第14話 部屋のアリカ
部屋に帰ったライリーは、テーブルの上に手紙が置かれていることに気がついた。見たことのある封筒――両親からだ。
ライリーは執事長への怒りを抑えて丁寧に開け、中身をざっと確認する。
手紙は三枚で構成されていた。母親と、父親と――それからあの貴族のものだ。しかも、貴族のものだけご丁寧に袋とじになっており、簡単には中身が見れないようになっている。それを見たライリーは怒りが爆発し、「なんなんだぁーっ!!」と言いながら袋とじをビリッと破いた。
破いたはいいものの、このままでは怒りでぐしゃぐしゃにしてしまいそうだったので、まずは母のものから順々に見ていくことにした。
手紙の内容を、気持ちを落ち着けながら読んでいく。
『ライリーへ。元気に過ごせていますか?少し、重荷を背負わせ過ぎているかもしれませんね。ですが、それはあなたがたくさんの人に認められている証明でもあるのですよ。大変な生活が続くのは間違いありませんが、自信を持って、頑張ってくださいね』
母からの激励の言葉に思わずほろりと涙がこぼれる。やはり、最後に頼れるのは母だ。母に違いない。あの執事長なんかよりも圧倒的に頼れる。
さて、次に父の手紙を見てようかな。と思いながら二枚目の手紙を優しく開き、内容を読んでいく。
『ライリーへ。父さんのワガママに付き合わせてしまって申し訳ない。本当は父さんが代わってやりたいくらいなんけどな。今はこんな手紙しか出せない。お前は凄いことをやってるよ。仕事を全うした後のご馳走は美味いぞ〜?父さんはその時が今から楽しみです』
なんだか父らしい手紙に、思わずクスリと笑ってしまう。ああ、家族っていいものだな、と思いながら最後の呪物へと手を伸ばす。少し読むのを躊躇ったが、意を決して文を読む。
『ライリー・ブレイバーへ。仕事は順調か?仕事というのはお友達ごっこのことではない。私が出した依頼のことである。以前にも忠告したが、貴様は王女に深く関わるな。談笑などに花を咲かす暇があれば、王女の情報を集めるのだ。貴様は私の仕事さえ全うできればそれで良いのだ。気高きあの王女の姿が、貴様のせいでやつれてしまうなどということがあったならば、決して許しはしない。それ相応の賠償責任を問うことになるからな』
――長い、ウザい、偉そう!お前にエレットさんの何が分かるんだ!!ライリーは手紙を今度こそビリビリに破き、クズ入れに全てを入れた。そもそも、やつれるとしたら、わたしのせいじゃなくて……いや、やつれさせちゃダメだ。わたしが守らなきゃダメなんだ。どうせ権力者なんか頼れないんだがら。
それにしても、この貴族はなぜこんなにも偉そうなのだろうか。まさか、なにか重大な権利を握っているとか……?いやいや、ただ傲慢なだけだろう。
しかし、恐ろしいのはなにかの権利を持っている場合だ。もしそれが発動した場合、もしかしたらライリーの両親に大きな危害が加わる可能性も無くはない。ライリーにはエレットを救いたいという強い思いがあるが、かといって両親になにかあっては欲しくない。
――そんなことを考えても仕方がないか。本当にただ偉そうというだけかもしれないし。それよりもまずはエレットを救う方法を考えるのが先だ。
ライリーは昼食である固めのパンを食べながら、解決法をなんとか考えようとする。
どうすれば良いだろうか。権力者はどうせ頼れない……?本当か?本当に頼れないのだろうか。なんとか国王に近づければ、あっさり解決したりしないだろうか。ライリーはパンを口のなかに詰め込み、善は急げと言わんばかりに部屋を飛び出す。水分を奪われた口から胃へとパンを流しながら、一階へと向かっていく。
確証はないが、一階のどこかにいるかもしれない。そんな思いでスピードを上げていく。食堂、調理室、大広間――。様々な所をしらみ潰しに探していると、明らかに重厚な扉が目に入った。執事長室のアレとは明らかに次元が違う。そんな扉。
あそこにいるのだろうと確信し、駆け足で向かおうとする。しかし、速度を上げる直前、何者かによって左腕をガシッと掴まれ、ライリーはその場でよろけてしまう。
「なにをやっているんだ!」
その声にライリーは背筋が凍り、思わず目をつぶった。しかし、少し目を開けると同時に瞳に映った人物は、黒髪短髪の使用人――ルサークだった。
