヤられない道はないのだ。


「で、なんだよ。付き合ってほしいことって」

「……」

 コンビニ袋をガサガサして、ラムネを取り出す唯花にこの問いは聞こえていなかった。


「食べたい?」

「いや、いらん。それよりも付き合ってほしいことってなんだよ」

「涼真さんとなに話してたの」

「やっぱそれか。毎度ちゃっかりしてるよな」

『用事がある』

『聞きたいことがある』

『教えてほしいことがある』

 なんて唯花が言ってくる時の体感8割は涼真に関すること。

 俊道としみちからしたら当然の反応なのだ。


「特に中身のねえ話しだよ」

「どんなお話ししてたの」

「……」

 ここで思い返せば、本当にロクな話をしていなかった。


『インコォ? んなもん焼いて食っちまうだろ。アイツは』


『食わないにしてもインコは絶対ナシだな。マジなこと言うと確実に変な言葉覚えさせようとする』


『そんなヤツが涼真の家で大人しくするわけねえだろー。今まで積み上げてきやがった実績もあんだから』

 そして、会話の内容を教えたのなら、唯花が怒りかねないことしか言っていない。


「ま、まああれだ。お前のこと……褒めてたぞ?」

「本当? どんな風に?」

「その……なんだ。土曜日は楽しませてもらったって」

「もっと」

 瞳に光を宿して催促されるが、もう思い出せない。

 いや、これ以上は褒めてなかったような気がする。

 さっきはお互いに冗談を交えて、軽口のスイッチを入れて会話していたのだから。

 長丁場褒めるような流れにはならなかったのだから。


 ——しかし。

 ここで正直に答えるのはなにかと得策じゃない。ここは唯花を喜ばせることが正解なのだ。


「ま、まあその……元気出たって言ってたな。涼真は」

「もっともっと」

 賄賂を渡すように、ラムネを二つプレゼントしてくる。

『いらん』と言われたことはもう無視である、


「え、えっと……。そうだなあ。また遊びにきてほしいだってよ」

「わかった。じゃあまた行ってあげなきゃ」

「……お、おう。よろしくな」

「任せて」

 どこか嬉しそうに大きく頷く唯花。


『すまんな、涼真。オレのムスコ助けると思ってまた世話を頼む……』

 三分の二が捏造。結果、妹のテンションまで高めてしまった。

 次回は絶対に甘いもんを持ってお礼することを心に決めた俊道である。


「ね、涼真さん他になにか言ってた? 唯花のこと」

「悪口ってことか?」

「ん」

「毎度毎度言ってるが、アイツがんなこと言うわけねえだろ? 菓子パーティに参加しなかったことを注意されたぐらいだっての」

「……」

 無視である。

 表情も変わらない。

 だがしかし、ラムネを食べるスピードが上がった。

 大層喜んでいる証拠である。


「てかお前、涼真が寝てる時なにもしてないよな?」

「どうしてそんなこと聞くの」

「高校も大学も追っかけてきた相手の家に泊まってるからだっつーの。最近は明らかに泊まるペースも増えてるじゃねえか」

 約10分前、涼真は言っていた。

『お風呂に入ってる時に出られないようにしてきた』と。

『扉の前でずっと話しかけてきたり、開けていい? とか冗談言ってきた』と。

 あの時は口にしなかったが、実兄の考えはこうである。


 “それ半分は冗談じゃねえぞ”と。


「『同じ学校に通えないのは嫌だ』とか、『不合格は嫌だ』とかで頑張った結果、高校も大学も特待取るんだからなあ、お前は。気持ちの入れ込みようが他と違えんだよ」

「……」

 無言のままラムネを2つ渡される。『もう言うの禁止』とさらなる賄賂を渡してくる。


「とりあえず兄貴の心配は無用。涼真さんが嫌がることはなにもしてない」

「嫌がりはしないだろうな。寝てる時にやってたら」

「疑い方が失礼」

 一度寝たら絶対に起きないほど深い眠りにつく涼真なのだ。

 その時に攻められたのなら、されるがまま、やられるがままだろう。


「仮にするとしても、涼真さんが起きてる時に嫌がることはしない。涼真さんの指、握るくらい」

「それもう寝込み襲ってんじゃねえか。パッと出てるもんが具体的なんだよ」

「そんなことない。襲うのは犯罪」

 お互いに目を細めて睨み合う兄妹。


「お、おい。まさかとは思うが……それ以上のことはしてねえよな?」

「なんでそんなに疑うの。恥ずかしいから指なのに」

「お前やっぱり指はやってんな」

「……」

 ここで唯花が差し出すのはラムネが入った容器一本。


「あげる」

「はあ。こんなんで買収しようとすんじゃねえよ。てか指くらいなら握っていいか涼真に聞けよ。『落ち着かない』とでも言えば許可してくれるだろ」

「……」

「言えたらもう言ってるってか」

 その追撃にギブアップの唯花だった。

 視線を逸らしながら無表情で立ち上がれば——椅子をテーブルに入れ、尻尾を巻いて逃げていった。

 凄い速さの逃げ足だった。


「ハハ、指ねえ……」

 その後ろ姿を見ながら思わず笑いが込み上げる。

 測らずとも妹の恋愛経験値がわかったこともある。

 あの様子なら、なにか間違いを犯すこともないだろう。


「かなり告られてたんけどな、あんなんでも」

 そうして、意外なそうに独り言を放つ俊道だった。


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