10、これやこの行くも帰るも別れては知るも知らぬも逢坂の関

 小学生の頃、魔法の壺を持っていた。夏休みに田舎の祖父宅に遊びに行った際、虫籠がない代わりに、使っていない陶器の器をくれたのだ。底の浅い椀状で口の部分で少し窄まっており、蓋ができた。

 幼い僕はそれを「魔法の壺」と呼んでいた。

 虫を捕まえてその壺に入れておくと、翌日には中身が変わっているからだ。

 蟋蟀こおろぎ二匹と蟷螂かまきり一匹を入れたはずなのに、翌日には蟷螂だけになっている。

 小さな虫を四匹入れたら、翌日には一回り大きな虫に変わっている。

 蜘蛛は一匹しか入れなかったはずなのに、次の日他の虫と替わって小蜘蛛が数匹増えていたこともある。

 これは魔法の壺だ。入れるものの組合せ次第で、妖精なんかもできるかもしれない!

 好奇心旺盛な少年は、たくさんの虫を捕ってきては魔法の壺に入れて、蓋をした。一緒に客間で泊まっていた母が嫌がるので、毎夕縁側の下に壺を隠し置いた。

 一週間ほど滞在して明日はもう帰るという日、僕は捕まえられるだけの虫を捕まえて壺に入れた。虫以外のものもいくつか入れて、けっして蓋が開かないように念入りに紐でしばった。僕はわくわくしていた。一晩中、縁の下からはざわざわと不思議な音がしていた。

 そうしてどんなすごいものができたのか、結局僕は知らないままだ。

 夜更かししたせいで、朝寝坊した僕は引き摺られるようにして都会の家へ帰っていった。当然壺は回収できず、電話で祖父に相談したりもしなかった。祖父が迂闊に開けて、出てきたドラゴンにでも喰われたら一大事だと思ったのだ。なんとか近いうちに自分で回収しに行こうと思っていた。けれど、残りの夏休みを友達と過ごして、新学期が始まって、じきに「魔法の壺」のことはすっかり忘れてしまった。

 なのにこんな昔話を思い出したのは、家財整理のため十数年ぶりに訪れた祖父宅で、見慣れない形の虫を見たからだ。小学生の頃ずいぶん昆虫図鑑を読み込んだけれど覚えがない。ぶくぶくと大きな胴に気味悪いほど無数の足が生えていた。物陰に姿を認めるや、かさかさと隠れてしまった。

 新種の発見だ! なんて、小学生の時なら追いかけたかもしれない。けれど、僕は縁側に座ったままぼんやりとそれを見送った。

 当時の僕は「コドク」を知らなかったのだ。縁の下に隠したままの壺がどうなっているのか、もう確認しようとも思わない。

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