99、人も惜し人も恨めしあぢきなく世を思ふゆゑにもの思ふ身は
日ノ本を今一度せんたくいたし申候!
ってわけでもないけれど、生徒会選挙に出馬することにした。
生徒会長に立候補したのは、俺とあいつの二人だけ。
勝ち目なんてない。けど、高千穂が勝った方と付き合うって言ったから。
「公約どうするの」
「コウヤク?」
聞き返すと、溜息を吐く。
「自分が生徒会長に当選した暁にはこういうことをしますっていう有権者への約束よ」
なるほど。魅力的な公約を出せば、皆が投票してくれるわけだ。
「じゃあ俺が会長になったら……、授業は午前中で終わりにする。数学の授業はなくす。学食のメニューを全部タダにする」
「ばか。実現可能なものじゃないと」
高千穂が呆れる。
「けど、本当に立候補するなんてね」
「なんだよ、お前が言い出したんだろ」
「そうだけど……」
冗談じゃん、という言葉を飲み込んで、「ほんと、ばか」と高千穂は大きく息を吐いた。
「けど、高千穂は俺のこと手伝っていいのかよ」
「しゃーないでしょ。だって相手はあの鳥羽くんだよ。文武両道、温厚篤実、容姿端麗、みんなのスパダリ。鳥羽ホールディングスの御曹司。こないだは銀行強盗を捕まえて、振込詐欺グループを一網打尽にし、歩くところに事件あり。十七歳にしてすでに伝記が書けるといわれ、漫研が鳥羽くん主人公の同人漫画をネットにアップしたところ異例のベストセラーになった、鳥羽くんだよ。圧勝だよ。ハンデつけないとばかが可哀相じゃん」
恥かくよ、とまた溜息。ばかばかうるさい。
俺が立候補してから、高千穂はことあるごとに「ばか」と言う。けど、どれだけ呆れられたって、冗談だと言われたって、出馬を取消すつもりはない。
俺は、高千穂が欲しいといったものは、どんなものでも全部手に入れてやる心意気だから。
高千穂は苦労ばかりして育ったから、自分と一緒にいると周りを不幸にしてしまうと思い込んでいる。人を寄せ付けない冷たい女だと思われているけれど、そうじゃない。それは高千穂なりの優しさなのだ。
「ばか」って言うたびに溜息つくけれど、その表情は呆れを通り越して笑っている。こうやって二人で公約を考えている間は、家のこととかも忘れていられるのだろう。それだけでも立候補した甲斐がある。
とはいえ、負ける気はない。
ついに決戦の時が来た。
投票前の全校生徒へ向けた演説。ざわつく体育館。けれど、鳥羽が喋り始めると、じきにしんと静まり返り、皆が耳を傾ける。演説を終えると、おざなりでない拍手が割れんばかりに響く。
くそ。
続けて俺が登壇する。みんな興味をなくしたみたいにまたざわざわと私語が始まる。
一生懸命作った公約を話すも、誰も聞いていやしない。やっぱり「食堂無料」くらいパンチのある内容にしておけばよかった。俺の名前さえ覚えていやしないだろう。
勝ち目はない。
くそ。
マイクを握る。キーンとスピーカーがハウリングして、一瞬みんなの視線が集まる。
俺は生徒会長に出馬するに至った熱い思いを述べる。わああっと会場が盛り上がる。
「高千穂、好きだ! 付き合ってくれ!」
日ノ本どころか、全校生徒だってどうでもいい。俺が幸せにしたいのはただ一人、高千穂だけだ。
結局、生徒会長には鳥羽が当選した。
けど、俺は高千穂と付き合うことになった。
高千穂はいまだに自分といることで俺が不幸になるのではないかと心配している。ばかだな。俺が今どれだけ幸せの絶頂か。高千穂のためなら、チンピラに絡まれたって、留守中に家が荒らされていたって、全部笑い飛ばしてやる。一緒にいられれば俺は幸せだし、隣にいる高千穂のこといつも笑顔にしてやる。それが俺の公約だ。
なお、生徒会長になった暁には全校生徒を幸せにする、と公約した鳥羽によって高千穂を取巻くトラブルの種はじきに一掃されることとなる。
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