98、風そよぐならの小川の夕暮れはみそぎぞ夏のしるしなりける

「ああー彼女できんかったあー」

 川に向かって石を投げる。ちゃぽんと沈む。

「うるさいなあ」

 部活終りに一緒になったナツが川べりの平らな石に座って言う。

「そもそもタカシのくせに、彼女つくろうなんて生意気なんよ。それも夏休みのうちになんて、ムボームボー」

 靴下を脱いだ足を川面につけて、タカシに向かってばしゃばしゃ水を飛ばしてくる。

「ムボーじゃねえし。花沢とか早川とか女子みんなカレシほしーとか言ってたじゃん。オレの計算では、需要と供給でオレもカップリングするはずだった」

「できてないじゃん」

「しゃあないだろ。野球部は毎日部活あったんだからさ。夏休み最終の明日いちにちだけ休みで、お前らしっかり宿題片付けろよ、だってさ」

 手近の石を拾ってまた川に投げる。一跳ねだけ水を切ってちゃぷんと沈む。

「宿題終わるの?」

 ナツがいたずらっぽく白い歯を見せる。終わるわけない、一ページもやっていない。

「オレは野球推薦を狙ってるからいいんだよ。そういうお前こそ」

「お盆前に全部終わった」

 ナツはあっさり答える。吹奏楽部だって厳しく夏休み中練習していたはずだが。幼馴染のナツはしっかり者で、小学生の頃から真面目で要領もいい。

「見せてくれえ」

 情けない声で土下座して見せると、カラカラとナツが笑う。面倒見のいいことも知っている。

「別にいいけど」

「ヤッター! ありがてえ」

 あとで家に寄る約束をする。今晩のうちに全部写して、明日は一日遊ぶぞ。浮かれ気分で石を投げると、シュッシュッシュッと小石は三度水の上を跳ねた。

「これで、やり残した宿題は『夏休みのうちに彼女作る』の一つだけんなった」

「諦めるの?」

「だってもう無理だろ」

「その宿題も私が手伝ってあげようか」

「えっ」

 立ち上がったナツが水面に向かって細い腕を振る。タッタッタッタッタッと五度も水を切り、小石は遠くにちゃぷっと消えた。野球部の自分より上手いのが憎らしい。

「ジュヨーとキョーキュー」

 ぽいとナツが言う。

「それって」

 お前がオレの彼女になるってこと? なんとなく気恥ずかしくて口に出して訊けない。けど、ナツが答える。

「私だって青春したいじゃん」

 そう早口で言いながら投げた小石は水面を跳ねるどころか岩場に落ちてコツンと音を立てた。

 それってオレじゃなくてもいいってこと? と言い掛けて思い留まる。夏休みに入ってすぐ、野球部の先輩がナツに告白して振られたという噂を聞いていた。

 ジー……カナカナカナカナ……。日暮蝉が鳴いている。

「おう。よろしくな」

 そう答えるのが精一杯だった。

「おう」

 ナツも一言そう答えた。

 カナカナカナ……。

 しばらく無言でぱしゃぱしゃ小石を投げたが、二人とも手元が覚束なくて上手く水を切れず同じ場所に小石が溜まっていく。

「あっつ」

 水切りを諦めたナツが、そう言って川に入る。プリーツスカートをたくし上げる。腕に比べて白い腿が眩しい。見ちゃいけない。目を逸らそうとするも、体がいうことを聞かない。振り返ったナツと視線が合う。

「明日プール行こうぜ」

 咄嗟に口をついて出た。

「映画館とかのが涼しいんじゃない」

 逆光にナツが目を細める。

「いやプールだな。だって太ももだけ白かったら水泳の授業の時目立つじゃん」

「えっち」

 タカシが言うと、ナツはぱっとスカートを下ろす。柄にもなく顔を赤くして、かわいい。

 スカートが濡れてしまった。仕返しに、タカシに向けて両手でばしゃばしゃ水を飛ばす。タカシもナツに向けて水を掛ける。

 キラキラキラキラキラとたくさんの光の粒が水面を跳ねた。

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