第13話 権力という圧力

 結局、ライリーの放った励ましは不発に終わり、ついに彼女は八方塞がりに陥った。完全に何も考えられなくなってしまい、放心状態で部屋に戻った。


 エイドは、ここまで思い詰めている素振りをみせていたライリーを気にかけていた。だが、関わった時間がまだ短い自分になにか言う権利があるのだろうか、という迷いのせいで何も言えず、もどかしい時間が続いていた。


 そして、完全に放心状態となって固まっていた彼女を階段付近で発見し、なんとか部屋まで連れてきたが、流石にこれ以上放っておくことはできない。


 エイドはお茶を作りながら、ソファに座って動けなくなっているライリーを見つめた。


 そして、お茶が完成すると同時にそれをカップに移し替え、彼女の元へ運んでいく。


「――ライリーさん、なにかお悩みがあるなら聞きますよ」


 意を決する、という程のことではなかったが、エイドは優しくライリーに話しかけた。


「――そうね」


 ライリーはエイドの質問に短く答えた。ライリーの心の中には、この瞬間迷いが生じた。ここまで極力話してこなかったことを、ここで話してしまって良いのだろうか。目を右往左往させながら考え、ひとつ結論を出す。相談しよう、と。


「エイド。相談、いいかしら」


 エイドは整然とした視線で見つめるライリーに、ひとつこくりと頷いた。


◇ ◇ ◇


 そしてライリーは、エレットが一部の使用人たちからいじめのような叱責を受けていること、それでエレットが強く心を痛め、苦しんでいることを伝えた。


「――なるほど、噂には聞いていましたが、まさか本当に行われているとは……」


 その一言を聞いて、ライリーはほんの少しだけ驚いた。


「えっ?噂に聞いていた、程度なの?」


 少し煽るような発言だったが、実際にライリーは驚いていた。なんせ、ライリーが友達係になることが決まる前から、エイドがその世話係になることは決まっていたからだ。そんなエイドが、エレット王女がいじめを受けていることを知らない、ということをにわかには信じられなかったのだ。


「まあ、そうですね。あの方はよく嘘の新聞記事を流されていましたし、これもフェイクニュースかな、と思いまして」


 王宮で働く人間すらすぐには気づけない、ということは、あの行為は王宮の表側からは隔離された場所で行われている……ということだろうか。尚更陰湿ではないか。


「どうすれば良いかしら……」


 ライリーが力なく質問すると、エイドは「そうですね……」と顎に手を当て考える。


「いっそ、逃げてしまうというのはどうでしょう?お城から!」


 エイドはハハッと笑いながらそう言った。そんな彼を、ライリーは顔を少し紅潮させながら怒った。


「ダメに決まっているじゃない!そんなことをしたら、追われる身になってすぐに捕まるのは目に見えている事じゃないの!」


「そ、そうですよね……」


 冗談のつもりで言ったエイドだったが、思ったよりも強く怒られて思わずしゅんとしてしまう。それを見たライリーはコホンと誤魔化すような咳払いをして、もう一度問い直す。


「それで、結局どうしましょうか?」


 エイドはもう一度考える素振りを見せ、今度は真面目な顔で返した。


「現実的なことを考えるとしたら、上への直談判が早いでしょうか」


「そ、それができるの?」


「できなくはないと思います。ですが、まあ成功するかはわかりませんね。私たちは大きな権力を持っているわけではありませんから、権利獲得のためのブラフだと思われ、取り合ってくれない可能性すらあります」


「ならわたしが行くわ。あの子のためにも、わたしがなんとかしたいの」


 お茶を飲みながら立候補するライリーを、エイドは必死の表情で止める。


「ライリーさんはダメです!たしかに上から見た我々の権力に大差はないかもしれませんが、だからといって役職に差がない訳ではありません!世話係は替えがきくのでクビを飛ばされてもなんとかなります。ですが、友達係にはライリーさん、あなた一人しか選ばれていないのですよ」


