第4話 妖精

 その時、再び空一面に巨大な光が映った。まるで昼間のように明るく見える。


 超弩級の衝撃波が帝都を再び襲い、建築物が破壊されるかと思うほどの、高温の突風が吹き荒れた。そのエネルギー量は想像もつかないほどだった。エルメはその場で座り込み、体を震わせていた。結局、度重なる大爆発の音と衝撃により一睡もできなかった。


 それはなんと3日間も続いた。様々な策を弄しては逆に被害を増していく。止められない。そして、とうとう帝都近くにある最後の砦、要塞都市が一撃で破壊された。それは、監視塔から彼女もはっきりと目視出来た。その破片が30km離れた帝都まで飛び、被害が出るほどだった。


 2日目の早朝には、エルメは大惑星ポルゲンの作戦部と通信使会議を行なっていた。


「爆発の中心点に、ある女性が関与していることが確認できました」


「人間兵器か?」


「複数の人間が関与し、エネルギー発生をコントロールしているもようでした」

「そして、その人たちは暗殺星出身の可能性があります」


「暗殺星出身? それはただの伝説ではなかったのか? ……もしそれが本当なら勝つことは無理だ。この人間兵器を再び使うかどうかも分からない状況で、帝都を明け渡す以外の方法ない! 我らの兵器では、傷1つつけられん」


「彼らを使うしかないだろう。」今まで声を出していなかった作戦総司令が口を開いた。エルメよりも位の高い彼は、多くの秘匿情報と人脈を持っていた。


「彼らとは?」エルメは不吉な予感で背筋を冷やした。


「妖精たちだ」


 トリプルブルーS収容所の最深部にある暗闇の中の独房で、妖精の目が光っていた。


 ――――一方、西側強襲艦隊内部では。


 慌ただしく声が飛び交っていた。東星連の伏兵艦隊の攻撃を受けつつも、何とか逃げ延びていた。情報伝達任務もかろうじて行われていた。陸上の不可解な大爆発の解明も必要だったが、ここ宇宙空間の状況を把握することも怠れない。そして強襲した作戦部隊全体との連絡も取れ状況を把握する。すると大きな問題が起こっていることに気がついた。


「別の降下地点の4部隊との連絡が途絶えました!」


「何だと!」総司令官の顔色が青ざめる。「1部隊でも失敗したら、この作戦は中止だ。信じているぞ」しかし、さらにそこに凶報が入り、呆然とするのであった。



 ――――ポルゲンの総司令官指示からわずか3日、トリプルブルーエス収容所に拘束されていた妖精たちは条件付きで釈放され、この星に渡ってきていた。

 

 「まさか、地下から抜け出せるとは思わなかったしゅ」と、白いテンのような動物を肩にのせたピンクの髪の妖精、ニナが笑顔で言った。


 コトハは彼女を見て、「ニナはすぐ喜ぶね。こんな首枷をされて嬉しいのかな?」とたしなめた。


 ニナはコトハより2回りほど小さく、肩まであるプラチナゴールドの髪が光っていた。背中に透明がかった羽があり、数十センチほど体を浮かして進んでいる。「え、これそうだったの? もう外したしゅ」とニナ。無邪気な顔だが、ニヤッと笑う顔はゾッとする。


「どうやって外したの! 無理に外すと爆発するはずよ! 本当、ニナと一緒にいて飽きないわ。戦闘力は恐ろしいし頭は悪いけど、どうしてなのか、誰にもできないことをサラッとこなしてしまう」


 コトハも首枷を外してもらい、隣にいた巨大な妖精の首枷も外した。「これで、晴れて自由ね。あとは好きにしましょう」


「えー、今回の命令ちょっと楽しみだったしゅ」とニナ。


「あんた、マジで言ってんの? 首に爆弾つけられて無理やり戦わされそうだったのに」


「そうだったの? 全然気が付かなかったしゅ。私は戦地に行ってみたいけどな、どう思うケル?」とニナ。


「気づかなかったって、馬鹿にも程があるでしょう。それにケルは……」とコトハ。


 隣にいる男(?)がケル。腐った革製の被り物を顔を隠すように着けていた。腹に呪われたかのような顔が浮き出て、話そうとするたびにその顔からうめき声のようなものが聞こえる。常にベタベタしたドス黒い液体が被り物やその腹あたりから垂れていた。体長は3mを超えていて足は四足歩行で、馬のように太く、そして毛が厚い。背中には不相応な羽が使い物にならないと言わんばかりに畳んであった。


