79、秋風にたなびく雲の絶え間よりもれ出づる月の影のさやけさ

「何時だと思ってるの。中学生がこんな時間に出歩くんじゃない」

 母親にすごい剣幕で叱られて、家を出ることができなかった。一緒に流星群を見ようって、俺の方から持ち掛けたのに。

 もう中学生なのに、母親に止められて行けなかっただなんて、口が裂けても言えない。だから、翌日俺は学校で何事もなかったような素振りで過ごした。あいつからも何も言ってこない。

「嘘つき」とか「約束破り」なんて責められたら、きっと俺は「なに、お前本気にしてたの。冗談だったのに」なんて薄笑いを浮かべてしまっただろう。そんな弱い自分が嫌だと思うのに、どうしてもそうなってしまう。

 男子の俺で禁止されたのだから、女子のあいつはなおさら夜中に外出することなんてできなかっただろう。そうだ、あいつも待ち合わせ場所には来なかった。

 そう思いたいけれど、無理だ。

 だって、俺は見てしまった。うちの勉強部屋の窓から、自転車の荷台に天体望遠鏡を積んで夜道を疾走するあいつを。月のない夜なのに、白い自転車はきらきらと発光して見えた。

「おーい」「悪い、行けない」、窓からそう声を掛ければよかった。なのに、俺はそれさえできない。近所に住む同じ学校の奴に聞こえて、陰キャのあいつと噂にでもなったらと頭を過ぎる。親や姉から妙な詮索をされるのも嫌だった。そんなくだらない保身のために。

 一応あいつも女だ。万一何かあったらと様子を窺うが、ここから待ち合わせ場所のタコ公園は見えない。せめて無事に引き返していく姿を見届けようと思うものの、約束の時間を十分過ぎても、三十分過ぎても、一時間経ってもあいつは戻ってこない。

 どうしよう。何かあったのでは。どくどくと鼓動が早くなる、吐き気がする。いや。タコ公園は外灯が多くて夜でも明るいし、住宅地に隣接している。事件があれば騒ぎになっているはずだ。きっと少し目を離した隙に通り過ぎたのだろう。違う道から帰ったのかもしれない。そう思うものの、その夜は布団に入っても寝付けず、朝方うつらうつらしてるところを母親に叩き起こされた。歩いても十分間に合う時間なのに、学校まで走った。

 教室であいつの姿を見た時は心底ほっとした。

 いつもと変わりない様子で、怒っているのかそうでないのか判然としない。申し訳ない気持ちはあるものの、その日は声を掛けることができなかった。

 週明けに思い切って「おはよう」と挨拶してみると、「おはよ」と早口で返ってきた。何かもう少し話をしたいと思ったが、話題を見つけられずにいるうちに、彼女はぷいと行ってしまった。

 それきり、特別な接点のないまま卒業した。

 だけど、未だに星を見るたびに思い出す。勉強部屋の窓から見た、夜空を真っ直ぐに駆け抜ける流星みたいな彼女のことを。

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