 ライリーは説得するエイドの勢いに押され、渋々直談判への役職を降りる。


「私がいきます。ライリーさん、どうしても来るというのであれば、少し遠くから眺めるだけにしましょう。それなら、役職がなくなることもないでしょう」


 エイドのその言葉にライリーは納得し、二度こくこくと頷いた。しかし、今日はもう遅いということで実行は翌日になった。


◇ ◇ ◇


 その翌日。日がだんだんと昇り、人々の動きも活発になってきていた。


 エイドはタキシードをいつも以上に整え、臨戦態勢バッチリといったふうにキメ顔で立っていた。対して、ライリーは普段と同じような服装で過ごしていた。これは直談判するように言った人物がライリーであると勘づかれないようにするための配慮……ということになっている。


「それで、『上』って誰なの?まさか国王様じゃないでしょうね」


 ライリーが訊くと、エイドは髪を整えながら答えた。


「ええ、もちろん。しがない世話係がいきなり国王様に会うことはできません。今日会うのは使用人をまとめる長、執事長様ですよ」


 使用人にも当然階級がある。エイドやルサークなどの若手は一番下の下級使用人だが、エレットをいじめる中年の使用人たちは中級使用人。その上に数人しか就けない上級使用人があり、さらに上に最上級の執事長がある。


 執事長は「幅広い意見を取り入れるため」という名目で、下級から上級まで、使用人であれば誰でも話すことができる。今回はそれを使うのだ。


「さあ、行きましょうか」


 エイドは最上階の執事長室へ向かう。ライリーはそれにピッタリと付く形で歩き、階段を上っていく。いかにも偉そうな重厚な扉の前に着くと、エイドはそれにコンコンとノックをした。すると、「入れ」というドスの効いた声が響き、エイドは中へと入った。ライリーは入れないので外で盗み聞きすることにした。


『名乗れ』


『等級下級、役職世話係、エイドと申します』


『要件は』


『中級使用人……具体的には、エレット王女専属の従者たちについてのご相談があるのですが』


『――ほう』


『彼女らは現在仕事に勤しんでいるところではあるのですが、エレット王女様に対して、過剰な叱責を行っているということで――』


『いや、それは愛の裏返しだ』


 エイドの話を遮って放たれた言葉に、エイドもライリーも耳を疑った。執事長はこう続ける。


『いいか、彼女らは経験も豊富だ。どの程度叱責すれば問題になるかくらいは把握しているだろう。それにその情報の出処はどこかね』


『い、いえ、それは――』


『言えないだろう。なんと質の低い情報か。その程度の言葉に惑わされるほど、私も馬鹿ではない』


 エイドは下を向きながら、左拳をギュッと握った。何を言っても意味が無いではないか。怒りがふつふつと込み上げる。


『――君も入る時に聞いただろう。この世界は年功序列だと。彼女らは間もなく上級へ昇進する。ここで問題を起こされては、後進への士気に関わる。わかってくれるだろう?』


 その言葉を聞いたエイドは、それに答えることなく『失礼しました』と言って部屋の外へと一気に出た。そして、待っていたライリーと共に部屋へと帰っていく。


 最後の言葉――あれはつまり、執事長ですらエレットへのいじめを黙認しているということだ。ライリーは、昨日してしまった見て見ぬふりがどれほど小さなものだったか、とバカバカしく思えてしまった。


「結局、自分が作ってきたやり方を守れればそれで良いし、それが崩れそうになったらなかったことにする。そんなことやっていて恥ずかしくないのかしら」


「保身と体制維持……それさえ出来ていれば、たとえ王女へのいじめがあっても無視することを優先する。それが国王と話す機会を独占している上級使用人たちのやり方ってことです」


 そう、もちろん最高権力は国王。しかし、国王と話す機会があるのは上級使用人と王家の人間だけ。と言っても、息子娘はあまり心配をかけたくない、と何がイヤかも言わない性格。つまり、実質的な通報経路は上級使用人と女王のみ。上級使用人は封じられた。女王は話す機会がない。ライリーたちは、文字通り「詰み」の状態になってしまった。


 ライリーとエイドは、この世界の理不尽さにため息をつきながら、歯を食いしばって階段を下りた。

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