8、わが庵は都のたつみしかぞすむ世をうぢ山と人はいふなり
逃げるように街をあとにした。もう誰にも会わないように、人里離れた場所に住居を決めた。
なのに、来る。
コンコン、コンコン。扉が叩かれる。
私はドアも窓もカーテンも鍵も全部閉め切って布団に
コンコン、コンコン。ノックは止まない。
コンコン、コンコン。
もう何度目の引越しだろう。
この数年で十回は転居している。
コンコン、コンコン。もうその始まりも忘れてしまった。
ある夜、一人暮らしのアパートの玄関扉が深夜にノックされた。酔っ払いか何かが部屋を間違っているのだろうと、無視を決め込み、いつの間にか眠っていた。けれど、深夜のノックはその日だけではなかった。以降、毎晩扉は叩かれた。明らかに故意だ。性質の悪いストーカーかもしれない。
友人に泊まりに来てもらったこともあるが、必ずその友人が眠った時を見計らってノックされる。友人を起こすと音は止み、当然友人は「何も聞こえなかった」と言う。警察にも相談した。夜間に見回りしてくれるようになったが、それにも関わらずコンコンと扉が叩かれる。それですぐに110番するも、ちょうどその時私の家の前を巡廻していたのだが何も見なかったという。
誰にも助けてもらうことができない。
だから私は逃げた。
なのに、逃げても逃げても扉は叩かれる。コンコン、コンコン。親しい誰かが情報を漏らしているのかもしれないと、誰にも告げず極秘裏に引越しても同じだった。
ある時、限界を迎えた私はヒステリックに叫んだ。
「もうやめて! いったい誰なの?!」
「……牛山です……」
ぼそりとドアの向こうから聞こえた。
その名前には覚えがあった。高校の同級生だ。体は大きいけれど内気で暗くていつも教室の隅でノートに何やら落書きしていた男子だ。だけど、クラスメイトというだけで特に接点はなかったはず。当然、知り合いだからといってドアを開けるはずもない。
翌日、高校時代の級友に連絡を取り、牛山が現在何をしているのか探りを入れる。なのに、「牛山なんて知らない」という。数名に聞いたけれど、皆同じ反応だった。度重なる引越しで自分の卒業アルバムは紛失してしまったため、級友から借りて、一頁ずつ隈なく確認した。けれど、「牛山」という名前も、記憶の中のあの男子も、アルバムのどこにもいなかった。一層恐怖が増しただけだ。
コンコン、コンコン。
コンコン、コンコン。
逃げても逃げても追ってくる。
こんな人のいない場所まで逃げてきたことを後悔した。無茶をして押し入られても誰も助けに来てはくれない。そんな不安を知ってか知らずか、ただただ扉が叩かれる。
コンコン、コンコン。
コンコン、コンコン。
コンコン、コンコン。
なぜ私がこんな目に遭うのか。何度も考えたけれど、心当たりは一つもない。怪現象に理由などないのかもしれない。
コンコン、コンコン。
コンコン、コンコン。
コンコン、コンコン。
コンコン、コンコン。
コンコン、コンコン。
コンコン、コンコン。
コンコン、コンコン。
薄暗いこの場所はなかなか夜が明けない。
いっそ扉を明けてしまえば、この恐怖から解放されるのではないか。そんな考えが過ぎる。
窓の外はカーテンをしているとはいえ、暗すぎやしないか。まるで大きな体躯が窓にへばりついているみたいに。
ノックの音は徐々に早く強くなっているようだ。
コン! コンコン!!
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