第3話 公女エルメの焦燥

だーから、言ったんだよ」


「何がだにゃー?」


「これのことだよ!」


 三人の獣人は、飛散した土の上に寝転んでいた。


「うんにゃ、指一本も動かないにゃ」


 猫耳の彼女の名前はSn鵜227(通称セナウ)。彼女は小さな光となった一人であった。体は小さく、幼く見えるが、これは操作された体で、年齢は暗殺星28期生だと言えばわかるだろう。


「俺は目すら開けられないぜ」


 荒い言葉だが、ゆっくりとした口調の彼女は狐の獣人だ。毛並みがボロボロで、両目からは血を流していた。体はセナウよりも倍ほど大きい。名前は月といった。


 三日三晩続いたルィリの暴走を敵殲滅に誘導した中心的な人物であった。


 もう一人は寝込んでいるが、意識はないようだ。毛並みが悪いどころか、所々皮膚が焼け焦げ、内部の金属が太陽に照らされて光っていた。名前はKKP97-1(ケープ)だ。「じ……じじ……じ」と、言葉のような金属が軋んでいるようにも聞こえる音を発している。


「ケープは相当重症だな」


「あはは、本当ですね。ここまで怪我をしたのはあの星以来だにゃ」


「あの星を思い出させないでくれ。あの時はもっと体が生身だったし……友人も多く死んでいったからな」


「ごめんなさいにゃ」


「お前、ケープのこと好きだったろ?」


「にゃにゃ! いきなり何を言ってるのだにゃ?」


「寝込みを襲っちまえよ」


「あんなボロボロな体は嫌だにゃ!」


 と言いつつも涎を垂らし、ケープを見て妄想に浸るセナウの横顔を見て、月は笑う。獣人化すると、どうしても本能に従う。その習性をからかうのがたまらなく面白い。


 獣人化は、西星連の技術にはなかった。原則獣人化は出生前の段階でゲノムの調整を行う、だが生後成長段階での安定した獣人化にも成功している。これは極秘裏に行われ、東星連の中でも1000に満たない惑星でしか存在を明かしていない。だが、一部の惑星ではすでに一般化していた。この3名はその星の1つでスパイ活動を行っており、途中で合流したメンバーだった。

 

「回復までどのくらいかかる?」月は聞く。


 セナウは少し考え「夜まで休ませてほしいにゃ」と答えた。


「問題ないだろう」

「あの姫も、今すぐには動けないだろうから」


 ルィリはカロと一緒にいた。1度目の大爆発から67時間の間に合計24回の大爆発を引き起こし、敵の包囲を解かせるどころか、帝都からわずか30Km離れた所に築かれていた巨大で堅牢な要塞都市のほとんどを吹き飛ばしてしまった。殲滅した敵の数は数え切れない。焦げた血がまるで池のようになり、死骸を飲み込んでいたというから、その凄惨な状況が想像できる。


「司令達はみんな無事かな」ルィリが言った。まだ体に光が残っている彼女の姿を見て、体が崩壊しないでいることが奇跡のように思えた。「今は、何も考えずに休んで」とカロは言った。


 他のメンバーたちはそれぞれ離れた場所で休息をとっている。全身全霊でルィリを誘導し、そして崩壊から身を挺して守っていた。死に至る怪我はないが、相当の疲弊が見られた。


 一方、帝都の王室では大海族の皇帝と側近が顔を青くしていた。


「何てことだ。数十時間で850もの師団が全滅しただと? 帝都防衛の要である要塞都市も一瞬で蒸発」


「は、はい」


「どうしてこんなことになる」


「全く私にも理解できません。ただ言えることは、旧帝国騎士団の仕業ではありません。宇宙から来た蛮族としか言えません」


「宇宙から来ただと、もしかして、奴らは我々を騙していたのか?」


「それはないと思います。彼らも甚大な被害を受けており、本部との連絡は慌ただしい状況になっています」


「探りを入れられないのか?」


「無理です。彼らの技術力が桁違いに高いですから」


「そうか。彼らでも、想像を超えた現象が起こったかもしれないということか」


 この虫の形をした皇帝と側近はただの操り人形であった。ポルゲン中央本部は、この惑星の皇帝が西星連と密かに接触していた事実を掴み、危険視していた。そのため、皇后を人質として収容所に送り、皇帝をその帝位から引きずり落とし、処断した。今はその代理が皇帝を名乗っていた。それに反対した帝国騎士団は解散させられてしまったのだ。

