95、おほけなくうき世の民におほふかなわがたつ杣に墨染の袖
「できる」と答えたことを後悔した。
できないからではない、実際できてしまうからだ。できるのに今までしないのには理由がある。禁忌だからだ。
なのに、売り言葉に買い言葉、母を愚弄されて、つい喧嘩を買ってしまった。
神降ろしだけはならぬと、母から強く禁じられていたのに。ましてや彼らが、神を降ろした私に正しく畏敬の念を持って接せられるとは思えない。けれどもう後には退けぬ。
だからだめだと言ったのに。
だからだめだと言ったのに。
だからだめだと言ったのに。
だからだめだと言ったのに。
だからだめだと言ったのに。
だからだめだと言ったのに。
だからだめだと言ったのに。
だからだめだと言ったのに。
だからだめだと言ったのに。
目の前の惨状に暗然とする。母から言い伝えられていた通りだ。
本来なら、神を降ろすのは慶ばしいことである。人間は当たり前の感謝さえ示せばよい。なのに、それさえ出来ずにいつも怒りを買ってしまう。なんと愚かなのだろう。陰鬱な悲しみは私のものか神の御心か。
ここにはもう言葉を発するものはおらず、私ももう何も語りたくはない。私とて同じく愚かだから。体をそのまま明け渡すことにした。その方が、きっと上手くゆくでしょう。
「新しい私」は、新しいムラで慎ましく過ごす。人の世の慣わしには疎いので、死者を口寄せるなどして生業とする。
家族も
その体を全うして再び彼岸へ還る頃には、人間への疑心などすっかり消えていた。
我が子は人間として育てた。多くを背負わせるのは忍びなかったから。
受継いだ降霊の力で糧を得ている。
ある日、子は「できる」と答えてしまった。神は降ろせぬだろうと馬鹿にされて。あれだけ口を酸っぱくしてだめだと聞かせてあったのに。
けれど、降りるつもりはなかった。
子はすでに人間として平穏に生きているのだ。たとえ嘘吐きと罵られようが、一時のこと。小さな諍いも時が解決するでしょう。
そのように考えていた私は、人間への理解が足りなかった。
ムラの人間達に囲まれて、子は神降ろしを行おうとした。どれだけ祈られても、けっして私は降りなかった。人々の間から怒号や嘲笑が噴出する。それを、やり過ごすことができなかった。
目の前に展開される惨状。
生き残ったのは数人の老人や幼子だけだった。それさえ私が止めなければ、誰一人残らなかっただろう。陰鬱な悲しみは私のものか、それとも。
私じゃない!
我に返った子が悲痛な叫びを上げる。この惨状は私のせいではないのだ、と。
人間は弱い。
子が求めるままに、私は入れ替わってやることにした。
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