第11話 割れた自責
ライリーはふわふわとした歩きで階段を降りていき、裏口へと向かった。そして、三日連続となる庭園へ訪れ、昨日行ったシロツメクサの花畑へ向かった。もちろん昨日と様子が大きく変わるはずもなく、相変わらずの姿を保っていた。
ライリーは無心で茎を折り、花を集める。そう、壊されてしまったのなら、また作り直せばいい。作り直せば、思い出に残ってくれるはず。そう考えた。
くるくると必死で花を巻き付け、茎と茎を結んでいく。ライリーは、昨日よりもいいものを作ってやろうと考えた。今度は「汚らしい」とすら言わせない、あっと驚くような最高傑作を作ろう。そう考え、必死で笑いながら編み込んでいく。
しばらくして、昨日と同じような長さまで完成し、自分の右手に茎を巻き付ける。上手く長さを調整し、ちょうどいいところで結べば完成。よし、間違いなく昨日のものよりいいぞ。ライリーは右腕にブレスレットを付けて二度頷き、エレットにあげようと思い城へ戻る。
とりあえずエレットの部屋にさえ持っていけば渡せるだろう、と思い階段を上がるが、ここでようやく一つの事実に気づく。
あれ、わたしエレットさんの部屋を知らない……?
あまりに重大な事実であった。よくよく考えてみれば、ライリーとエレットが二人で過ごした場所は庭園とライリーの部屋だけ。エレットの部屋は、過ごすどころかどこにあるのかさえ教わっていないのであった。
ライリーは仕方ないと思い、彼女の部屋を探すことにした。現段階では全く検討がついていないが、彼女は王女なのだ。少なくともほかの住人とはランクが違う部屋に住んでいるはずだ。つまり、扉がライリーの部屋より数段豪華な部屋を探せばよい。方針は定まった。
とはいえ、ある程度は場所を絞らなければ、このひたすらに広い王城を闇雲に探すことになりかねない。つまり、せめて何階を探すかくらいは決めておくべきだろう。
まず、少なくとも一階はない。一階は食堂や大広間など、様々な人が共有する場所だけで構成されているからだ。恐らく四階以上もないだろう。四階以上は使用人だけが住んでいる。友達係のライリーが三階に住まわされていることを考えても、これが徹底されているのは間違いない。
よって、エレットの部屋は二階か三階にある。ライリーはそう結論付けた。
そうとなれば早く探そう。ライリーは軽い足取りで階段を上がり、二階に足を踏み入れる。
少し周辺を探していると、明かりの灯ったある部屋を見つけた。その部屋の入口には扉がなく、中の様子が外からもよく見えた。ライリーはその部屋をほんの少しだけ覗き、誰がいるか確かめた。そこには、数人の使用人に囲まれたエレットがいた。
まさかこの部屋が王女の部屋じゃないよな……と考えたが、扉がない時点で王女の部屋であるわけがない。ライリーは妙な考えだったと笑う。
しかし、目の前の状況は良いものでない。エレットが使用人たちに囲まれているのだ。ライリーは使用人たちに酷いことをされないか監視することにした。『もしなにかするのなら、このわたしが許さないぞー』、と言わんばかりに前のめりになり、目を光らせた。
よく観察すると、エレットの前には数個のティーカップとポットが置かれていた。どうやら、お茶入れの作法について学んでいるようだった。
エレットは手をふるわせ、なんとかお茶を入れていく。そして、七分目ほどまでお茶が入ったところで手を止め、ティーポッドを置いた。
が、しかし、お茶を入れられたという事実に安心しきってしまったのか、エレットの手は重ねて置かれていたティーカップに当たり、そのままカップが二、三個床にガシャーン!と落ちてしまった。
当然、陶器製のティーカップはそのはずみで割れてしまう。完全にエレットのミス。使用人によるプレッシャーもある程度はあったかもしれないが、この事件の大部分は彼女の気の緩みから生まれたものだろう。
このあと、エレットがどうなるかは容易に想像がついた。だからこそ、そんな姿を見たくないという防衛本能が働き、ライリーはその場から逃げるように去ってしまった。
気づけば、ライリーは部屋にいた。帰ってきてしまった、と気づいてから数刻、ライリーの脳内に「逃げてしまった」という事実が浮かぶ。
なぜ逃げた?わたしが許さないんじゃなかったの?なぜ?なんで?どうして??
どうしてわたしはここに――?
考えれば考えるほど、自分がどんどんイヤになる。あそこで飛び出して、「エレットさんを叱るな!」とでも言えば、少なくとも矛先を分散することくらいは出来たかもしれない。しかし、実際にやった事は『逃走』。そもそも叱られる様子すら見ようとしなかった。
しかも、エレット側はライリーがいた事を知らない。つまり、エレットとしてはライリーに対する失望や絶望を全く覚えていない。その事実が、余計にタチを悪くしていた。
ライリーはブレスレットをはずし、すぐそばの引き出しの中へと押し込んだ。わたしにプレゼントをする資格なんてない。彼女は引き出しを思い切り閉じ、追撃するように叩いた。
怒りだけが脳内に響き、ピンボールのように跳ねていく。考えを張り巡らせていくうちに、罪悪感の渦の中へ意識が落ち、思考回路から電流が消えた。
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