17、ちはやぶる神代も聞かず竜田川からくれなゐに水くくるとは
赤い。
水道水が、赤い。
古いアパートだから錆でも出てるのかと、大家に訴えるも「気のせい」だと一点張り。仕方ないので、あとから大家に請求するつもりで自腹で業者を呼ぶも、「異常なし」だという。厳冬に凍結せず水が出るだけで上等だと。友人を招くも、俺の訴えに首を傾げ、平然とシャワーまで使おうとした。俺はずっと銭湯通いだというのに!
同じアパートの住人にも聞き取りしてみる。ふだんは住人間の交流など一切ないのだが。ボロアパートだが、一応トイレも風呂も各室に付いているのでわざわざ顔を合わせる機会もない。一、二階それぞれ五室あるだけの小さなアパート。現在、住人は俺を含めて四人だけ。越してきた時には、もう少し多かったのだけれど。
二階に住む老婆も、隣に住むおっさんも、声を掛けたもののともに知らないという。もう一人の住人は、俺の真上に住んでいるらしいが、老婆いわく「ひきこもり」らしい。
うちのアパートは、最上部へ引いた給水タンクから各戸へ水を送っている。給水タンクか水道管に問題があるなら、少なくとも俺の部屋の手前か後かいずれかには同じ影響が出ているはずなのだが。
俺が神経質になっているのだろうか。いや、薄っすら水が色付いているような気がする程度だったものが、どんどん赤が濃くなっている気がする。
「あれ、このアパート二階建てなのに給水タンク置いてるんですね」
ふと、水道業者の何気ない言葉が思い出された。三階建て以上の建物に給水タンクが設置されることはよくあるが、二階建てだといちいち給水タンクを経由せずに配水管から直接各戸へ水道を引くのが普通らしい。
その時は何も思わなかったのに、今更気味の悪さを感じる。
給水タンクからアパート全体に送られる、赤い水。なんとなく、心臓と血液を連想してぞっとする。暖房をつけないままの室温がさらに下がった感じだ。
心臓と血液と、体。赤い血を循環しているこのアパート、何を栄養源にしているのか。
俺が入居した時にもっといたはずの住人は、いつの間にいなくなってしまったのだろう。
いくらひきこもりとはいえ、真上に住んでいて気配の一つも感じないことがあるだろうか。そう思って見上げると、途端に天井のシミさえ不気味に見える。
蛇口を捻る。
流れる水は赤い。
けれど、引越そうという気にはならない。
当然だ。いま引越すわけにはいかない。古いアパートだし、きっと今までもこういうことは何度も起こったのではないか。
色々あって少し神経質になりすぎていたのだと思う。気にせずとっとと作業を終えればよかったのだ。いらぬ気を回したせいで仕事が増えてしまった。溜息を吐きながら浴室へ入る。風呂はまだ使えない。まだしばらく銭湯通いは続く。
よせというのに風呂場を覗くから。友人の分まで二人分片付けないといけなくなったから。
風呂場の水を流す。排水溝に真っ赤な水が流れていった。
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