第7話 DOLKN

 ――――帝都が虫軍勢に占拠される前の事であった。

 

「まさか、あんたがね」

「待ちに待ったのですから、騎士になる今日を」


 少年の名前はホーグU雄、母に抱かれて涙をこらえる。

「頼りないあんたが、戦地に向かっても、活躍なんてできないだろうさ」


「そんなこと言わないでください! 僕は小さな時から戦術の本を読み、剣の鍛錬を毎日欠かさずに続けて来ました。必ず活躍してこの帝国とお母さんを守ります」

 ニコッと笑う。

「……」

 泣く事はできなかった。そして生きて帰ってくるんだよ、という言葉もかけられなかった。



 ――――そして今、思い出す。

「ママ……」

 巨顔竜の爆炎のブレスにより全身が燃え、肌が焼けただれていた。母の顔、田舎での生活。走馬灯が頭によぎる。土の上に転がった。体の一部はいまだ火に覆われている、痛みは無かったと思う、焦りや恐怖で鼓動が早くなったのを覚えている。今はゆっくり、ゆっくりと意識が消えて、痛みや苦しみから解放されているのを感じた。


 真っ暗になった。


 ――――

 ――


 電気のようなショックを微かに感じる。声のようなものも聞こえた。だが感覚は無い。自分は死んだのだなと確信した。不思議と悲しみはあまり無かった。家族のことを思い出そうとすると涙が出てきそうになるので、あえて頭を空にする。


「君はホーグと言うのかね」と誰かが言った。

「……そうです。」

 え! 生きている? 自分の声だ。微かな意識の中で飛び起きようとしても体が重い、視界はぼやけている。

「急に動くんじゃない」とまた声が聞こえる。


「大丈夫なのか本当に、調整は効いているのか?」

「そんなこと言われてもいきなり実践配備なんて聞いてないぞ、大体なんでこんな代物を積んでいる。動かす許可を得ているのか?」

「今は中央と連絡をとる時間などない、全ては私の責任で行動する」

「無茶すぎる」と不安げな声。


 誰かが話している声が聞こえる。

 一体なんなのか、体全体で声を聞いているようなクリアな音質だった。だが体が重い、腕が上がらな……ごぉぉと鈍い音が聞こえた。腕が上がった。腕?


 周りが徐々に見えてきた。霞んでいた視界が晴れるように広がっていく。やっぱり死んでいると思った。4階のビルから見渡すような視界だった。もちろん周りにビルはない。腕を動かした時に見えたこの機械はなんだ? 黄土色に輝く特殊合金? 頭が混乱する。


「おい、混乱し始めたぞ。沈静させろ」と一人。

「分かってる、くそ、操作が届いてない」と怒る別の声。

「ひどい欠陥機だ」とまた一人。


『うるさいな!』とつい声を荒げるが、その声は自分とは全く違う低く重みのある言葉、合成音のように響く。自分は生きている? しかしこれは? 自分の両手を見る。


「話をした! 彼は意識があるぞ!」

「ど、どう言うことだ」

「成功なのか」

「立ち上がれるか?」と急かされる。


 立ち上がる? 何を言って……愕然とした。自分は生きてる?! これが今の自分なのか、両手を見て体から脚までを見渡す。体をサイボーグにされて。いやサイボーグなんて平凡なものでは無い、なんて巨大な体なのか。轟音と土煙を巻き上げながら立ち上がる。山や丘を上から見下ろす景色は壮観であった。


「とにかく時間がない、武器の使用や作戦の行動、後は戒律などデータを送る、早速前線に向かってくれ」と指示される。

『……データ?戒律?』と混乱するホーグ。


「しまった、操作がきかないとはそういうことか、中枢機関と彼の脳が繋がっていない」と一人。

「なんだと」と驚く別の声。

「まずい、彼を抑制する方法が無い、とんでもない欠陥品だ」と技術者。


 技術者に欠陥品と連呼され少しイラっとするホーグ。

「データ内通話もできない、一体どうすれば」と足元の方で会話が続いている。

「とにかく説明するしかない。その機体は西星連でも最高機密な巨大人型兵機DOLKNだ。基本は人が乗るかAIなのだが、その機種は特別で脳のデータの移植を行なっている」あまりのショックで言葉がない。


 先ほど体が黒焦げにされてから全く時間が経過していないと気がつく。前方にある途方もない数の軍勢の左翼には、先ほどの城よりも大きな巨人騎士が、味方の帝国軍兵士たちを次々と吹き飛ばしている。まさに無双だ。だが巨人の体も砲撃の直撃を受けている。少しだがダメージも蓄積されているようだ。巨人のいる別方向の右翼側では砲撃とは違う、虹のように鮮やかな光や衝撃波が起こっている。この光は一体なんなのだろう。そして、城の正門前では大部隊の衝突が激しく行われていた。

 さらには四方の山の奥から、真っ黒に覆われた何かが土煙を上げながらこちらに向かっている。それは恐ろしい虫軍の増援だった。

 

