4、田子の浦にうち出でてみれば白妙の富士の高嶺に雪は降りつつ

 いつの間にか雪が積もるように、私の髪もちらほらと白いものが目立つようになった。あれだけ髪色に拘っていた二十代が嘘みたいに、根元が白くなった頭を放ったらかしている。子どもが小さいと美容院に行く暇さえない。

 はじめのうちは分け目を工夫して懸命に白髪を隠していたけれど、今はもうどうにでもなれだ。きっと同僚からは老けたなとか思われているんだろうけど、知ったことか。シングルマザーで実家にも頼れず、生きていくだけで精一杯なのだ。

 一人で子育てしているとわあと怒鳴りつけたくなることも多々あるけれど、なるべく叱る時には感情的にならないよう気をつけている。その甲斐あってか、娘はおっとりした子に育った。

 そんな娘が幼稚園でよその子を叩いたと連絡があった。

 理由を聞いても娘は頑なに口を割らない。保育士さんが言いにくそうに教えてくれたところでは、「お前の母ちゃん老けてる」とか何とかからかわれて、普段は大人しい娘が手を出したらしい。相手の親御さんにも謝罪して家に帰る途中、手を繋ぐと娘は小さな手でぎゅっと握り返した。悔しそうに膨らむ頬が愛おしかった。

 次の休日に数ヶ月ぶりに美容院を予約した。けれど、娘が熱を出し結局キャンセルすることになった。「ママごめんね」赤い顔で申し訳なさそうな視線を送る。「いいよ。一日ゆめちゃんと一緒に寝られてママしあわせ」、添い寝して絵本を何冊も読んでやるうちに娘はいつの間にかすうすう寝息を立てて眠っていた。

 そういえばここしばらくは休日も溜まった家事を片付けるのに精一杯で、充分に娘と遊んでやれていなかったかもしれない。

 娘の体調もすっかり戻った次の休みに、私は美容院へは行かなかった。娘と海に来た。季節外れの海は閑散としていて、一応水着も持ってきたけど海には入らず、二人で砂遊びした。これだと近所の公園でもよかったかなと思ったが、娘はきゃっきゃとはしゃいでいた。

 ソフトクリームを食べながら二人並んで水平線を眺める。

「ママ来週美容院行って、髪の毛きれいにしてくるからね」

 何の気なしに言うと、娘がそっと私の手を繋ぐ。

「あたし、ママの髪の毛好きだよ。お日さまにきらきら光ってすごくきれい。いっぱい頑張ってる人の証拠だって、先生も言ってたよ」

 そんな風に言ってくれる。本当に優しい子に育ってくれた。「ありがとうっ」と抱きしめると、髪の毛にソフトクリームがべったりついて二人できゃあきゃあ騒いだ。

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