92、わが袖は潮干に見えぬ沖の石の人こそ知らねかわく間もなし

 けっして触れてはいけない石。

 だから人の目に触れぬ所に隠された。それが、この家のどこかにあるという。

「お前ももう十四だからね」

 当家では、代々古くは十四の齢に元服の儀を行っていたという。その際に、「石」の話も伝承されるのだと。

「元服」の意味も知らないオレは祖母に呆れられた。成人の儀だという。現代では成人年齢は十八歳だ。(数年前までは二十歳だった。)十四でもう大人? そんな自覚は微塵もない。神妙に祖父母の話を聞きながら、内心では好奇心の炎がメラメラ燃えていた。

 しかし、長々と昔話を聞かされたものの、肝心の「石」の場所も、触ってはいけない理由もついに説明のないままだった。

 質問すると、のらりくらりかわされたが、要は祖父母も親も知らないっぽい。かつて一度、石のせいで家が途絶えかけたとか何とかいうから、恐らく話を聞かされた誰かが不用意に石を触って以来、具体的な場所を教えるのはやめたのだろう。だって、十四歳なんて好奇心しかない。オレも。

 宝探しだ。

 友達を誘わず、一人でやるだけえらいと思って欲しい。

 親が仕事や寄合いで留守にする昼間、オレは一人で家中の探索を始めた。

 しかし、見つからない。そりゃそうだ。十四年間この家で育って、そのような石は一度も見たことがない。

 仕方がないのでこっそり聞くと、おじさんなら知っているんじゃないかという。

 だから、気乗りはしないがおじさんに聞きに行くことにした。だってもう二週間も探し続けて、糸口さえ見つからない。

 広縁を突き当たった先にあるおじさんの部屋を訪ねる。鍵は祖父が留守の間に、こっそり書斎の引出しから取り出してきた。

「おじさん?」

「……」

 扉の外から声を掛けるが、返事はない。けど、気配はする。

 はあ。溜息を吐く。母さんがこの部屋に向かう時とそっくりで、我ながらうける。さっそく鍵を開ける。カチリと錠前を一つずつ開錠するのはなかなか面白い。とはいえこれが毎日だとうんざりするのだろうが。

「おじさん」

 重い木の扉を押し開く。

 久しく閉ざされていたのだろう、むっと臭う。

 返事はない。

 狭い部屋だ。すぐにおじさんであろう塊を見つける。部屋の隅で小さくなっている。はあ。オレはまた溜息を吐く。この部屋に入るのは何年ぶりだろう。小学校低学年か、もしくは幼稚園だったかもしれない。オレはこんなに大きくなったのに、おじさんときたらまるで変わらない。隅の暗がりで石みたいに身を固くして、濁った目だけがどろりとこちらを向いている。

「おじさん、触ってはいけない石のこと知ってる?」

 あまり長居したい場所でもなく、一方的に尋ねる。おじさんの反応はない。

「石のこと、知ってる?」

 ゆっくり、大きめな声で、もう一度訊く。だめだ。はあ。これ見よがしな溜息を吐く。それでもおじさんはびくともしない。

 おじさんだって十四の時に「石」の話を聞いたはずなのだから、まったく何も知らないなんてことはないと思うんだけど。どのみち知っていたところで、この様子では情報は得られそうもない。

「もう行くよ」

「……」

「オレが来たって、誰にも言うなよ」

 念のため言い添えるが、そんな心配も無用だろう。

 翻り部屋を出て、重い扉を閉める。

「…………あ……」

 完全に閉まり切る前に、微かに声がこぼれた気がしたが、手を止める気にもならずばたんと締め切った。鍵を掛け、錠前を一つずつ閉じていく。数が多いので面倒くさいが、しっかり閉めておかないとあとで祖父母や両親にばれてしまう。

 ほら、おじさんなら知っていたでしょう? イライラと鍵を掛けるオレに言う。あの人は石を見つけたからねえ、なんて今更。もう一度扉を開けようかと思ったが、中の様子を思い返すと億劫でそのまま最後の錠前を下ろした。

 結局なんのヒントにもならなかった。

 けど構わない。宝探しのつもりだし。一人で見つけるしかない。頭の中に屋敷の地図を広げ、まだ探していない場所を考える。一通り探したつもりだが、天井裏や床下なんかは手付かずだ。

 気を取り直して、広縁を引き返す。

 急がなきゃ。

 宝探しをしてるなんて親に知れたら間違いなく叱られる。家人が皆出払っている今がチャンスだ。留守のうちに見つけないと。

 廊下を進む足を速めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る