友人。
○田谷……太っちょ。陽気で能天気な男の子。
○保野……痩せっぽっち。ガリ勉な男の子。
○美波……ぽっちゃり。ませた女の子。
○穂波……可愛くて内気。皆のマドンナ。
小学校
授業中。
『今までの思い出』と書かれた黒板。
生徒達の机には、原稿用紙に書かれた作文が置かれている。
担任
「それでは皆さん、順番に発表しましょう。」
一番前の席の美波、起立して作文を読み始める。
美波
「来年の目標。
私は、ある友達に「ぶーちゃん」と呼ばれています。
折角付けてくれた名前でしたが、本当はずっと嫌でした。
だけど、その子と友達で居たかったので我慢しました。
彼女に悪い気持ちは無いからです。」
女子達、穂波を見る。
穂波、驚いた様子で聞いている。
止めに入るか迷う担任。
美波
「賞を獲った絵にも変な事を言われてしまいました。
本当はとても傷付きましたが、彼女は悪口を言った訳ではないので我慢しました。
自分が本当の事を言って、友達が嫌な思いをするのは耐えられなかったからです。
だけど、それではいけないのだと思います。彼女の為になりません。
これからは、しっかり嫌だと言える人になっていきたいです。」
美波、穂波の方をチラッと見る。
女子達、疑心が確信に変わり騒めき始める。
「何て言ったの?」「人の絵にケチ付けるなんて。」等の囁き声が聞こえる。
美波、肩を震わせ俯く。
美波と皆の間に入る担任。
担任の胸を借りる美波。
皆に見えない様に口角を少し上げる。
田谷、美波の様子を観察している。
女①、美波の様子を見て立つ。
女①
「先生! 私ちゃんと言いましたよね?」
担任
「あの後お話を聞きました。その時の内容とは違うように思います。」
美波
「……あの時は、本当の事を言う勇気が無かったんです。ごめんなさい。」
美波、泣きだす。
女①も連られて泣きだす。
美波
「でも、穂波ちゃんに悪い気持ちは無かったので、許そうと思ってます。」
穂波、冷たい視線を一身に受ける。
穂波
「……絵は褒め言葉のつもりで言いました。本当にごめんなさい。」
穂波、美波に深々と頭を下げる。
女①、涙を拭いて穂波を睨む。
女①
「絵だけ?」
美波
「良いよぉ、謝ってくれたんだし。」
女①
「良くないよ!」
担任、美波と女①を囲う形で立つ。
担任
「本当の事を言いにくい先生でごめんなさい。もう一度話をしましょう。」
担任、穂波の方に目配せをし、教壇に戻る。
黒板の文字を消して『自習』と書き直す。
保野、立ち上がる。
勢いを間違えて椅子を派手に転がす。
椅子の音だけが響く。
保野
「ふ、二人だけの秘密じゃなかったのかよぉっ!」
担任
「どうしましたか?」
保野
「ぼ、僕、図書室で聞いちゃったんです。」
保野に注目する一同。
保野、美波の方へ向く。
美波、保野に鋭い視線を向ける。
保野
「ぶーちゃんって呼んでね、二人だけの秘密の呼び名だからって。」
美波、目に涙を溜める。
穂波、保野を見る。
美波
「私、そんな事言ってない! 言うわけないじゃん!」
美波、涙をポロポロ流す。
女子達、「盗み聞き?」「仕掛けたんじゃない?」「サイテー。」等と囁く。
保野
「ぼ、僕っ、二人が羨ましかったんだ!」
美波
「そんなの知らない! 穂波ちゃん酷いよ……。」
穂波、黙り込んで俯く。
机に水滴が溜まる。
滲んで字が浮き出てきた穂波の原稿用紙。
男子達、ずっと沈黙している。
田谷、立ち上がる。
田谷
「保野は嘘吐いてないよ。」
女①
「はぁ? 二人で盗み聞きしてたって事!?」
田谷
「違うよ。聞こえちゃったって言ってたじゃん。
保野は二人の秘密を守ろうって、必死に隠してたんだよ!」
保野
「……。」
穂波
「……。」