「な、なんでここに!んぐっ――!?」
ライリーが驚嘆の声をあげようとすると、ルサークはライリーの口を抑えて二階のあの部屋と連行していく。
◇ ◇ ◇
部屋に到着するなり、ルサークはライリーに対して本気で叱った。
「なにをしているのですか!」
「え、えっ?」
ライリーは事の重大さにまだ気づけていないようだった。ルサークはため息をつき、ライリーに説明する。
「いいですか、あなたがやろうとしたことは、あなたが思う以上にとんでもない事なんでさ」
「そ、そうなんですか?」
事態を飲み込めないライリーを見つめながら、ルサークは話を続ける。
「ええ、国王や女王の部屋に許可なく入るということは、侵入罪どころか国家反逆罪にすらなりうる重大な犯罪なんです」
「そ、それだけで?」
「許可をとる、とらない。これだけで命にすら関わります。国家反逆罪はよっぽどの事がない限り死刑ですからね」
国王制のセイランス王国において、王というものは絶対の存在である。すなわち、もしも一瞬でも国王の命が危険に侵されると、国家は一気に転覆の危機に陥る。それゆえ、部屋に入る、ただそれだけの事にすら命がかけられるのだ。
「友達係のあなたが無許可で入るのを許される王家の部屋は、せいぜい王女の部屋だけ。それ以外はダメです。分かりましたか?」
ルサークの言葉にライリーは頷いたが、ふとここでひとつの疑問が浮かんだ。
「あの、エレット王女の部屋ってどこなんですか?わたし、知らされていなくて……」
その一言に、ルサークは驚愕する。
「えっ!?友達係なのに知らないのですか!?」
あまりの驚きっぷりにライリーは困惑した。その姿をみたルサークは冷静になり、視線を外してから話す。
「い、いや、流石に知らされてるものだと思っていましたので……」
ルサークはライリーに「ついてきてください」と言って、一つ上の三階へと連れていった。
三階、階段から見て一番右端にある部屋がエレットの部屋であった。ライリーの部屋からそう遠くない場所であるという事実にライリーはなんとなく拍子抜けする。あの時の大捜索はなんだったのだろうか、と。
「恐らく今の時間はいらっしゃいます。せっかくですし、お遊びになられたらどうでしょう」
「い、いいんですかね」
「ええ、ノックもせずに入ったら問題になるかもしれませんが、ノックさえすれば許されるかと思います」
ライリーは息を整えてから、扉を二回コンコンとノックした。
すると、なかから力ない「はい……」という声が聞こえたので、ライリーはまず名乗りを上げた。
「ライリー・ブレイバーです。エレット王女様のお部屋で間違いないでしょうか」
「――そうです……」
エレットの声は震えたままで、まだ不安を感じているようだった。
「入るなら……どうぞ」
やはり力ない声が内から響いた。
「それでは、友達でもない私はおいとましますね」
そう言って、ルサークは小走りで去ってしまった。ライリーは一人取り残されたが、ここまで来て帰る訳にはいかないと扉を開け、見たこともないほど広い部屋を目にした。
「お、お邪魔します」
エレットの部屋はとんでもない広さであった。それは、象が数匹入っても満員にならないほどで、王女という身分に相応しい、そんな部屋であった。
「え、えっと、遊びに来ちゃった……えへへ」
ライリーがそう言うと、エレットはふわふわと笑った。それは、明らかとは言わずとも無理をしているようで、ライリーは少し心が痛んだ。
「な、なにもない部屋ではありますが、ゆっくりしていってください」
エレットが謙遜するように言った。しかし、この部屋には実際に何も無かった。あるとすれば数個の椅子とベッド、テーブルだけで、それ以外のものはほとんど置かれていない。
「どこに座ればいいかな」
ライリーが質問すると、エレットは「ベッドにでも腰をかけてください」と言った。そこが一番柔らかく、高待遇な場所であった。
「急に来てごめんね」
座りながらライリーが言った。
「いえいえ」
エレットもそれに応えた。そして、彼女はライリーの横に座り、なんとなく上を見た。
――しばらく沈黙の時間が続く。それを破ったのは、ライリーではなくエレットのほうであった。
「……二人っきり、ですね」
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