16、たち別れいなばの山の峰に生ふるまつとし聞かば今帰り来む
ある時を境に、従姉妹のお姉さんはあまり喋らなくなった。思春期だからね、と母や叔母達は話していたけれど。
法事なんかで親族が集まるたびに、お姉さんによく面倒を見てもらっていたから、私は幼心にとてもさびしかった。だから、お姉さんに直接聞いた。
「お姉ちゃん、どうして遊んでくれないの。お話しようよ」
お姉さんは、ぎ、ぎ、ぎ、と私を振り返り、そっと小声で教えてくれた。
「だめだよ。迂闊に喋っちゃだめ。間違ってあの言葉を言っちゃったら、来るから」
そう言ったきり、また口を閉ざした。しばらく見開いた目を畳に落としていたけれど、何か見ているわけではなくて、いま自分が喋った言葉を一言一句反芻して「間違いがないか」確認しているようだった。
「あの言葉ってなあに?」
私は無邪気にしつこく聞いた。
「言えるわけないでしょ!!」
まとわりつく私を振り払い、ふだん温厚なお姉さんが声を荒げた。それで、結局その日はそれ以上話もできないまま別れて、それきりになった。
次の集まりに、お姉さんの家族は来なかった。
お姉さんが失踪したのだと、大人がひそひそ話していた。まだ小学生の私には詳しいことは教えてもらえなかった。けれど、耳をダンボにして盗み聞いた話によると、お姉さんは本当に突然姿を消したらしい。
めずらしく家族で夕食を囲んで、言葉少なながら進路の話をしていたそうだ。久々に娘とまともな会話ができて、叔父さんも叔母さんもなるべく話が途切れないように話題を選んだ。受験が終わって春休みにはテーマパークへ行こう、そんな話をした時にはお姉さんの表情にも笑顔が見えた。しかし、突然はっと表情が変わった。口がぱくぱく動き、目を白黒させた。一見して分かるほど蒼白になり、「来る」と呟いて席を立ち、ばたばたと自分の部屋に籠もったらしい。
そう、お姉さんは外には出て行かなかった。鍵まで掛けて自室に籠城した。けれど、翌朝にはすっかり姿を消していたという。
大人達は、お姉さんが自宅を抜け出した方法や理由について、あれこれ推理している。
けれど、私には分かった。
お姉さんは、あの言葉を言っちゃったんだ。だから、来ちゃったんだ。
私は大きく息を吐く。歯を食いしばって、必死で口元が緩みそうなのを堪える。
よかった。お姉さんが先に連れて行かれたから、もう私のところにあれが来ることもないだろう。
捨てアカウントから、DMでお姉さんに「あれ」の話を教えたのは私だ。「あれ」の噂はすでに学校中に広がっているから、クラスメイトは使えなかった。かといって、赤の他人だとちゃんと身代わりになってくれたか確認できない。その点、たまに法事で会うだけのお姉さんはちょうどよかった。前回の法事でもなかなかあの言葉を言ってくれないから焦ったけれど、ちゃんと言ってくれたみたいでよかった。
だから、もう安心していいんだよ。
あの言葉をいっても大丈夫。だから、ほら、教えてあげるから、言ってみてよ。「た
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます