第2話 神の光と赤い池
状況を理解するまでに時間はかからなかった。
地鳴りのような音が近づいてくる。敵の数は不明だが、間違いなく途方もない数であろう。
「ちっ」
ルィリは思わず舌打ちをした。
「警戒していたら時間差降下でもして、上空から局面を把握できたのに」
彼女が上を見上げると、まるで衛星の瞬きのように超々高度の所で、かすかな光が点滅している。
「船も攻撃されているじゃねぇか、何が監視装置は使われないだ」
完全に後手に回った。少数精鋭の利点は奇襲だ。それを逆に突かれた。どこにも逃げ場はなく、おそらく包囲されている。
「相手の伏兵が包囲しているはずだ。戦況を上から臨むまでもない」
「カロ! 北北西2の3に穴をあけてくれ」
インカムが鳴る。司令官にもそれが伝わっている。
「上空からの援護や情報はまだ時間がかかる。我々で何とかするしかない」
司令官が状況を把握し、ルィリは策を伝える。
「軍隊員は全員伏せていて欲しい。突破口を作る。敵に場所を知らせずに、ギリギリまで耐えてくれ」とルィリは言い、さらに、歯を食いしばりながら続けた。「可能な限り派手に暴れてやる。すべてを失ってでも」
司令官は息を呑んだ。伝説級の暗殺者がここまで覚悟をしている。一体何が起こるのだろう。ルィリのグループは27名しかいない。その人数でこの絶体絶命な状況をどう対処するのか。身を伏せ、地面の匂いが鼻をつく。身体が震えているのは、恐怖心だけではないだろう。こんな感覚は数十年ぶりか、それとも初めての高揚感だろうか。
彼女は歩き出していた。いつ相手の弾丸が飛んで来てもおかしくない状況なのにゆっくりと落ち着いているように見える。
彼女は歌を歌っている。特殊な装備はしていないことは知っている。生身の体に防衛装置のみ、武器は体に収まる程度の大きさの物だけ。それでどのように戦うのかと疑念はあった。歌を歌う彼女は光のオーラで満ちていた。
「しかし、まさか歌とは」
副司令官が素早く窪みを滑るように近づいてきた。
「状況はどうなっているのでしょうか、この歌声は一体」
「歌による魔術的なことを起こそうとしているのか」
大軍が押し寄せる中、耳、いや全身に歌が染み込んでいる様だ。彼女はすでに遠くにいる。しかし体内に共鳴する。
「まさか、100年以上前に起こった惨劇なる32万人の合唱?」
「そうかもしれない、1人の人間の為に行われた実験。体の大きさに影響されるので被験者は子供」
「その実験は本当に行われたことだったのですか? とても信じられない、たんなる伝承と思ってました」
「すべてのデータが消されて、2度としてはならない事とタブー視されたから仕方がない。だが実際にその実験は行われていた。歌の波長も音質、音量すべてが理論通りに行われ、その実験はある意味成功した。しかしその少女は神々しいほどの光を放ちそしてその光の中で全てが燃え尽きてしまった。周りの合唱団も被害は甚大、多くのものが死に、今でも後遺症にむしばまれている者もいる」
「信じられない」
「さらに……」
「さらに? まだ何かあるというのですか」
「このことを知ってあるものはごく僅かだ。この現実を前にもう隠すこともないだろう。その神々しいまでの光は今もなお海底の地下深くに保管されている」
「まさか!」
「昔からどんな神事にも歌が使われていた。神の領域への波長を合わせるには都合が良かったのかもしれない」
「さらに惨劇の合唱の後に、いくつかの実験は成功したという。その中でも最大の成功は265万人にも及ぶ共鳴だった。それによりある生命体から光の物体が作られ、その威力はコンクリートをバターのように溶かしたと言われている」
「この歌はまさか」
「たった一人での歌でそれが出来るとは思わない。だがこの共鳴は何処から、この歌は一体。全身を痺れさせる波動は信じられないエネルギーだ」
歌がやみ、静寂が覆う。
「歌が止みましたね」ほっとした様に副官は言った。
その瞬間、突然の衝撃波が襲う。くぼみに控えていた軍人たちでもその衝撃で気を失う所であった。
前進してきた大海族の軍団は相当な被害が出ているだろう。周りの木々も倒れそして、しばらく経つと今度は逆風で倒れた大木が飛んでくる。寸前でよける司令官。
「ぐっ」
司令官をかばうように副司令官の足が大木の下敷きとなる。防護装置の作用で大きな損傷は無かったが身動きは取れない。
味方や敵もいったい何が起こっているか分からない。天変地異を起こす兵器でも使ったのだろうかとお互いの大多数はそう感じているほどであった。
風や大木の転がる轟音が鳴り響く中、光が見えた。1つではない。いくつかの、いや3つの光が、眩しいほどに光っていた。
轟音が鳴り止むか止まぬかのうちに、砲撃の音が響く。敵の攻撃が始まったのだ。おそらくは我々に近づいてから精密な砲撃を行うつもりだったのだろう。しかし、衝撃によって敵の隊列が乱れて混乱状態に陥り、彼らは慌てて攻撃を開始したと分かる。それと光攻撃対象が目の前に現れたからだろう。