 

 ——城の別室では。


「信じられん、信じられん。あれは一体何なのじゃ!」と声が響く。


 大惑星ポルゲン226-D3との交信が長く続いていた。大海族を扇動するために派遣された3万人の軍隊とその司令官6名。その中で最も位が高い公女エルメは反乱軍討伐部隊司令官として帝都を任されていた。普段の冷静沈着な彼女からは想像できないほど、狼狽していた。


「いい加減落ち着いてください」

「落ち着いていられるか! あんなものを見てしまったんだぞ」


 ――時は西星連強襲部隊が地上に降り注いだ時にさか上る。

 

 帝都の監視塔からエルメとその腹心は眺めていた。現場は遥か遠い。大惑星の監視システムと演算装置の仕事により、正確な着陸地点の場所と時間、敵兵数が通知されていた。

 ポルゲンからの大艦隊までは頼めなかったものの敵艦隊を撹乱できる程度の攻撃艇は出すという。

 以前から敵の襲撃に備えていたため、準備は万端。敵の着陸予想地点には総数数千万の虫の軍勢が完全に取り囲んでおり。提供した弾薬も豊富にある。万に一も負けることはないだろう。

 攻撃が始まったと連絡があった。砲撃音が微かに響く、作戦は成功と見えた。


 しかし、突如として巨大な爆発の光が夜空をも明るく照らす。


「な、なに。一体この光、爆発は何だ! これほどまで距離が離れているのに光が見えるとはどういうことだ!」


「今日は漆黒なる夜でございます。より爆発の光が見えやすいのかと」


「馬鹿者! そんなはずはない。いくら夜とはいえ紛争地域はここより150km以上も離れている、どう爆発するとこのような光が出ると言うのか。」


 その直後、また爆音が鳴り響く。

 衝撃に不意をつかれ言葉が出ない。

「衝撃波がここまでくると言うのか」


 腹心も目を見開いてその光の現場を見ていた。


「メガトン級の爆発か、いやそれどころではない。緩衝材をも全て吹き飛ばしてしまいそうな威力だ」


「これは敵か? それとも味方か?」


「残念ながら味方にこれ程までの武器は提供されておりません」


「ポルゲン本部に連絡せよ、緊急事態だ。数師団が壊滅している恐れがある。包囲網も突破されているはずだ。現場にも連絡! 状況確認! そして第2防衛ラインからの重砲撃を開始させろ。要塞都市も第一種防衛体制に入れ!」


「了解です。直ちに」


 公女エルメは、唖然としつつも、西星連の高度な技術力に恐怖を覚え、明らかな宇宙法の違反に怒りを感じて震えていた。簡単な任務だと聞かされていた。西星連の正規部隊が襲ってくる可能性があると行っても、ここは東星連の中央にある。大軍を派遣することは不可能で、少数の強襲艦隊で来るだけだろうと予想していた。


 大海族は虫と人間のハイブリッドで、知性はあまりない。東星連でもこういった実験の事例は珍しい。彼らは人間と認識されていない、人口には含まれていない。それは、サイボーグ人間が出生時に8割以上を機械部分で占める場合と同じである。


「武器を使う程度の知性と、その異常な繁殖力は利用できるとして製造・実験されたのだが……。どうしても、あの虫たちを好きになれなかった」


 それは独り言とも思えない悔恨の念に満ちた言葉だった。


「虫よりも騎士団の方がずっと魅力的だ。彼らはこの惑星での実験の危険性を無視できなかったのだろう。東星連が中星連と組んで、宇宙の民意を味方につけているとはいえ、この実験はやり過ぎだった。帝国側は大海族の生産停止を再三求めたが、中央会議はそれを無視した。いや、真実は中央会議までその懇願は届いていなかった。ポルゲンで握りつぶされていたのだ」


 自分には正義がないと、エルメ自身も理解していた。西星連の軍事支援は東星連にとって、敵の実力を知ること、そして相手をさらに陥れる口実となる。だから、スパイ活動も故意に見逃していたのだ。しかし、このような事態になるとは思ってもいなかった。全ての作戦はうまく進み、敵を罠にかけることも成功していた。しかし、突然の状況の変化に焦りと不安が彼女を襲った。

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