89、玉の緒よ絶えなば絶えねながらえば忍ぶることのよわりもぞする

 にんげんではないのかもしれない。ひとのこころがないのかも。だって人間ならもう死んでいるはずなのに、私は死なないでいる。

 げんに私はまだ生きています。あれからもう三日以上経つというのに。

 方々で語られているので、あなたもご存知ではないかと思います。『牛の首』という話です。

 示されるのは、『牛の首』というタイトルだけ。その内容を聞けば、恐ろしさに三日以内に死んでしまうといいます。

 しかし、肝心の内容は誰も知らないのです。なのに。

 たまたま知ってしまいました。仕事のストレスでだらだらと深夜にネットサーフィンをしていた時に見つけました。

 上手な語り口に乗せられ、一気に読んでしまった。

 最初は軽い気持ちだったし、なんならそれが『牛の首』の話だと気付かなかった。けれど、読み進めればそれが都市伝説などではない、「本物」なのだと直感しました。

 後の祭りです。気付いた時にはもう遅かった。

 まんまと巻き込まれてしまいました。どうしよう三日以内に死んでしまう。それは気が狂いそうな恐怖です。多少のストレスを抱えながらも、平凡な日々が続くと疑っていなかったから。

 ですが、私は三日を過ぎても生きています。

 聞いていた話と違う。あれ、もしかしてやっぱり嘘だったんだ。本気にしてしまって恥ずかしい。私は日常生活でもよく冗談を真に受けて、周りと話が噛み合わないことがあるのです。

 かえって気が大きくなった私は、親友に『牛の首』の話をしました。三日目に親友は死にました。

 せっかく虚構フィクションだと思ったのに、どういうことでしょう。いや、たまたまだ。

 れっきとした眼前の事実を、この時私は真摯に受け止めなければならなかったのです。それができないなら、私はさっさと死んでしまえばよかった。死の恐怖に耐え切れず、周りを巻き込んでしまった。

 バカなことをしたものだと今になって思います。私は、妹に話しました。妹は死にました。上司に話しました。上司は死にました。取引先の担当者に話しました。担当者は死にました。毎朝通勤電車で見掛ける知らない人に話しました。目の前で電車に轢かれて死にました。なのに、私だけが生きている。

 呪いを回避する方法があるのではないか。それを私は知らず知らず実行しているのではないか。

 いったいそれは何なのか。それさえ分かれば、もう誰も『牛の首』を怖がる必要はないのです。見当を付けて、一つひとつ試してみます。試さなければ分かりませんから。それで、おじいさんも死にました。おばあさんも死にました。先生も死にました。子供も死にました。

 が、私だけが生きています。これほど恐ろしいことがあるでしょうか。

 ウソです。ごめんなさい。ウソをつきました。私が『牛の首』の話を聞いてから、まだ三日経っていません。本当は私は自らにかかった呪いを解く方法を知っています。そのために必死でここまで文章を綴りました。けれど、どうしても解除方法をここで教えることはできないのです。でも……。

 つきあっていただいたお礼に、ヒントだけでも。話の内容は伝わらないのに、そのタイトルだけは伝わっている。それが全てです。頭だけにしておけということです。私もすぐに引き返せばよかったのです。そうすればこんなことをしなくて済んだのに。なのに、胴体を抜けて尾まで進んでしまったから。

 縷々るると語ってしまい申し訳ありません。本当はこの一編に回避方法も載せてあります。『牛の』になぞらえて、文章に織り込んでおります。最後までお読みくださり、誠にありがとうございます。このご恩は忘れません。

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