80、長からむ心も知らず黒髪の乱れて今朝はものをこそ思へ

「わっ、ばっさり切ったねえ、失恋でもした?」

 ただの気分転換ですと答えて、やり過ごす。

 つまらない質問をされるのは、私がつまらない人間だからだ。特に親しくもない相手と話題を広げるために、社交辞令としてこんなベタな質問をしてくれたのだ。そう思うのに、ろくな返事ができなくて申し訳ない。

「そっか。ショートカットも似合ってるよ」

 じゃあね、と、当然話題が広がるはずもなく、彼女はさっさと向こうへ行ってしまった。

 胸まであった髪をばっさり切った。

 本当は、ヘアドネーションした。

 髪の寄付は三度目だ。これまでは医療用ウィッグのためだったが、今回は漆刷毛のために寄付した。先の能登地震で輪島塗職人の道具も被害にあったということで、漆を塗る刷毛の材料とする髪を寄付したのだった。もしかしたら国宝修復に自分の髪が使われることだってあるかもしれない。

 こんな風に、ふつうに話せばきっとそれなりに話が広がるだろうに、それができない。いやだって、私が髪の毛寄付してるとかいうと気味悪がられたらどうしよう。そもそも私の話など誰も興味ないよな。考えるほどに口から言葉が出てこない。

 こんなだから親しい人がいないのかもしれない。小中高や大学でそれなりに仲良くしてた子はいるけれど、卒業してからも連絡を取るような相手はいない。職場の同僚とも世間話はするけれど、アフターファイブに飲みに誘うほど親しい人はいない。

 生きるのが下手だ。

 つねに孤独感を抱えている。割り切って独りで生きていくと舵を切るほど強くもない。寂しい。社会の輪の中に受入れてもらいたい。

 なのに上手くいかない。自分ではそれなりに良い人間でいるつもりなのに、いつも他人の悪口を言っている人の方が結婚していたり友人が多かったりする。何がいけないのか分からない。分からないから欠陥なのだろう。

 赤い羽根や動物保護など募金活動を見かけたら必ず募金する。

 大きな災害のあった時にはそこそこまとまった額を寄付する。

 道に迷った人がいれば、自分の行き先と反対方向でも道案内する。

 私用があるという同僚の残業や休日出勤を代わってあげる。

 町会のバザーには必ず何かしら出品する。

 ベルマークを集める。

 髪の毛を伸ばして寄付する。

 ブックサンタに参加する。

 必ず「いいね」を押す。

 考え付く限りの善行を尽くす。なのに、いつまで経っても私は独りぼっち。どれだけ差し出せば受入れてもらえるのだろう。


 私はとても長生きした。

 自分が空っぽになるくらい、とても多くを差し出した。けれど、結局最期まで寂しさは拭えなかった。

 お金を差し出した。

 時間を差し出した。

 労働や髪の毛など身体を差し出した。

 頭も心もすべて差し出すために、私は物書きになった。とてもたくさん書いた。少し人は集まってきたけれど、心を許せるほど親しい人はついに現れなかった。

 なのに、私はひとりじゃなかった。

 私が書いたものを読んでくれた人がいた。共感してくれる人がいた。だから私はその人達のために書いた。少しでも彼らの寂しさを癒せますようにと。

 私は生きるのが下手だった。

 けれど、とてもよく生きた。

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