敵の砲撃は、眩い光の方へと放射線を描きながら飛んでいった。その数秒後に着弾。地面が揺れ、鼓膜がびりびりと痛んだ。轟音が耳に突き刺さり、目の前が真っ暗になった。頭にちかちかと光る点々が見えるほどの衝撃波だった。
「この威力は何だ! 直撃並の衝撃だ」
「こんな兵器を持っているなんて聞いていない」
副司令官も痛みを抑えつつ、怒りをあらわにした。
「だが、直撃した光の中心は助かるまい……」
再び外の様子を確認した。
「まさか、光が消えていない」
「一体あの光は……」
「わからない。だが、ルィリが関係しているのは間違いないだろう」
砲撃を機に敵が突撃してきた。怒号と足音が地面を震わせた。
インカムで隊員たちに指示を出した。
「ぎりぎりまで身を伏せて敵を引き寄せろ。接近戦を行うように、凹地から絶対に出るな」
光の動きが激しくなっていた。大きな光が中心になって、目にも留まらぬ速度で動き回っているのが見て取れた。他の2つの光は、それをなんとか抑えているように見える。
「一体何が起こっているんだ」
小さな光と大きな光が互いにぶつかりあい、その度に光が周りに飛び散っていた。その光が放つ歪んだ臭気に、身体が反応した。この光はかなり危険だと感じた。
「防護装置を最大にしろ。ゲノムダウンに備えろ」
インカムで全軍に指示を出した。
「まるで彼女の中で核反応が起こっているようだ……」
そうその光の正体は、ルィリだった。
小さな光の玉となった仲間の指示をしているカロは焦っていた。序盤からすでに最終手段に出るとは、早計だと思った。光を追いかけるのに必死だ。その速度はまさに光の速度だと言えるだろう。そして彼女自身の意識はすでに崩壊していた。彼女の体は一瞬で黒く焼け落ち、金属部分が露わになる。しかし、それが露出すると同時に、皮膚が再形成されて元の状態に戻った。そして再び高温で皮膚が溶け始めた。体内のエネルギーが爆発寸前だった。
周りにいた2人の光の者たちは、何とかしてルィリを敵の真ん中に誘導していた。光がぶつかるたびに、七色に輝く光が周囲に飛び散り、その光に当たった敵は悲鳴を上げて蒸発していった。光が当たった部分だけでなく、その周囲までも溶かし、腐らせていった。光は赤から青や緑へと変わっていき、まるで世界中の宝石を嘲笑うような美しさと破壊力を併せ持っていた。
突如動きが止まり、叫び出すルィリ。その身体は振動し、顔を見ていることすら耐えられない。
「ルィリ!」
何度も融解と再生を繰り返す皮膚。その痛々しい表情は、金属まみれの顔にもはっきりと映り込んでいた。口が限界を超えて開き、その瞬間。
巨大な爆発が起こる。周囲のメンバーたちは吹き飛ばされた。その中には、ルィリが制御できるよう全力を尽くす他の20名もいた。彼らの中に、あえて爆発を引き起こすように工作した者もいた。それはルィリが完全に崩壊しないようにするためのものだった。
しかし、その恐ろしい爆風は先ほどの衝撃波とは比べ物にならない。伏せている軍隊に、規格外の衝撃が襲い掛かった。近接戦闘はすでに開始されていたが、仲間の隊員は凹地の中で敵の攻撃を防ぐことがやっとだった。そして、爆風が襲ってきた。防護装置までもが軋んでいる。
凹地の上にいた何万という敵は、跡形もなく吹き飛ばされた。超高温により、墨にすらならなかったようだ。酸素も全て吹き飛ばされ、今度は逆風もなく恐ろしい真空状態が広がっていた。防護装置の酸素供給は362時間あるとされていたが、今の装置がガタガタになってしまっている現状では、いつまで持つかは定かではない。
何という馬鹿げたエネルギー体。
そして、再び光が大きくなり、新たな敵の集団の奥深くへと激しく動きながら向かっていった。
「何ということだ。全てを焼き尽くすまで止まらないのか?」
この時、ようやく母艦からの連絡が入った。
「状況を報告せよ」
「状況は最悪だ。今、こちらの映像が見えているか?」
「いや、だが、特大級の爆発が起きていることは確認している。隊員たちは無事なのか?」
「隊員たちはほとんど全員が負傷しているが、死者は出ていない。だが状況は極めて困難だ」
「了解した。撤退するかどうかの判断を至急決める。あと、映像が復活した。これは一体何だ? 信じられない」
「私も信じられないことが起きていることは理解している。しかし、もう思考は停止、あとは流れに任せるしかない。中央はとんでもないメンバーを選んでくれたな」
「理解が追いつかない。総司令官とともに現状を見守る。あとは君に任せる」
「了解した。次敵襲が来るまで、対策を練る」
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