きくせ

灯村秋夜(とうむら・しゅうや)

 

 俺の運命ってさ、決まってるらしいんだよ。……あれ、案外笑うやついないな。いいんだぜ、笑っても。運命が決まってるって言われてもチンプンカンプンってか、人生百年時代に何言ってんだって話だろ? 途中でいくらでも変えようがあるはずだし、人生の転機だって何度あるか分からないしな。アメリカだと、たしかキャリアアップできないやつは無能扱いなんだろ? 人生って、そうやって転がっていくはずなんだ。


 俺の地元、■■■って場所――知ってるやついるか? 意味分かんねぇくらい災害が立て続けに起きて、いまだに復興できてないんだ。そう、未曽有の大災害なれども死者は九名のみ、って見出し……実は俺さ、あの大災害が起きるの分かってたんだ。ちょっと前に起きた出来事のこと、じいちゃんに相談したらさ、「ああ、来たか」って言ってたよ。その来たもの……こと? どっちだろうな、それがこの話の題名ってことにする。「きくせ」って言うんだけどな。

 ■■■って、単なる田舎町だったんだ。特産があるでもないし、観光名所にも恵まれてない。マイナーな武将の墓があったから、そこだけはギリ名所なのかな。まあでも、子供のころはそんなことどうだっていいし、街を歩き回って探検するのが好きだった。中学生になっても、しばらくはそうやってたな。開発がだんだん進んで、あちこちが様変わりするのも、それはそれで楽しかったよ。


 でも、ある日に不思議なことが起きた。学校の体育館から、森のざわめきみたいな音が聞こえたんだ。いや違うよ、そんなざわざわ鳴るような木なんて、あたりにはぜんぜんなかった。ツツジとかツゲの植え込みばっかりだったな。ちょっと近い家にはナナカマドとかキンモクセイもあったけど、あれも風で鳴るような木じゃない。しなりが足りないんだよな。キンモクセイってめっちゃ固いだろ? 低木だしまとまってるし、鳴らないんだ。

 コンビニの駐車場から小川みたいなちょろちょろ流れる音が聞こえたり、スーパーの鮮魚コーナーでセミの鳴き声がじぃじぃうるさかったり……その日を境に、あるはずない音が聞こえ始めた。まあでも、当時ですでに中学生だしさ。幼稚園児ならともかくだけど、親に「あれってなんなのー、ねー教えてー」とか聞くとかさ、んなガキみてぇなことしねぇじゃん。さぁ。

 家で変な音が聞こえ続けてるときは、さすがに辟易したっつうか……やっぱりさ、おかしいと思うじゃん。風呂から、本格的な厨房で料理してるみたいな音が聞こえるんだぜ。家がどっかの飯屋みたいになって、会話もちょっとずつ聞こえてきて……。何なんだこれ、俺ってやっぱおかしいのかなってさ。真横で「お待たせしましたー」って聞こえてせんべい落としたときに、じいちゃんがこっちを見てた。

 背筋もちゃんと伸びてて、要介護とかでもなくてさ。社交ダンスとかも同好会みたいにやってて、あれがセカンドライフってやつなのかなぁって今は思う。で、そのじいちゃんが「どうした、聞こえるのか」って言ったんだ。そっからもう我慢しきれなくて、これこれこういうことがあった、ここでこうでこんなのもあった、ってずらずら並べて言った。


 じいちゃんは、「“きくせ”だなあ」ってな……ものすげぇ感慨深そうに言った。そういうのを受信できる巫女みたいな人がちょっとだけいて、男女関係なく、そういうのが聞こえるんだって話だった。いくつかルールがあるのと、「きくせ」の正体も教えてくれた。最初に言ったのは、そういうことなんだ。

 ずばり言うと、「きくせ」は土地が死ぬ前兆で、走馬灯の音バージョンみたいなもの、らしいんだよ。■■■に起きた災害は、あの土地が死んだから起きたことなんだろうな。スピリチュアルなことは分からねぇんだけど、土地の神様がいない空白期間は、マジでどうにもならないことが起きるらしくて……さ、そういう土地ってあるよな? こんなことってないだろってくらい、メッタメタにひどいことになった土地。きっとそこにも、「きくせ」はあったんだろうな。

 ん? じいちゃんは死んだよ。……なんでも、あれを聞ける人は、一生で二回あれを聞くって話だった。一回目は子供のとき、二回目は死の直前。事前に分かってたはずなのに、じいちゃんは避難しようとしなかった。


 大雨で川がヤバくて、山肌が地滑りも起こして、あげく駐車場の地下貯水池が地震でぼこって開いて……土を含んでねばついた激流が、えぐい勢いで流れていった、って聞いた。植え込みが根こそぎすっ飛ぶくらいの激流で、家の中にいるとか関係なく、避難してなかった人は穴に吸い込まれて……。ヘリで撮影した写真も見たけど、ばけものが口開けてるみたいだったよ。救助隊が泥かき分けて探してくれたけど、遺体は手足が脱落するくらいひどい状態だったらしくて、葬式もまともにできなかった。銀歯六本も入れてなかったら、ぜったい行方不明のままだっただろうな。

 で。話聞いて、思ったよな? じゃあお前も死ぬじゃんって。俺がしたかった話ってのがまさにそれで、じいちゃんも言ってたんだ。「聞いたら、返さにゃならんようになる」。俺はたぶん、何かを受け取ったんだと思う。聞いた人は、死ぬ土地に何かを返す。だからそこで死ぬことを選ぶんだ。じいちゃんを含めて、■■■にいた九人はそうした。だから、俺もまた「きくせ」を聞いたら、そこで死ななきゃならないんだ。


 そういう、俺の運命はすでに決まってるよって話。

 ……来るといいよなあ、死ぬのが怖くなくなるとき。

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