第6話 決戦

 帝都の城前で、決戦前の集会が行われていた。そこには新総司令官、数え切れないほどの虫の兵士、そして巨大な獣がいた。その獣は4つの顔を持つ悪獣ドリマカで、飢えから絶えず涎を垂らしていた。出陣前は1週間食事をさせないのは、より凶暴にさせるためだ。


 その凶暴な獣の横にいたのは、新しい総司令官で黒髪で姫カットの美しい女性、ヒミコだった。彼女は急遽、虫の帝国に送られた新司令官である。しかし、彼女はこの場に立っているのが凄く嫌だった。すぐ横にいる未知の獣を非常に気にしている。その上、虫が大の苦手で、まさにこの場は地獄であった。何故こんな所にいるのか、どこのタイミングで失敗したのか自問自答を繰り返していた。


 ――――――

 「ヒミコ、君は頭脳明晰だ。法律も軍事も素晴らしい学力を持っている。それをどう活用するか、考えたことがあるか?」


「はい、元帥様。私は知識を使って国家に尽力したいと思っています。」


「その精神は高く評価するよ。だが、実際の戦場は、理論だけでは生き抜けない場所だ。それを忘れるな。」


「承知しました。学び続け、経験を積んで、理想を現実にするため努力します。」


 ――――


「それは光栄なことですが、何をおっしゃっているのでしょう、元帥様?」


「我々は現在、かつてない規模の戦争の危機に直面している。君のような資質を持つ者が必要だ。だからこそ、虫の帝国からの援軍の総司令官に君を任命しようと思っている。」


「私が……総司令官ですか? でも、私はまだ実戦の経験が……」


「経験は培われるものだ。法律も軍事も、その理論を理解している君なら、きっと実戦でも活躍できるはずだ。君の力を信じている。」


 元帥との話と昇進の高揚のせいなのか記憶が曖昧で覚えていない。

 前任の総司令官も女性だったので、少しは気が合うかと思っていたが、全く手のつけられない公女で、補佐をさせようにもプライドが高く言うことを聞かない。それに加え、自分より高い身分の人なので、強く言うこともできない。


 涎を垂らした悪獣と、数百万もの虫の部隊に囲まれた彼女は、ただただ猛烈に家に帰りたかった。


「作戦開始時間はいつにしますか?」とカミキリムシに似た補佐が顔を近づけて問う。


「ひっひぇ!」とヒミコは驚きの声を上げる。


「ヒミコ様、作戦がよく伝わっていないようです。もう少ししっかりと」と、さらに近づく。


「無理! 顔を近づけないで!」とヒミコは震え声で叫ぶ。


「グルグルうぅぅ、が、が、ぐぁぁ!」空腹を抑えられずに興奮し、今にも暴れ出そうな悪獣ドリマカ。その様子を見たヒミコは、「なんかこの獣、興奮してるし。誰か助けて!」と悲鳴を上げた。


 そして、虫が嫌いなヒミコにとって、さらなる悪夢の連絡が入る。各地から虫の大軍が続々と増援に来るというのだ。虫軍団の増援部隊の総勢はなんと2億。旧帝国騎士軍を囲める最高の状態なのだがヒミコは顔を横に振り今にも気絶しそうな青い顔をする。


 その時であった、続報を受けた補佐がヒミコに伝える。「凶報です。虫軍最強の武闘派TO556、最も賢い"テンP26"、そして魔術士シュテインと帝国崩壊に最も貢献した大軍師テル蜘蛛様が殺されました」続けて、「4名ともここから離れた大きな王国に就任した我が征服軍指導者で、虫部隊の精鋭中の精鋭軍勢でした。だが指導者を失ってしまい、すぐには動けない状態です。混乱もしており、到着まで少なくとも4日はかかるでしょう。ヒミコ様、いかがしますか?」と、補佐は顔を近づけて意見を求める。


 だが、ヒミコはそれどころではない。「何そのなんとか蜘蛛ってやつ、絶対にこれ以上呼ばないで!」と、ただただ拒否するだけだった。


 一時連絡の途切れていたはず、4名の西星連暗殺者は各作戦を単独で成功させていた。ターゲットである大軍師や無双の戦士、さらには魔術師など4名の暗殺に成功。これにより、強襲部隊と旧帝国軍は完全に包囲される心配がなくなった。