 徐々に意識を取り戻し、自分の置かれている状態を把握する。「とにかく、今は一刻も争う、この剣だけを持って戦いに行ってくれ。作戦は横のROLに聞け」と言われる。隣には同じような機体がある。自分もこんな姿なのかと思う。「行ける?」と尋ねられた。

 あまりに急なことだが、体が動く以上、騎士である自分が戦うしかない。「あ、はい」と答える。もたつく足でなんとかついていく。

 

 ROLは自分とは違い、人物がロボットの中に搭乗しているらしい。自分の場合は体が存在せず、おそらく脳が繋がれているだけだ。さらに言えば、自分の自己意識をもコントロールされるはずだったらしい。何もされなかったら今頃自分は死んでいたであろう。だが今の状態は良かったのか悪かったのか。とにかく今は帝国と家族を守るため、目の前の敵と戦う。あとで体を戻してくれるだろうかとふと頭によぎった。

 

 巨人騎士の速さは尋常でない。一振りで山を崩す巨大な剣を振り続けている。高速で走り、味方の兵士を踏まないように近づくとROLがその剣を盾で弾く。負けていなかった。自分もその隙を見て相手の頭に剣を振り下ろすが、速い! かわされてすかさず背中に一太刀入れられた。痛みはないが激しい衝撃が襲う。かすかに衝撃ダメージなるものが視界に現れる。致命傷にはならなかったようだ。


 上を見ると巨顔竜と騎士が急降下している。即座に立ち上がる。「危ない!」と叫び、ROLを庇い、敵の巨大な槍を弾く。衝撃でまた飛ばされる。「どうやったら勝てるんだ、こんな奴らに」と呟く。


 巨顔竜が降りてくる一瞬を見逃さなかった人がいた。それは魔法少女ルィリだった。妖精との戦いを他に任せて単独でこちらに来た。「ふっざけるなよ! こんなんだって全然聞いてないぞ! なんだこの巨人は、そしてこの巨大なサイボーグはなんなんだよ」と叫んでいる。一瞬降りて来た竜に飛び乗った。巨顔竜はルィリを乗せてはるか遠くに飛んでいく。だがホーグは遠くにいるルィリに映像の焦点を合わせると声が拾える。「こんなのが出てくるならもっと報酬をもらわないと割に合わない」「久しぶりに戦いに戻って来たらこれだ」などとしばらくブツブツ不満などを言っていたが、それがいつの間にか歌声に変わっていた。


 遥か上空に逃れていた巨顔竜がいきなり大爆発を起こした。その爆発で敵の援軍の方へと飛ばされていく。「あとは、任せたぞ」と微かに聞こえるルィリの最後の声。巨顔竜の残骸が地に落ちた時、また大爆発が起こった。「西方からの援軍はこれで抑えられた。一気に畳み掛けるぞ」と言われ、2機で残り1体の巨人騎士を相手にする。


 激しい巨剣と剣の争い。「うおぉ」と叫ぶ。

「段々と操作に慣れてきた来ました」ホーグがそう言うとROLは「捨て身で相手の肩の隙間に剣を刺す。その一瞬の隙を逃さないで!」

「了解!」

 ROLは巨人騎士の素早い斬撃を交わし言った通りにフルアーマーの隙間に剣を刺した。ホークはその隙を見逃さず、顔面に剣をぶち込む。大きな轟音と共に巨人は倒れた。


 巨人を倒した今、全体の状況は完全にこちらの有利となってきた。妖精と暗殺部隊との争いは続いているようだ。大きな七色の光と耳をつんざき体が痺れるほどの衝撃と爆音が続いている。一体どんな戦闘が続いているのだろうか。


 ホークは一気に畳み掛けようと城の城門に向かう。しかし突然、ROLの動作がおかしくなる。「危ない!」と叫んだ。こちらに向かって剣を振るっている。闇雲に剣を振っているだけであり、間一髪で避けた。「な、なんだと」と研究者たちがモニター越しに叫ぶ。「くそ!ウイルスだ!操作をストップしろ」「どういうことだ、人工的な感染ウイルスなんて今の時代効果があるのか?」と声が聞こえてくる。

 「この機体を諦めるしかない」「自爆装置を作動させるか?」「それは最終手段だ」「強制的に停止させる方法はないが、格納庫に入れて本国に持って帰ることができたらなんとかなるかもしれない」との提案があった。

 「分かりました僕が抑えます!」とホーグは答える。なんとか押さえつける。だが戦闘続行は絶望的であった。


 とうとう騎士団長が城門前まで攻め込んだ。虫軍団は敵も味方関係なく残り少ない砲弾を乱発しているため、逆に攻めやすくしている。「数と無理強いな攻撃が得意なだけで間抜けな敵どもめ」と騎士団長ロークは叫ぶ。


 城門を破壊する。「時間はない、騎士団長以下5000の精鋭部隊と西星連の軍で攻め入るぞ」との命令が下る。ロークが先陣を切り、それに呼応して一気に城内に流れ込む。敵の虫軍は総崩れだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る