78、淡路島かよふ千鳥の鳴く声にいく夜寝覚めぬ須磨の関守

 たまんねえな、おい。

 夜中じゅう赤ん坊はずっとほぎゃほぎゃ泣いている。ミルクでもないオムツでもない、どれだけあやしても泣きやまない。

 仕方ないので、近所からクレームが入る前に、赤ん坊を抱いて近所の公園まで散歩に出る。夜風に当たってようやく落着いたようだが、家に戻ろうとするとすぐにむずがる。困ったもんだ。

 昼間世話を頼んでいたおふくろも、ぐったりして帰ってしまった。本当に、息子はよく泣く。

 ずっと泣いている。妻が生きていればと思わずにはいられない。

 公園のベンチに座ると、どっと一日の疲れが出てきた。けれど、一日は終わらない。赤ん坊は朝晩お構いなく泣き続ける。昼間は仕事、帰ったら赤ん坊の世話に明け暮れる毎日。金魚の世話さえろくにできなかった俺が、なんとかかんとか赤ん坊を生かしていることに、自分自身驚いている。天国の妻もきっと驚いているだろう。いや、彼女が見守って力を貸してくれているのかもしれない。

 そんな風に妻を思い出すたび、俺の方が泣きそうになる。けど、泣いてもいられない。小さな生き物は夜の公園にも飽きたのかまた泣き出す。ほぎゃあほぎゃあと。誰かを呼ぶ。

 父がここにいるのに泣きやまないのは、きっと母を求めて泣いているのだと思う。やりきれない。

 母との思い出がないまま成長するであろう息子と、突然妻を失った俺と、どちらがより哀れだろうかと詮無いことを考える。とはいえ、俺だって彼女と出会ってから過ごした時間はたった五年間だ。金魚の寿命より儚い期間。と思うものの、俺がそれだけ面倒見れたためしはないけども。

 こんなにも哀しい。たった五年間のはずじゃなかった。これから先の人生をともに歩むことを誓ったはずなのに。彼女と、お腹の子のためにいっそう頑張るぞと奮起したのがついこないだのように思われるのに。ぽっかり穴が開いてしまったようだ。

 ぼんやり物思いに耽っていると、ほぎゃほぎゃと腕の中の息子が泣く。穴を埋めるように息子を強く胸に抱く。お前がいてくれてよかった。元気ならそれでいい、いくらでも泣け。

 もう家に帰りたいのか。けど、少しだけ待ってくれ。赤ん坊を抱いたまま、他に誰もいない公園のベンチで、息子に負けじとおいおい男泣きする。今だけ泣かせてくれ。お前が物心つく頃には、涙なんて見せない強い親父になるつもりだから。

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