 ――――とうとう決戦が始まった。


 場所は帝都の手前。殺傷能力のある砲弾の有効範囲からギリギリ外れている。城の壁は固く閉ざされており、両者は睨み合っている。

「作戦行動は13:00に開始する。増援部隊から完全包囲される前に勝負をつける!」

「おー!」数十万人の声が1つに重なった。とうとう旧帝国軍の存亡をかけた戦いが始まろうとしていた。


 最初に動いたのは騎士団だった。土煙が広範囲に広がり舞い上がっていた。敵の砲弾やレーザーが次々と放たれていた。直撃して戦闘不能になるものも出て来たが、それをモノともせず進軍は一定速度で進み続ける。城には必要以上の砲弾が残っておらず、最初の数千発を撃ち終わった後、静寂が訪れた。騎士団長ロークは髭を撫でながら、どうやってこの頑丈に閉ざされた扉を開けるかを考えていた。さまざまなプランはすでに想定済みだった。重要なのは、現場の状況を見ながらどう駒を動かすかだ。敵は援軍が到着するまで籠城すると確信していた。


 しかし、予想外のことが起こった。その堅固な扉が開いたのだ。虫の軍団は果敢にも城から突出してきた。それに一瞬、ロークは驚いた。どんな作戦を考えたら、有利な籠城を放棄するのだろうか? しかしすぐにその考えは止めた。そして、ニヤリと微笑みながら「全軍、突撃! 城門が開いた! いかなる罠があろうが敵を殲滅せよ!」と大声で叫んだ。

 恐ろしい戦略があろうとも、好きな局面に血が騒がないわけがない。敵の総司令官はなかなか漢だ。嫌いじゃないと思った。騎士団全軍の突撃が開始され、両軍が激しくぶつかり合い、剣とスピアから火花が散った。


 ――――

 城門が開いて虫たちが城から打って出て全軍突撃した理由は「もう耐えられない! 早く城の外に行って! 特にこの獣を先に!」鳥肌だらけのヒミコの独断であったが......。



 虫たちの先鋒はあの悪獣、ドリマカだった。真っ先に向かってきた騎士もドリマカの獰猛さに隊列を乱された。そして、突進してきた虫の軍団はスピアやレイピアを手にしており、大型の虫たちはランスを携えていた。攻勢が勢いづく。遠く離れた両陣営から虫の毒矢と西星連軍の銃弾が飛び交った。僅かな時間で戦場は地獄絵図と化し、騎士団にも多くの死傷者がでた。


 しかしその一方で、凶暴なドリマカの勢いはロークによって食い止められていた。巨大なドリマカでさえ、騎士団最強のロークには敵わない。ロークの横で支援していたロンギダルは、突然気づいた。「ま、まさかドリマカか……」


 ドリマカはただ暴れていた。その姿を見て、ロンギダルの胸は苦しくなった。なぜなら、ロンギダルはかつてドリマカをペットとして飼っていた。しかし、ドリマカがまだ幼い頃、手放さざるを得なくなった。虫たちに操られているのだろうか、それともポルゲンの研究で実験台にされたのだろうか。あの日の思い出が蘇ってきた。ドリマカの幼い可愛らしい4つの顔、一緒に遊んだ記憶が浮かんだ。一筋の涙が流れ落ちた。


「りゃ――!」ロークが咆哮し、最後の一撃を加えようとした瞬間、「やめてください!」ロンギダルが叫び、ドリマカを守るために身を挺して体を投げ出した。ロークは最初怒りに震えたが、ロンギダルの顔を見て悟り許した。


 ドリマカは最後の抵抗を示そうとしていたが、ロンギダルに庇われ過去の記憶の断片を思い起こしたのか、その暴れる動きを止めて身を伏せ、やがて意識を失った。


 100倍以上という圧倒的数で勝る虫軍は確かに有利であった。しかし、戦術の巧妙さや、鋼のように固い意志を持つ騎士団の戦士たちの前では、その数の優位性も相殺されていった。彼らの心に燃え盛る炎、その思いが形となって戦場に広がり、虫たちを蹴散らしていく。この帝国奪還のために日々血の滲む訓練を欠かさなかったのである。戦局は騎士団の有利に傾き始める。


 しかし、そんな時突如として大爆発が起こった。巨大な帝都を徐々に包囲している騎士団の右翼側であった。天と地を震わせるその爆発の影から妖精の目が光っていた。


 そして、左翼からは驚くべき光景が目の前に広がった。城を超える巨大な騎士が、まるで山脈が動き出したかのように姿を現した。その巨人騎士フルアーマー姿は威圧感溢れるもので、そして騎士の剣は巨木よりも大きく、その一振りがなだらかな丘を一瞬にして薙ぎ払い、土砂が雨のように飛び散る。地面が波立つかのような恐ろしい状況である。


 その上空にはさらなる驚きが広がっていた。猛烈な炎が空から降り注ぎ、炎は空を焦がし、地面を焼き尽くした。太陽を背にして、巨大な竜が空を舞っていた。その背には2人目の巨人騎士が乗り、竜と一体となって天空を舞っていた。その姿は神々しく、騎士と竜の姿が重なり合う光景は、圧倒的な存在感を放ち、見ている者全てを震え上がらせた。

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