3、あしびきの山鳥の尾のしだり尾のながながし夜をひとりかも寝む
めっきり夜が短い。
齢のせいだ。子供の頃は永遠に明けないのではないかと不安になるほど長かった夜なのに、今やネットニュースやSNS画面を無為にスクロールしていると、いつの間にか窓の外が白み始めていたりする。学生時代など、一晩あれば期末テストの数教科をしっかり一夜漬けしたものなのに。今は一晩の内に何かを成すなどとても考えられない。こんな風に少しずつ老いてひとり死んでゆくのだろうなあと思う。
仕事一筋というほど仕事に打ち込んだわけでもないけれど、気づけば所帯を持つタイミングを逃していた。独身貴族といえば聞こえはいいが、実際は独居老人という方がしっくりくる。定年退職まであと五年。
夜は短くなったが、昔と変わらぬ時間を過ごす方法がある。
一人暮らしの小さなマンションの一室で、リビングに置いた大型テレビとスピーカー、その正面にソファ。これらは
週末帰宅して夕食と片付けを終えたら、淹れたてのコーヒーとおやつを出してソファに座る。夜十時からきっちり映画三本分。この夜の長さだけは昔から変わらない。
西部劇のガンマン、タイムトリップ、海の中から宇宙まで。この時間だけは何者にもなれるし、どこへでも行ける。現実から逃避することができる。
一応終活のようなことを考えていないわけではないが、心配なのは倒れた時のことだ。会社勤めの間は連絡がつかなければ同僚が様子を見にも来てくれるだろうが、退職するとそうはいかない。一人っ子で両親はすでに鬼籍に入っているし、親族に会うのも法事の時くらいだ。人付き合いが良い方ではないから友人も少ない。新しいコミュニティを開拓せねばならないな。どこかで働ければいいが、そうでなければ将棋とかゲートボールとか? どれもしっくりこない。一人のんびり映画鑑賞できたらそれで充分なのだけれど。
いや。映画を撮ってみたい。
今はスマートホン一つあれば何でもできる時代なのだという。映画を作って、コンテストにかすりもしなくたって、個人でネットで発信することもできる。確か従兄弟の子が動画配信していると言っていたから、頼めば編集の方法を教えてもらえるかもしれない。いや、パソコン教室に通って一から学ぶのもいい。うん、二時間の作品は無理でも、ショートムービーなら作れそうな気がしてきた。
大画面の中ではピンチ一転、ヒーローが誰にも知られず一人で巨悪に立ち向かっている。「明けない夜はない」と古めかしい決め台詞を吐く。
わくわくしている。夜が明けるのが楽しみだ。
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