担任
「先生がきちんとすべきでした。
皆さんを嫌な気持ちにさせてしまい、本当に申し訳ないです。
これからは、あだ名も呼び捨ても禁止にしましょう。」
美波、涙を拭いて前を向く。
美波
「どうしてこんな事になっちゃったのか分からないけど……。
私は穂波ちゃんを許します。」
女子達、美波に拍手を送る。
男子達、田谷と保野を見ている。
保野、泣きだす。
保野
「あれは嘘だったのかよ……。」
担任、保野の近くに寄って田谷と目を合わせる。
担任
「五人は先生の所へ来てください。多目的室で話し合いましょう。」
田谷、真剣な眼差しで担任を見る。
田谷
「それじゃダメだよ、先生。」
保野、田谷を見る。
保野の鼻水が原稿用紙に垂れて広がる。
田谷
「皆で決着させようぜ! 春休み過ぎたらクラス変わっちゃうしさ。」
男①
「確かに。呼び捨て禁止はつれーし。」
男子達、沈黙を破る。
女子達、ヒソヒソと話す。
男②、手を上げて立つ。
男②
「先生! 俺、保野君が嘘吐くとは思えません。」
男③
「俺もそう思う! 」
男①
「保野君が意見を言うなんて、初めて見ました。」
保野、恥ずかしそうに下を向く。
鼻水が垂れて伸びる。
男①
「やっぱ何かおかしいもんなぁ。」
女①
「いやいや、男子。穂波ちゃんの肩持たないでよ。」
男②
「俺は保野の肩を持ってる。」
女①
「美波ちゃんは我慢してきたんだよ。私見てたもん。」
男③
「じゃあ何で言ってあげなかったのさ?」
女①
「……。」
美波
「私が言わないでって言ったの。二人が喧嘩しちゃったら嫌だから。」
美波、また泣きだす。
女子達、美波に駆け寄って慰める。
穂波は蚊帳の外。
保野、周りの様子を見て我に返る。
顔を整え、机を整え、息を整えて美波の側まで行く。
保野
「ぶーちゃん、嫌いになってたなんて知らなくて……。
つい、大声を出してしまいました。ご、ごめんなさいっ!」
保野、美波と女①に頭を下げる。
男子達、保野に注目する。
「これ嘘なのか?」「えー?」等と騒めく。
保野
「でも、僕、感動したんだよ。嫌になったからって無かった事にしちゃうの?」
美波
「……。」
田谷
「そもそも友情なんてあったのかよ?」
保野、焦って田谷を見る。
美波
「田谷、酷いよ……。」
号泣する美波。
女①
「美波ちゃんに恨みでもあるわけ?」
田谷
「別に。」
女①
「穂波ちゃんの味方したいからって、言い掛かり止めなよ。」
田谷
「俺は保野の味方だよ。」
美波
「私、田谷に何か悪い事した……?」
田谷
「嘘は必ずバレるよ。」
美波
「嘘なんか吐いてない。」
田谷
「そんな悪役っぽい事、わざわざしない方が絶対良いと思う。」
美波
「悪役? 何でよ。」
田谷
「ほくそ笑んでるんだろ?」
美波
「はぁ?」
田谷
「被害者ヅラってそんなに気持ち良いの?」
美波
「そんな顔してない。」
美波、田谷を鋭く見る。
保野、また涙目になり鼻水が垂れる。
女子達も保野に注目し始める。
美波、目に力を入れる。
田谷、美波と保野を見比べる。
田谷
「そんな風にしか見えないなぁ。」
美波
「……そんなに私が嫌いなの?」
美波、田谷に上目遣いで訴える。
男子達、そんな美波に違和感を覚える。
田谷
「もし、本当に友達なら嫌になった事を伝えるべきだろ。」
美波
「穂波ちゃんの嘘は付き合って、私を嘘つき呼ばわりするなんて!」
保野
「……。」
美波、一筋の涙を流す。
田谷
「俺は保野の味方だから。」
美波
「保野くん関係ないじゃん。何なの? さっきから。」
保野、腕で顔を拭く。
ぐちゃぐちゃになった袖口。
保野
「僕はぁ! ガリガリ君って呼ばれても平気だぁ!」
美波
「だから何?」
保野
