第5話 下校時間

 3コマ目を終えた休み時間。

 ポケットに入れていたスマホが振動した。

 通知が届いた合図である。


 スマホを取り出した涼真は、すぐに液晶に目を向ける。

『ね』

 そこに表示されていたのはこの一文字。

 名前を見らずとも、誰が送ってきたのかわかるのが面白いところ。


『どうしたの?』

 と送れば、5秒と経たずに既読がついて返信があった。

『涼真さん、今日は用事ありますか?』

『いや、今日はバイトも予定も入ってないよ』

『そうですか。であれば唯花はどうですか』

 ——このメールだけを見れば、『自分のことなのに、なぜか人に聞いている』と考えてしまうだろう。

 だが、彼女と長年関わっていればそう捉えることはない。

 これは『今日は唯花は入り用ですか』というもの。


『今一緒に帰る人を募集中だよ』

 ちなみに俊道はバイトがあるため、昼休憩後に帰っている。


『では立候補します』

『ありがとう』

『唯花を選んでくれたら、おうちまで送りますよ』

 オプションをつけて優位性を作ってくる。


『はは、さすがにドラフトみたいにしないって。一緒帰ろう?』

『わかりました。嬉しいです』

『って、俺が唯花ちゃんの家まで送るよ?』

『唯花に送らせてください』

『そ、そう?』

『はい』

 文面であるも、強い意志が伝わってくる。

 唯花を送ることに不都合はなにもないが、この気持ちを汲み取れば譲った方がいいだろう。


『じゃあお願いします。一応はとっちーに連絡するようにね? バイト中だから返信はないと思うけど』

『わかりました。それでは4コマ目が終わったら正門で待ってます』

『了解!』

 最後の返信をすれば、ただの食パンから腕が生えた謎の生物がグッドサインをしている有料スタンプが送られてくる。


『これ……買う人いるんだ?』

『こんなスタンプがあるんだ……?』

『もっと別の可愛いスタンプがあったんじゃ……?』

 なんて感じる代物だが、独特なツボを持っているのがいかにも唯花らしい。


「って、よく俺の時間割知ってたなぁ……。とっちーにでも聞いたのかな」

 ボソリと呟きながらスマホをポケットに戻す涼真は、そうして予定を作り、4コマを受けるために移動を始めるのだった。


 * * * *


 そうして4コマ目の講義も終わり、ショルダーバッグをさげて正門に向かえば——。

「ん?」

 ぼけーっとしているように唯花が立っていた。

「……え?」

 彼女が被っている帽子の上になぜかスズメが止まってもいた。


 一瞬置き物かとも思ったが、正門から出ていく学生が一人一人頭の上に視線を向けている。また、小鳥も動いている。

 間違いなく本物だった。


「お、お待たせ唯花ちゃん」

「どうもです、涼真さん。講義お疲れさまでした」

 声をかければ、すぐに振り向いてくる。

 普段となにも変わらない様子だが、スズメとも視線が合っている。


「唯花ちゃんこそお疲れさま。……それでえっと、頭の上にスズメ乗ってるけど……気付いてる?」

 彼女と接するだけで、人生で一度も言わないようなこと言う機会が増える。


「これですか」

「う、うん」

「涼真さん、いいハンターってのは動物に好かれちまうんだ」

「……」

 なんかどこかのアニメで聞いたことがあるようなセリフ。

 彼女はですます口調なため、影響されて真似していることはすぐに伝わる。


 そして——ここでスズメを捕まえようとしたのだろう、帽子の上に両手を被せた唯花。

 当然、容易く逃げるスズメは翼を広げて飛び立っていった。


「……」

「……」

 少しの無言。このまま口を開かなければ、多分ずっとこのままだろう。


「唯花ちゃんハンターになりたいんだ?」

 雑な話題作りだが、冗談も交えて楽しむことにする涼真である。


「将来の夢の100番目くらいにはなりたい職業かもしれません」

「お? じゃあ50番目は?」

「コンクリートを綺麗に塗るお仕事です」

「30番目は?」

「爬虫類カフェを作りたいです。カメレオンが唯花の推しです」

「1番目は?」

「お嫁さんになりたいです」

「お、おお……」

 いきなり毛色が変わった。

 全て適当に言ってる可能性もあるが、順位が上がるに連れて馴染みのあるものになっている。現実的なものに変わっている。

 本当に100個ほどの将来の夢を考えている可能性がある。


「ま、まあ唯花ちゃんならお嫁さんは大丈夫だよ」

「そう思いますか」

「個性を認めてくれる人はこの大学にもたくさんいるしね。その証拠に唯花ちゃんにも友達がいるわけで」

「ありがとうございます」

「そこでお礼言われるのも恥ずかしいかも」

「本当にありがとうございます」

「恥ずかしくさせようとしなくていいからね!?」

 そんな表情が見たいわけではないだろうに、こうしてからかってくることも多い唯花である。


「すみません。お詫びに涼真さんにプレゼントがあります」

「お?」

「日曜日にガチャポンを回しに行きまして、その被りです」

「それって在庫処理じゃない? ざっくり言えば」

「いえ、違います。被りを狙いました」

「そ、そうなの?」

「はい」

 唯花ワールドが早速発動している。

 好きな品だから被らせたいというならわかるが、そんなに好きならプレゼントしたりはしないだろう。


「被ったものが三つありまして……」

 猫型のベルトバッグを開けてガサゴソ漁る彼女は、一つ目のカプセルを取り出した。

「まずは沈黙のブルドッグというガチャポンです」

「お、おお……。悟り開いてるね」

 手渡しされて中を覗けば、言葉通りの表情をしたミニフィギュアが入っている。


「次にチーンアナゴちゃんです」

「おお……。落ち込んでるね」

 次もまた言葉通りのミニフィギュア。

 確かにどちらも可愛い。可愛いのだが、このガチャポンを回している時の唯花の方が興味ある。


「最後はアイスのピノのアーモンド味、小分けです」

「おおっ! これいいね!!」

「全部気に入ってもらえてよかったです」

 最初の二つは明らかに微妙な反応を見せてしまったが、彼女目線ではこうらしい。


「ブルドッグとチンアナゴは家に飾るとして……これは家の鍵につけようかな」

「っ!」

 その言葉を口にした瞬間だった。

 また猫型のバッグをガサガサと漁り、ピノのミニチュアストラップを自身の鍵につけた唯花だった。


「……お揃いですね」

 時間停止の能力を持っていると思っているのか、『見てないふりして』とでも言っているのか、目をキラキラさせて堂々と見せてくる。


「えっと……そうだね?」

「はい。涼真さんもつけてくださいね」

「あはは。もちろん」

 カプセルを開ければ、『ゴミちょうだい』と華奢な手を伸ばしてくる。


「こっちで捨てるから大丈夫だよ。ありがとね」

「わかりました」

 本当に優しいことをしてくれる。

 心が温かくなる感覚に包まれながら、プレゼントにもらったストラップを同じように鍵につけた。


「よしっ」

 先ほどと同じようにつけたことを彼女に見せれば、嬉しそうに目を細めてくれた。


「それじゃあ帰ろっか」

「はい」

 唯花とは1年の歳の差がある。

 つまりは上京した涼真が大学一年生の頃、彼女は地元の高校三年生。

 一度も関わることができないような時期を過ごしたが、今こうして当たり前に関われて思う。

 こっちに入学してくれて本当によかったと。

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