11、わたの原八十島かけて漕ぎ出でぬと人には告げよ海人の釣舟

 遠くに見える舟に向かって、「おーいおーい」と手を振った。向こうでもこちらに気付いたようで、手を振り返している。小さな子供が乗っているようだ。

 長らく悪天候が続き、島ではひどい不作が続いている。久々の好天気に海岸へ出たら、沖に漂流する舟を見つけた。やはり神様は見ていてくださるのだ。

 この島は地図にも載らない秘境のため、外の人間が辿り着くのは数年に一度くらいだ。外の世界と交流がない分、伝統的な文化や信仰は何者にも冒されることなく永らく守られている。

 ここの者は皆、島の神様を信じている。つらい時も、慶びに与った時も、神様に祈りを捧げる。

 おーいおーい。

 長い漂流で腹を空かせているのかもしれない、舟は真っ直ぐにこちらに向かってやってくる。健康そうな子供が乗っている。これなら神様もお喜びになるだろう。我々にもいくらかのお目溢しがあるかもしれない。

 おーいおーい。

 子供が懸命に手を振る。この島に着いたって、食うものなど何もないのだ。

 この不作を終わらせるためには、神様に祈りを捧げなければならない。子供は供物になる。けれど、この島にはもう子供がいないのだ。

 おーいおーい。

 俺も精一杯手を振る。こっちだ、こっちだ。とても元気そうな子供だ。あれならば、今度こそ神様も満足されるにちがいない。

 おーいおーい……。

 ――え?

 こちらに向かって手を振る子供の顔が見え、俺の子によく似ていると思った瞬間、ふっと舟が消えた。

 岩壁から、青く凪いだ海をただ呆然と見つめた。

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