「ぶーちゃんって呼んでねって言ったのは、どうして?」
美波
「言ってないから。」
穂波
「……なさい。」
一同、穂波を見る。
穂波、力なく立ち上がる。
肩を震わせながら、か細い声を出す。
穂波
「全部、私のせいです。ごめんなさい。」
美波
「大丈夫、許すよ。」
保野
「……本当にそれで良いの?」
美波
「はぁ?」
田谷
「そうだよ! 逃げるなよ!」
美波
「意味分かんないんですけど!」
美波、女①をチラッと見る。
女①、穂波に注目している。
穂波
「私、美波ちゃんと仲良くなりたかっただけなの。」
びしゃびしゃに濡れている穂波の机。
穂波の嗚咽が漏れる。
一同、沈黙。
穂波
「……傷付けてしまって、本当にごめんなさい。」
穂波、立っていられなくなる。
ゆっくりと泣き崩れる。
美波、そんな穂波を見下ろす。
涙は乾いている。
大きな溜め息を吐く美波。
美波
「そーゆー所だよ。」
穂波
「……。」
美波
「そーゆー所。何でもぶりっ子すれば、許されると思ってる所。」
穂波、泣きじゃくる。
美波
「誰かが助けてくれると思ってる所! そーゆーの大嫌い!」
女①、俯く。
女子達、騒めき立つ。
男子達、美波に冷たい目線を送る。
美波、田谷を睨む。
美波
「人を悪者にする。こーゆーのが被害者ヅラって言うんだよ!」
田谷、美波と睨み合う。
保野、心配そうに見つめる。
俯いたままの穂波。
田谷
「周りや親とかに、先生を悪く言ったら許さないからな。」
穂波
「ごめんね……。」
女子達、「え? 先生も穂波ちゃん側?」等と騒めく。
男子達、渋い顔をする。
保野
「おっ俺、ガリガリ君。」
田谷
「俺はデブちん。」
唖然とする一同。
保野
「……呼んでくれたら嬉しいです。」
男①
「二人で決めたあだ名なんだって。」
男子達、笑う。
保野
「きっかけをくれたのは、その二人です。」
田谷
「許してくれたのは先生。」
騒めくクラス。
美波、黙ったまま。
そんな美波にコソコソ言い合う女子達。
保野
「……正直に言ってて凄いと思う。」
田谷
「え?」
保野、美波の方を向く。
保野
「君に勇気を貰いました。コソコソするのは嫌だなって。」
女子達、静まる。
女①、穂波に近付く。
女①
「穂波ちゃん、今までごめんね。」
女①、穂波を支えて起こす。
穂波、大声で泣きだす。
女①も泣きだす。
女子達、穂波を囲い口々に謝る。
保野も泣きだす。
田谷
「なんでお前が泣いてんの?」
保野
「……分かんない、分かんないけどぉ。」
大泣きする保野。
男子達、そんな保野を笑いながら慰める。
騒ぎに気付き、学年主任が入ってくる。
主任
「どうしましたか?」
担任、頭を下げる。
田谷、気付いて近寄ってくる。
田谷
「最後に正直な気持ちを話したら、皆が感動しちゃって。」
主任
「……?」
田谷、保野を指差す。
大泣きしながら大笑いしている保野。
皆に肩を抱かれている。
美波だけは棒立ち。
主任
「水を差したら悪いですね。」
頭を下げる担任。
学年主任、去る。
田谷、担任の背中を叩く。
田谷
「俺、先生が先生で良かった!」
担任
「私もですよ。デブちん君。」
田谷、にっこり笑って保野の方に行く。
担任、田谷の背中を目で追う。
落ち着いてきた一同、いつもの様に帰り支度をし始める。
田谷に近寄る穂波。
穂波
「……ちょっとだけ、門の所で待っててくれる?」
田谷
「良いけど……?」
穂波
「ありがと。」
保野、そんな二人の様子を見て足早に遠のく。
放課後
美波だけが残り、座っている。
穂波、入ってくる。
美波
「何か用?」
穂波
「……もう一回、ちゃんと友達にならない?」
美波
「無理。」
穂波
「そっか。」
美波
