第4話 迷子少女

 ツバの広いとんがり帽子。とんがりの先っぽは少しへたっている。

 襟の大きなマント。裾は地面で擦れてボロボロ。

 帽子もマントも外が黒で内側が真っ赤。

 それを着ているのは茶色の芝犬。

 口にはちょっと欠けた星飾りがついた魔法のステッキを咥えているぞ。


 芝犬魔女ウィッチのメメさん。

 メメさんの仕事は困っている人を助けること。

 今日も困っている人がいないか散歩パトロールしているぞ。


 ピューーーードオォォン!!

 夜空に光の大輪が咲きます。

 とても綺麗ですが、メメさんはちょっと迷惑そうな顔。

 どうやら大きな音が嫌なようです。


 メメさんは音に背を向け、遠ざかるように歩き出します。

 しかしいつの間にか人、人、人。人の大洪水です。

 人々は花火を見ることに夢中。足元のメメさんに気づきません。

 人の足の隙間を無理やり通り抜けながらメメさんは歩みを進めます。


 ムギュッ、ムギュッ。人の足の隙間を通るたび、顔が押しつぶされ、そんな効果音が聞こえそうです。

 ようやく人並みを通り抜け路地の片隅までやってきました。

 自慢のとんがり帽子とマントもズレてしまっています。


 あの人混みを通ってよく脱げなかったなって思いますよね。

 そんなあなたは見落としています。

 そうです。メメさんは芝犬魔女ウィッチなのです。

 芝犬魔女ウィッチからとんがり帽子とマントを取ったら何が残りますか?

 芝犬だけが残ります。それだけで十分可愛いのですが、メメさんは芝犬魔女ウィッチの誇りを持っているのです。

 魔女ウィッチ要素を守るため、必死になった結果です。


 流石ですね。メメさん。


 それはそうと泣いている少女がいます。

 人混みで両親とはぐれたのかな?

 そんな迷子の少女を放っておくメメさんではありません。


 トテトテ。少女に近づきます。

「ワン」

 言わずもがな。ステッキは地面に落ちます。

 そんなメメさんの声にも気づかず少女は泣き続けています。

 よほど不安なのでしょうね。


 気付いてもらえなくてメメさんも困ってしまいました。

 迷子の少女の周りをクルクル回ります。

 不安で一杯の少女もモフモフが目も前を何回も横切ると流石に気付きます。


「ワンちゃん……グスッ」

 気付いて貰えてメメさんも大喜び。尾っぽをふりふり。

 そんなメメさんの可愛らしさも、両親のいない不安には勝てません。

 少女はあいも変わらず泣いています。


 狼の遠吠えは二km先にも聞こえると言われています。本当かどうかは分かりません。

 犬の祖先は狼だと言われています。本当かどうかは分かりません。

 メメさんが今この子のために出来るのは、声を上げることだけです。


「ワン!!ワン!!ワン!!」

 少女の両親に届くように懸命に声を上げます。

 いきなり吠え出したメメさんに少女はびっくりしてしまいました。

 あらら、これはメメさん大失敗。


 メメさんと迷子の少女……

 微妙な緊張感が生まれます。

 その時です。


「ゆりかー!! ゆりかー!!」

 迷子を探しているかのような。呼び声が聞こえます。

「ママー!!」

 少女の母親の声だったようです。

 母親が人混みをかき分けこちらに向かってきます。

 少女も母親に駆け寄ります。


「よかった!! ごめんね!! 手を離して」

 母親が少女を抱きしめます。


 今夜は魔法のステッキの出番はありません。

 だって少女の願いはもう叶ったのですもの。


 ツバの広いとんがり帽子。襟の大きなマント。口にはちょっと欠けた星飾りの魔法のステッキ。

 芝犬魔女ウィッチのメメさんは今日も少女の涙を拭った?ぞ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る