73、高砂の尾の上の桜咲きにけり外山の霞立たずもあらなむ
私のお兄ちゃん。
幼少期より、二つ上のお兄ちゃんが大好きだった。
お兄ちゃんは友達とわいわい遊ぶよりも、家で本を読んでいるのが好きな人で、たくさんのことをよく知っていた。私はいつもその隣で少女マンガを読んだ。たまに、昆虫図鑑を読んでいたお兄ちゃんが、思い立って虫捕りに出掛ける時には私もとことこ付いて行った。
学校では「ガリベン」なんて不名誉なあだ名を付けられていたけれど、お兄ちゃん自身も私もまるで気にしなかった。私としてはむしろ友達なんて少ない方がお兄ちゃんと一緒の時間が増えるので、願ったり叶ったりだった。
お兄ちゃんが中学生になってからは、私も早く大人になりたくて仕方なかった。中学に上がって、制服姿でお兄ちゃんと並んで登校するのが嬉しかった。たった一年間しか同じ学校に通えないのが残念過ぎて、私は高校もお兄ちゃんと同じところを目指すことを心に誓い、必死に勉強した。そんな私に対して、お兄ちゃんがまめに勉強を見てくれるようになったのは、思わぬ儲けものだった。
お兄ちゃんが部長をする科学部は男子ばかりで、たった一人の女子部員の私はろくに実験にも参加せず、隅っこの席から白衣のお兄ちゃんをうっとり眺めていた。
中学でにょきにょき身長が伸びたけど、分厚い眼鏡を掛けたお兄ちゃんはまったくモテなかった。バレンタインだって、私とお母さんからチョコを二つ貰うだけだった。
そんなだから、休日も空いていることが多く、私が誘うとよく一緒に外出に付き合ってくれた。私は目いっぱいおしゃれして、お兄ちゃんの服装もコーディネートして、デートを楽しんだ。私の選ぶファッションはお兄ちゃんにぴったりで、それは家族も認めるところで、一緒に服を買いにいくと言えばお母さんもお小遣いをはずんでくれた。実際、中学の終わりにお兄ちゃんは街角スナップの取材を受けて雑誌に写真が載り、私は鼻高々だった。
しかし、それがまずかった。
雑誌に載ったことで、周囲がお兄ちゃんの魅力に気付いてしまった。中三のバレンタインに、お兄ちゃんは二十個もチョコレートを持って帰ってきて、それらは全て私が平らげた。
「私のお兄ちゃんなのに」
膨れて見せると、笑って頭を撫でてくれた。
また、クラスの女子が勝手にお兄ちゃんの写真で芸能事務所に応募したようで、スカウトが来た。当然断ると思っていたのに、お兄ちゃんは「何事も経験」と所属契約してしまった。それで、高校・大学とお兄ちゃんはモデルの仕事をしながら学校に通った。忙しくて家に帰ってこない日も多々あるし、帰ってきても溜まった勉強を片付けるため部屋に籠もって、とても私と遊んでくれる暇などない。なんだかどんどん遠くに行ってしまうようだった。
大学卒業を機に、すっぱり芸能活動からは離れたけれど、すっかり垢抜けたお兄ちゃんの周りにはいつも人が集まってきた。
「私のお兄ちゃんなんだから!」
と、子ども時代のように駄々をこねることもできない。
お兄ちゃんへの想いは変わらない。だけど、兄に恋することがおかしなことだということは流石に理解していた。
「戸山が、カスミのこと好きなんだって。すごくいい奴で僕も信頼してるし、戸山ならカスミを幸せにしてくれると思う」
大人になって、兄から紹介された人と結婚した。兄の友人で、よくうちに遊びに来ていた人だった。
他の男の人を知れば、何か変わると思っていた。なのに、相変わらずだ。
お兄ちゃんの
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