「行きたがってるみたいしゅ」とニナはケロを抱きしめながら言った。普通の人なら即死するほど危険な臭気なのだが、彼女はその刺激臭とドロドロな肌触りが好きらしい。


「本当かよ! こいつの表情見てもいつも苦しそうなだけじゃない」と呆れるコトハ。仕方がないかと彼女も結局は戦地に向かうこととなった。


——


 妖精3名はまず、収容所で強力な毒ガスと睡眠ガスで充満した部屋に1時間以上寝かせられ昏睡させられた。そして、そのままこの惑星に連れてこられた。


 惑星に着いた当初、20名ほどの屈強な監視員たちを同行させていた。監視員は特殊部隊の中でもエリートで戦闘力はA級以上であった。


 連れてこられて数時間後、地面に寝かせられていた3名は昏睡状態から回復してきた。だが、その仕打ちには少々苛立ってるようだった。

 

 重装備に守られて相当な距離を保ちながら警戒していた監視員であった。もし妖精らに異常や反抗があった場合は首枷に付けられている爆弾を起動させる。爆発を起動させるだけなら遠隔操作でいいのだが、わざわざ監視員としてついて来ている。

 距離を保っている理由は、彼らが妖精の恐ろしさを知っていて警戒しているからだ。まず初期の行動の把握が肝心だ。最悪自爆などされてこちらも巻き込まれては堪ったものではない。


 妖精3名は地べたからモゾモゾと起き出して、顔を見合わせている。なにやら話している様子で、その言葉は読唇術で分かるが簡易の翻訳機では理解できなかった。本部との連絡をして、解明後なにを話しているのか伝えてもらう。だがその余裕はなかった。不機嫌そうに話をしていると見ていたら、その瞬間3名の姿が消えたのだ。


 目を疑い顔を見合わせる監視員。爆弾の起動スイッチをしっかり握り、周りを見回すが人影はない。仕方がなくスイッチを押そうとした。しかし、すぐ目の前にコトハが現れた。信じられない速度に驚く暇もなく、コトハに頭突きをされた。完全防備の監視員の頭は防備ごと弾け飛ぶ。周りの監視員たちは驚いて逃げ出すが、目の前にニナが笑顔でこちらを見ていた。その笑顔を見た5名は次の瞬間、膝から上がなくなっていた。他の監視員が逃げようと振り向いた先には、ケロが立ち塞がっていた。ケロはただ立っていただけだった。うっすらと黒い影のようなものがケロの体の周りを漂っているのが微かに見えた。全員卒倒し、死亡した。監視装置に向かって、ニナは返り血が少しかかった顔でニヤリと笑った。


 その映像を見ていた惑星ポルゲンの作戦部はあまりの恐ろしさに震えた。上層部は頭を抱えていた。監視員が全員殺された上に、最先端の技術で作られた拘束も呆気なく解かれてしまったのだ。元々手に負えないとは知っていたが、想像を遥かに超えていた。


「大馬鹿者! 勝手にS級犯罪者を作戦に入れた上、拘束を破られただと!」と作戦総司令に、直属の上司であるポルゲンの大幹部が怒鳴った。続けて、頭を抑えながら嘆息しながら「大問題になりかねん。今、東星連中央議会に申請を出した。もうすでに我々だけでは対応が出来ない」と言った。

 

「とうとう、中央に助けを求めるのですか」と作戦総司令は唇を噛む。


「当たり前だ、これ以上勝手な行動をして更なる被害を出せば我々が危うい」


「ですが、そうなるとこの虫たちの王国や実験の全貌が明らかにされてしまいます」


「すでにそんなことを言ってる場合では無くなったのだ」


「そうですか……それで中央はなんとおっしゃっていたのでしょうか」


「即時の対応をすると」


「行動が早いですね」


「当たり前だ! 西星連との戦争まで発展しかねならいのだからな、今回は相手の違法行為もある、即座に場を収めて全て闇に葬むれば、まだ我々も助かる可能性がある。妖精たちの出動は完全な失策だ」


「はい」


「妖精たちの性格をよく知るものを使わせて何としてでも敵軍にぶつけろ」


「了解です」


「さらにもう一つ。中央議会は巨人兵の使用を考えている」


「巨人兵! あの極秘裏で訓練されている神の部隊の1つですか!」


「そうだ、それも特S級クラスを2名だ」


「巨顔龍も出てくると言うのですか、中央会議は惑星ごとを焼き尽くすつもりですね」


「分かったなら行動を急げ、全てが炎と包まれる前に」と厳命した。


「了解です」と総司令は頭を下げた。

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