6、かささぎの渡せる橋におく霜の白きをみれば夜ぞふけにける
アパート二階の彼の部屋の前の廊下で待つけれど、彼は帰ってこない。今日行くって連絡したはずなのに。ドアに
今日ライブだったのかな、聞いてないけど。せっかく食材買ってきたのにな。冬だから傷みはしないと思うけれど。
あたしの立場はビミョーだ。一応カノジョのはずなんだけど。部屋は教えてもらっているけれど、合鍵はくれない。連絡つかなくなることもしょっちゅうだ。バンドマンはこんなものなのかしら。
「わっ、びっくりしたあ」
頭上から声が降る。隣人の大学生だ。ドアを開けてあたしがしゃがみ込んでいたので驚いたらしい。「こんばんは」と律儀に挨拶して、トントンと階段を下りて出掛けていった。十分程でコンビニから帰ってきた大学生は「よかったらどうぞ」とホットココアをくれた。いい奴だ。結局その日は終電まで待ったけれど、彼は帰ってこなかった。
そんな感じでしょっちゅう彼の部屋の前で待ちぼうけを喰らう私に、大学生はしょっちゅう差入れをくれて言葉を交わすようになり、あたし達は顔見知りになった。それで、彼が帰ってこなかった日には食材を大学生にプレゼントしたり、ついには上がりこんで台所を借りて一緒に鍋をつついたりした。真冬の鉄筋コンクリートの廊下でじっと待つのはつらかったので、大変ありがたい。
「もっと早くに声掛ければよかったんですけど、さすがに女性を家に誘うのは憚られて……」
と、どこまでもいい奴だ。
ふと、古いアパートで壁も薄そうだし、隣人ならば彼が浮気しているかどうか分かるのではないかと思い、訊いてみた。すると大学生は顔を真っ赤にした。どうかしたのかと思ったが、よくよく考えてみれば、壁が薄くて聞こえるということは相手があたしの場合も同じなわけで。あたしも一緒に真っ赤になった。
そんな感じであたしがあほなこともすでに知られているので、何でも気兼ねなくお喋りした。そんな話し相手ができたから、冷えた廊下で待つ時間も以前ほど苦痛ではなくなった。
二月の底冷えする夜も、相変わらずあたしは彼を待っていた。大学生もまだ帰っていないようで、廊下でひとり待つ。雪がしんしんと降る静かな夜にじっと耳を澄ませる。
誰かが階段を踏む音がして、ぱっと顔を上げる。
あたしはなぜか、ブーツではなくスニーカーの足音がトントンと上がってくるのを期待している。
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