「……。」
穂波
「また誘うから。」
穂波、駆け足で去る。
美波、穂波をぼんやり眺める。
校門の前
穂波、緊張の面持ちで待っている。
男子達、穂波を見つける。
男①
「何してんのかな?」
男②
「彼氏待ってたりしてー。」
男③
「マジかよ、ショックー。」
男②
「……こっそり見てよう。」
ニヤつく男子達。
保野、大声で走り寄る。
保野
「おぉい! みんなぁー。」
男子達、慌てて保野を引き連れる。
穂波、男子達の様子に気付いて校舎に戻る。
男①
「おいぃ、いートコだったのにぃ!」
保野、すっとぼけた顔をする。
男子達、大きな溜め息を吐く。
男②
「もう良いや、行こ。」
男③
「えー。」
保野
「お、俺、ゲームしてみたい……。」
男①
「え? やった事無いの!?」
保野
「……うん。」
男③
「じゃあ、俺ん家でやる?」
保野
「うん!」
保野の嬉しそうな笑顔に観念する男子達。
保野、校舎をチラッと見る。
穂波、男子達が居なくなった事を確認してから門前に戻る。
田谷、やって来る。
田谷
「なぁ、アイツら知らねー?」
穂波
「え?」
田谷
「めっちゃ探してるんだけどなぁ……。」
穂波
「……忘れちゃった?」
田谷
「あー、何?」
穂波
「……私ね、」
田谷
「うん。」
穂波
「田谷君の事が好きっ!」
田谷、口をあんぐり開ける。
田谷
「ほ、保野じゃなくて?」
穂波
「うん。」
田谷
「……どうして?」
穂波
「格好良いから。」
田谷
「それは保野だろ?」
穂波、膨れる。
穂波
「正直、保野君には嫉妬する。」
田谷
「……。」
穂波
「もう高学年だしさ、私達、ペアーにならない?」
田谷
「ペアー?」
穂波
「……!」
穂波、慌てふためく。
田谷、そんな穂波を見て笑う。
穂波
「……。」
田谷
「分かった。」
穂波
「良いの?」
田谷
「男子ペアーは保野だけど。」
穂波
「そうじゃなくて!」
穂波、膨れる。
田谷、悪戯っぽく笑う。
穂波
「……。」
穂波、駆け出す。
田谷、穂波を見ている。
穂波、振り返って笑う。
笑い合いながら分かれる二人。
通学路
公園の近く。
保野と男子達が歩いている。
保野、お腹を押さえる。
保野
「うんこ!」
男①
「え。」
保野
「……無理かも。」
男①
「え!?」
保野
「……先、行ってて。」
男③
「ガリガリ君、大丈夫か?」
保野
「公園寄ってから行く。」
男②
「分かった。 グットラック!」
男②、グットポーズをする。
保野、苦しみながらポーズを返す。
男子達、戦友を送る様に去る。
保野、男子達を見届けてからベンチに座る。
暫くして、田谷がやって来る。
ややぎこちない歩み。
保野
「デブちん。」
田谷
「お前、どこ行ってたんだよ!」
保野
「……。」
田谷
「……知ってたの?」
保野
「いや。でも何となく。」
田谷、驚く。
田谷
「ガリガリ君、やっぱスゲー。」
保野
「んで?」
田谷
「んで、とは?」
保野
「……。」
田谷
「いやぁ、あいつ見る目ないよぉー。」
保野
「……。」
田谷
「……高学年だし、ペアーになった。」
保野
「おぉ!」
保野、嬉しそうに拍手する。
何処か不満そうな田谷。
保野、不思議そうに見る。
田谷
「……格好良かったのは保野の方だと思う。」
保野
「ガリガリ君。」
田谷
「だってさ!」
保野
「俺はいつものデブちんに惚れたんだと思うぞ。」
田谷
「……。」
保野
「ペアーなんだろ?」
田谷
「男子ペアーはお前だもん。」
保野、嬉しそうに笑う。
田谷、膨れて俯く。
柔らかな風が二人を包む。
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