14、陸奥のしのぶもぢずり誰ゆゑに乱れそめにしわれならなくに

「あれ? ばあちゃん家、模様替えした?」

「してないよ」

「そっか」

 祖母宅を訪れた際に、違和感を持ったけれど、それ以上は追求しなかった。祖母の言う通りで、自分の勘違いなのだろうと。だって、一人暮らしの祖母が自力で家具を動かしたりできるわけがないのだから。まあ気のせいだろうと気に留めなかった。

 けれど、たまにしか訪れない祖母の家だけではなかった。

 父の書斎の本棚のレイアウトが変わっている。いつもの場所にエロ本がない。百科事典の裏に隠されているはずなのに、まず百科事典が見当たらない。先週見た時には確かにここにあったはずなのに。

 改めて本棚を眺めると、レイアウトが違うだけではなく、見慣れない背表紙ばかりな気がする。

『宇宙の神秘』

『犯罪心理学概説』

『中世魔女狩りの歴史』

『道祖神と土着信仰』

『わたしの知らないわたし』

 こんな趣味だっけ? 父は時代小説をよく読んでいたはずだが、いま本棚にそれらを認めることはできなかった。

 一体いつの間に?

 気味悪さを感じたが、勝手に本棚を覗いた理由が理由だけに、父へ確認することはできなかった。

 学校へ行くと、休んだりサボった覚えもないのに、自分の席に座ろうとしたら「席が違う」とクラスメイトにとがめられた。案内された席から教室を見渡すと、自分だけでなく全員が俺の記憶の座席とは違っていた。

 その後も、移動教室のたびに部屋を間違えた。

 色んなものが自分の思っている状態ではない。けれど、決定的におかしいと断言できる自信もない。自分の内も外もちぐはぐに乱れている感じ。

 帰宅すると、夕飯に見慣れないメニューが見たことない皿にへんな盛り付けで出される。どこがどうおかしいというのではなく、いつもの母なら肉とサラダでわざわざ皿を別にしないよな、とか。いつも塩味なのに、今日は甘い卵焼きだとか。あれ、母さんエプロンなんて着けてたっけ。

 なにかへんだ。

 へんな気がする。

 いつから?

 分からない。

 釈然としない感じで、自室へ引上げる。ドアを開けると、微かに汗臭い。汗臭いのはいつものことだが、何か違う気がする。

 部屋に入る。ベッド脇にグローブとユニフォームが畳んでおいてある。あれ、帰ってきた時に部屋の入口に脱ぎ散らかしたと思ったけれど。グローブを嵌める。ちゃんと入る。けれど、なんとなくしっくりこない。

 叔父に貰ったきりクローゼットの奥にしまっていたはずのギターが窓際に置かれている。新しい弦がピンと張られている。机の上にはついさっきまで使っていたみたいに楽譜が広げられている。

 シャーペンやボールペンは、ちゃんとペン立てに収まっている。小さな本棚には教科書と文庫本、音楽雑誌のバックナンバーが整然と並んでいる。カーテンの長さはしっかり窓枠に合っているし、少しずれていたはずの壁掛時計は正しい時を刻んでいる。

 なのに、違和感が消えない。

 何かが違う。

 けれど、何が違うのか分からない。

 きょろきょろ部屋を見回し、机の隅に置いた鏡に目が留まる。それで俺は理解した。違和感の原因を。

 思っているよりも眼の位置は高く、薄い唇に続く鼻梁は長い。鏡に写った自分の顔は、自分が思っている顔とは違う自分だった。

 これが自分なのだと納得した途端、僕の中にあった違和感はもうすっかり消えてしまった。

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