第12話 突発的友達係
――いつの間に寝てしまっていたのだろうか。ついさっきまで触れていた世界が現実と交わり、不思議な感覚に陥る。あの世界が悪夢だったのか、幸せな夢だったのかすら思い出せず、まともな思考ができないおかしな時間を経験する。
なにをしていたのか、なにを考えていたのかすらしばらく思い出せず、ある瞬間を機にようやく思い出す。
――そうだ、わたしはあの時逃げてしまって……。その事実をじんわりと思い出していくが、一度の睡眠を経たライリーには一定水準以上の罪悪感は訪れなかった。確かに自分のやったことを責めているのだが、明らかに寝る前の感覚ではない。端的に言えば、リセットされているのだ。
どれだけ思い出そうとしても先程までの怒りは戻ってこない。心の奥底では、自分のことがとんでもない薄情者だと感じてイヤになるが、それでもそこまでの感情にならない。これがライリーの現在地点であった。
外を見てみると、夕日が沈みかかっていた。連日の早起きや目覚めの悪さからか、かなり長い時間眠ってしまったらしい。ライリーは外の様子を眺め、自分がなにをすべきかを考える。謝罪しようにも、素直に「見捨ててしまった」と言ってしまってはさらに傷つけるかもしれない。あのとき、エレットがライリーのことを認識していた可能性は限りなく低いからだ。
じゃあ、いっそなにもしないというのは……。流石にダメだ。エレットが救われないのはもちろん、ライリー自身もやりきれない。あれだけのことをしておきながら、さらに逃げるというのは人道から大きく逸れることになる。
元々の軌道に話を戻して考えてみると、ライリーは見て見ぬふりをしてエレットへの叱責を止められなかった。あの時止められていたのなら……あの時飛び出すくらいのことが出来ていたら……そのような後悔が浮かんでくる。
その時、ふと一つの考えが頭をよぎった。今からでも止められるのではないか?
そう、今からでもあの部屋に向かえば、まだ怒られているかもしれない。あの時は見て見ぬふりをしてしまったが、これ以上の苦しみを防ぐことはできるかもしれない。それで全てが許される訳では無いだろうけど……それが大きな罪になることはない……かもしれない。いや、エレットにとっては罪よりも救いなのではないか……!?
というあまりにも幼稚で甘い考えを持ちながら、ライリーは部屋を飛び出した。走ることはないが、それに近いような速度で階段を駆け下り、二階へと向かっていく。そして、朝に見た例の部屋へと急ぐと、まだ明かりのついた部屋が目に飛び込んできた。
ライリーはその光景に希望に似た感情を抱き、勢いのままに部屋を覗く。
「ちょっと待ったー!!」
という一言を迷いなく発したが、そこにいたのはただ一人の若い女性使用人。黒髪短髪の使用人がいる。エレットどころか、彼女が割ったであろうティーカップすらどこにもなく、それらが全てひとつに集約されたように、ポツンと使用人がいるのだ。
「なんですか?あなた」
使用人が尋ねた。ライリーは思考が完全に停止してしまったが、すぐに起動しなおして言葉を返す。
「え、えっと、エレット王女の友達係のライリー・ブレイバーと申します……」
その自己紹介を聞いた使用人は、一つ溜息をついてからさらに話す。
「――それで、友達係のあなたがなんの用です?私と関わりがある訳でもないですよな?」
ライリーはなんとかもっともらしい理由を考える。そして、言ったもん勝ちだと言わんばかりに考えついたことをそのまま吐き出す。
「た、探検です!まだこのお城に来て間もないものでして!」
ライリーは冷や汗を垂らしながら、まっすぐとした視線を使用人に送る。対する使用人は、冷酷とも取れる三白眼を光らせながら、端的な言葉を送る。
「――探検している人が初対面の人間にちょっと待たせるって、どのような状況なんですか。まさか、私が何かを持ち出している訳でもないですものね」
ぐうの音も出ない。あまりに苦しい言い訳をしてしまい、ライリーの冷や汗は滝汗へと変化してしまう。
「まあ、あなたがこれからなにを言おうと構いませんが、一応私にも好奇心というものがありますので、質問させて頂きたいのですが」
そう言って使用人は再びライリーのことを見つめた。
「あなたはどうしてここに来られたのですか?本当は探検ではないのでしょう?」
ライリーは追い詰められ、なんとか言い訳を思考する。しかし、上手く思いつかず、仕方なく考えたことをそのまま喋る。
