9、花の色はうつりにけりないたづらにわが身世にふるながめせしまに

 きれいな花を手に入れました。

 とてもとても美しい花。

 花弁の一枚さえ失うことが惜しくて、隙間風も入らぬよう部屋の中に大事に飾ります。ずっと見ていたいから、私も外出さえせず隣に座ってじっとその美しさを見つめます。

 部屋中が甘い芳香で充ちる。

 まるで夢を見ているみたいに、どれだけ眺めていても飽きない、むしろ一層心魅かれる。もしも他の誰かがこの花を見つけたら、何としてでも手に入れようとするだろう。どのような犠牲払ってでも。

 だから、窓はすべて分厚いカーテンで閉め切りました。

 それでも不安でたまりません。ああ、ほんの一瞬目を離した隙にこの美しいものを失いでもしたら! 私は世界の儚さを呪います。そうして外界から閉ざされたこの完璧な部屋の中、ただ可憐な花を見つめて過ごします。

 そうして一体どれくらいの時間が経ったのだろうか。外の情報が一切ないこの場所では、時間の感覚がありません。ずいぶん長い時間が経った気がします。けれど、目の前の花はいっこう枯れる気配もありません。むしろ、ますます瑞々しく美しく成長している気がする。

 代わりに私自身は老いた気がします。いつの間にか指にも水分がなくしわしわに枯れています。最近ではあまり頭も回らなくなった気がする。とても眠い。

 まどろみの中、夢を見ました。一面のお花畑。見渡す限りにあの美しい花が咲いています。その土壌には私が眠っています。私の むくろを養分にして花たちは夢のように咲き誇る。私は満足でした。


 その老人が発見されたのは、死後ずいぶん経ってからだった。傍らの小さな花瓶には、ただどろどろに腐った水が入っているだけだった。

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