15、君がため春の野に出でて若菜つむわが衣手に雪は降りつつ

 一体誰が私のために。

 私は何も望んではいけないのです。手に入ってしまうから。

 けれど、それはけっして幸福な話ではありません。

 私は罪の子なのです。

 私を生んだせいで太ったのだと母は言います。

 飼っていたハムスターが死んだのは私のせいだと兄は言いました。

 クラスメイトのノートがなくなった時も、真っ先に疑われました。

 バドミントン部の同輩がレギュラーの座を逸したのは、私が練習の邪魔だったからだそうです。

「誰かさん」のせいでクラスの平均点が下がっている、「誰か」とは私のことらしい。

 先輩が新商品のコンペに落ちたのも、課長が僻地に異動になったのも、すべて私のせいだそうです。

 そんな風に、私は存在そのものが罪なのです。何か大いなる力が働いて、いつでも知らず知らずの内にそうなってしまうのです。世の中の不幸はすべて私のせいなのです。

 協力した私の名前の出ない企画が落選した時、少し胸のすく思いがしました。

 初めての恋人ができた時、じきに彼は妻子を置いてたった一人で遠くへ行きました。

 私は大会のレギュラーを獲った代わりに、友を失いました。

 兄のハムスターはかわいそうだったけれど、私は世話から解放されました。

 母の不幸と引き換えに、私は生まれてきてしまいました。

 ずっとそんな人生でした。「神の大いなる力」とか「運命」というものかもしれないし、前世のカルマかもしれません。

 私は何も望んではいけないのです。なのに、「神」は、周りを不幸にする代わりに、私に何かを与えようとします。

 私は何も望まないのに。

 私は何も知らないのに。

「神」が私にそれらを与えるのです。

 そんな風に、生まれて初めて自らの思いを他人に述べました。目の前に座る男性は、はあと溜め息を吐きます。煙草臭い。ああ、この人も、同僚や級友や家族と同じ眼で私を見るのだ。

 目の前に広げられた現場写真。私は知りません、けれど、きっと私が悪いのでしょう。そういう星の元に生まれたから。

 だから、指紋が出たなどといわれても、私にはまるで覚えはないのです。

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