「え、えっと、今朝にエレット王女がお稽古を受けているところをたまたま見まして、そこでカップを割っていたので怒られていないか心配で――」
しまった、喋りすぎた。このままだと逆上されて自分も怒られてしまう……そう思った。
「はあ、そうですか」
しかし、使用人の言葉は意外にも淡々としたものであった。
「確かに、いつも怒られていますよね、エレット王女様。彼女、総合評価をされていないんですよね。私も気持ちがよく分かります」
「ど、どういうことですか?」
使用人の見た目は、エレット程の美貌はなく、平均的な顔立ち。そんな姿から、ライリーは使用人の言葉に失礼ながらも疑問を持った。
「まあ、意味がわかりませんよね。でも、一つの側面から見て全容を決定されるのは、私も同じなんです」
使用人は少し間を置き、ゆっくりと次の言葉を紡いだ。
「私、このお城で働かさせてもらっている中では二番目に若いんです。もちろん友達係のあなたを含めると違うのですが、正式な公務員の中では私が下から二番目。だから、大した経験もない若娘って、いつもいびられているんです」
「あの中年の使用人さんたちからですか」
「ええ、そうです。でも、気にしたりはしません」
「――どうしてですか?」
「私はエレット王女様のお衣装の仕立てをさせていただいているから、ですね。なにを言われようと、あなたたちにはできないことが出来るんですーって思えば、自然と体が楽になるんです」
そう言って使用人はまたライリーを見つめた。
「私より、あなたの方がエレット様に近いですし、なんなら権利もあるかもしれません。だから、エレット様を励ましてあげてください。王女は、あのおばさんたちじゃなくて、『あなた』、なんだよって」
ライリーは、今の言葉に様々な面から驚かされた。自分に権利があると言われたこと、王女があの子自身なのだということ。
ライリーはこのまでの言葉を紡いだ目の前の女性の名前が無性に知りたくなり、思わず質問する。
「あ、あの、あなたのお名前は――?」
「あ、確かに自己紹介させて私は何もなし、はないですよね。私はハイオット・ルサーク。エレット王女様の仕立て役をやっております。お気軽にルサークとお呼びください。」
ライリーは、彼女の名前の響きをものすごくかっこよく感じた。そして彼女は、ライリーがいかに「使用人」というくくりでまとめ、恐怖の対象だと決めつけていたかをハッとさせる存在となった。
「さ、私にも仕事がありますから。ここら辺であなたも係の仕事をやられてはどうですか?」
ライリーはその言葉に頷き、その場を後にした。
ライリーはエレットになにをすべきかを理解し、必死で彼女の姿を探した。やるべき事は謝罪ではなく励まし。ライリーは二階中を探し、彼女の姿を見つけようと走った。
そして、階段を上り、三階へと到達しようというとき、突然目の前に彼女が現れた。
エレット・セイランス。ライリーが求めていた人物が、二つ上の段にいるのだ。
ライリーはその姿を見上げ、一言を声をかけようとする。
しかし、まだ悲しそうな表情を維持する彼女と目が合った途端、先程までのプラスの感情が吹き飛び、一気に胸が鼓動し始める。
励ます……?いや、やるべき事は贖罪なのではないか。先程までのくらい考え方が頭をよぎり、どのようにすべきか迷ってしまう。
――いや、償いじゃない。まだ若いライリーにできることは少ない。そんな彼女が『償う』と言ったって、大したことができる訳では無い。
やはり、やるべきは励まし。ライリーは意を決し、エレットに声をかける。
「エレットさん、今大丈夫?」
エレットはその言葉に反応しなかった。ライリーは、そんなことを気にせずに話を続ける。
「あの、さ、急に会ってこんなことを言うの、おかしいかもだけど」
エレットはそう前置きをした上で、心を落ち着かせて伝達する。
「エレットさん、大丈夫。あなたはあなたなんだから、堂々とすればいいの」
ライリーは言い切った、と嬉しくなり、エレットの反応を待つ。
「――これ以上はご迷惑をおかけするだけですので」
エレットはそう言い放ち、そそくさと階段を降りてしまった。エレットが放った一言は、ライリーの心にザックリと突き刺さった。そもそも、突然ばったり会って突然励ますなど、よく分からない人の行動でしかない。人の心が、よく分からない行動で動くことなど稀なのだ。
ライリーはその場でしばらく呆然とし、エイドが迎えに来るまで動けなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます