本当のこと 1

「話を聞かせなさい」

「……いつまでも偉そうに、ま、いいでしょう」


 あなたの持ち物は偽物だ、そしてあなたはエルフではない。


 そんな暴言を吐かれたルルエではあったが、なぜか突然スッと冷静になり、マーカスの顔をしっかりと見据えると毅然とした態度でその場に姿勢よく腰掛け、毅然と説明を求めた。


 その悪びれない姿が、いちいちマーカスの気に障る。


「まず、そのハイロント・ヴァーダ。おおかた息子の形見だとかなんとかで、しかもそれらしい感動の物語をつけてわたしに売りつけようと思ったのでしょうけど、本物のハイロント・ヴァーダは魔鉱石。しかも、強力な魔鉱石であるはず」

「ええそうですよ、先程の強化魔法で感じましたでしょう?」

「馬鹿を言わないで下さい、魔鉱石から放出された魔力と人間から放たれた魔力を間違うほど僕は馬鹿じゃない。それに、今、あなた、重要な失言をしましたね」


 マーカスは、魔法魔術の講師、やとわれでもその辺は確かだ。


「なんのことです」

「本物のハイロント・ヴェーダはあなたの言う通り国家資産レベルの秘宝。そんな強力な魔鉱石が近くにある状態で簡単に魔法が放てるはずがない。そう、強化魔法なんて無理なんですよ」


 そう、それは魔学の基礎。


 魔法は、たしかにその時々に応じて準備無しに放つことのできる便利な魔力の顕現。しかしその一方で、魔法は周囲の魔力を巻き込んで行使される魔術と違って、自然界の魔力から見ればほんの微々たるものでしかない人間個人の魔力に依存するものでもある。


 つまり、そんな小さな魔力では、強力な魔鉱石の干渉に抗えるはずがないのだ。


「僕はボルドックの襲撃の段階でハイロント・ヴェーダが偽物であると思っていました。しかしながら、万一の場合を考えて、わざわざ馬車の外に出てから暗視の魔法を使った」 


 魔力は遮蔽物に弱い。


 これもまた、魔学の基礎だ。


「しかしあなたは、そんなものを身に付けたまま強化魔法を使った」


 マーカスはルルエを睨む。


「それが本物なら、そんな事はできっこないんですよ」


 マーカスの言葉をルルエは静かに、しかし表情ひとつ変えずに聞いた。


 そして、胸元のペンダント、マーカスが偽物だというハイロント・ヴェーダを掴みそれを引きちぎるように外すと、突然、それをマーカスに投げてよこした。


「買いませんよ」

「偽物なのでしょう、売りません」

「ならば」

「あげます、もう必要のないものです」


 言われて、マーカスはそのペンダントを見る。


 そして、そこからまったくなにも魔力を感じないことを確認して「そうですか、じゃぁ頂いておきます」と尻のポケットにねじ込んだ。


「暗くて良くはわかりませんでしたが、材質は多分ガラス玉と銀ですね。ま、明日の夕食代くらいにはなるでしょう」

「我が貴族家の家宝も安く見られたものです」

「貴族家?まだ言いますか?ただの耳長族が」

「……えっ」


 ここに来て、やっと表情を変えたルルエにマーカスは畳み込むように言葉を放った。


「エルフは、この世界最古の種族です」


 この世界。


 ダノンガルドと呼ばれるこの唯一大陸の原初、何もなかった真っ赤な土の荒野であったこの世界に一人の神が天界より現れ、そこに森を創造した。それが世界のはじめ、である。


「そして次に神が作ったのが、森の防人、エルフです」

「エルフに創世神話を語って聞かせるとは、恐れ入りますわね」

「……」


 神は森に命を創造し、そして、エルフにその森を守り育むことを使命として与えた。


「そして、こう言いました」


 マーカスは、目を閉じて、静かにその言葉を口にした。


『エーワイス・ルイエル・ファニーヤリアレル』


 ルルエはその言葉にキュッと唇を噛む。


「その意味は」

「地に充てよ、愛子いとしご、我の想念を懐き」

「そうです、今でこそ人類種の増長で亜人種と言われているエルフですが、実際はエルフこそが神の姿を最も忠実に写した神の愛子。そして、森の防人たちは、この言葉を忘れぬようにその言葉の頭文字をとって自らを『エルフ』と呼んだ」


 マーカスは続ける。


「そう、つまりエルフとは血の繋がりで成り立つ種族ではない。エルフとは神の意志を継ぎ、高潔で誠実で、意志の力を何よりも信じる清廉な精神を持つことがその条件です。現に、今でも犯罪を犯し、神の意志に背いたエルフは、一族から外され、その名誉ある名を剥奪されこう言われる『耳長』とね」


 ルルエは、表情を変えない。


 いや、少しだけ、ほんの少しだけ、柔らかい表情になったように見えた。


「あなたは嘘つきの詐欺師だ。ハイロント・ヴェーダだけではなく、あなたの波乱万丈の半生とやらも嘘ばかりだ。というのも、リンハットのエルフは、あの戦争で」

「……もう、良いでしょう」


 ルルエはそう言ってマーカスの言葉を遮った。


 言われてマーカスもまた、たしかにここまで嘘をつかれ傍若無人に振る舞われてムッとしてはいたものの、エルフにとっては苦難の歴史であるリンハットのエルフの末路まで話すことはない、そう気づいて言葉を止めた。


 やりすぎだ、と。


「すいません、言葉が過ぎました」

「いいえ、かまいません」


 ルルエは、それでも、凛とした姿勢を崩さない。


 マーカスは、それが少し気になった。


「その振る舞い、あなたはたしかに貴族だったかもしれない」

「あら、前言撤回ですか」

「いいえ、それでもリンハット貴族ではないし、今のあなたは間違いなく耳長だ」

「ふぅ、そう、ですか」


 ルルエはそう言うと、そのまま深く頭を垂れた。


 そして、少し長めに頭を下げ、ゆっくりと顔をあげると、その長い金の髪をかきあげて耳にかけ、そのままじっとマーカスの顔を見つめた。


 深い、深い緑の瞳が、マーカスを射抜く。


「ご迷惑を、おかけいたしました」


 マーカスは、これまで、様々な場所でエルフと出会った。


 元々魔の研究者であるマーカスだ。


 神話において神に創造された最初の生命であるエルフの、最も古代の形を忠実に受け継ぐ魔法や魔術は彼にとって大事な研究対象だったからだ。


 そして、また、戦場でもともに戦った。


 戦友もいた、敵にもいた。


 それでも、そんなマーカスにとっても、ルルエの緑の瞳はあまりに美しく、そして膨大な魔を蓄えたエルフの意志を、これまでの誰より感じさせるものだった。


「あなたほどの人なら、もっと違う生き方もあったはずだ」


 心から、そう思った。


 全種族で最も神に近いその容姿である、エルフの女性。そして彼女個人も、育ちの良さに裏打ちされたその物腰。人を引き付ける巧みな弁舌。そして、なにより、あまりの心地よさに、マーカスに心高鳴る経験をさせてくれた魔法の強さとその質。


 エルフらしい、森の色をたたえた魔力。


「まあ、あなたの半分も生きていない僕の言うことではないでしょうけどね」


 そう言うとマーカスは、尻のポケットからペンダントを取り出した。


「お返ししましょう」


 しかし、ルルエは静かに首を降った。


「いいえ、あなたに差し上げたものですからお収め下さい」

「しかし……」

「あなたがなんと言おうと、それはエルフの至宝。わたしのような耳長が持つものではございません。そうでしょ?」

「は、はぁ……」


 ま、いいか。


 マーカスは再びそれを、今度は胸ポケットにしまい、そのまま馬車を降りた。


「ここからは歩いてゆきます、御者にはこれを渡して下さい」


 そういうとマーカスは、馬車の客室の縁に金貨を一枚置いた。


 いくら値の張る夜行馬車とは言え、その運賃の相場は銀貨数枚。金貨一枚が銀貨百枚であることを考えれば、あまりに多すぎる金だ。


「お釣りは、ペンダントのお代です」

「ふふ、本当にあなたは律儀で誠実な方ですね」

「あなたにいわれてもね」

「そうです、わね」


 寂しそうにそう呟き、ルルエはもう一度頭を下げた。


 そして、しっかりと居住まいを正し、やはり貴族のごとく優雅な姿勢で再びゆっくりと頭を下げ、そして。


 最後の言葉をマーカスにおくった。


「それでは」


 最後の言葉、マーカスは皮肉だと、思った。


 しかしもう、そんなことはどうでもいい。


 マーカスは身体強化の魔法をかけると、馬車を追い越して街へと走った。


 その姿を、ルルエがどんな顔で見送っていたのか。


 振り返ることも、なく。 


 走った。

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