第2話 お嬢様とゲーセン巡り! そして――
それから俺は、ことあるごとに件のお嬢様と町中で遭遇するようになった。
(スーパーにて)
「これはどうやって使えばいいのかしら。あら御堂さん! ちょうどよいところに」
「げっ!? す、スーパーで何をしていらっしゃるんですか……」
「この、セルフレジ? の使い方が分かりませんの。教えてくださいませんか」
「それは俺じゃなくてスーパーの店員に聞けば」
「(目の光が無くなって)反抗姿勢、確認。標的座標」
「わー!! 分かりました! 教えます! これはこれをこうしてこう!
「まあ御堂さん、すぐにお教え下さるなんてお優しい性格ですのね」
「撃たれたくないからね!」
(書店にて)
「へえ、このラノベ面白い。キャラがかわいいし、ストーリーが笑えるし、ちょっとHだし……」
「あら御堂さん」
「ごわっ!? ま、また?」
「奇遇ですわね。あら、なんの本をお読みですの」
「え? えーとそれは、その」
「(ピピッ)『ツンデレ幼なじみとデレデレ妹がボッチで陰キャな俺を巡って毎日抱きついてくるんだが』。素敵なタイトルの本をお読みなのね」
「ちょ、どうやってタイトル調べたんだよっ」
「一瞬見えたバーコードから検索して割り出しましたわ。ところで『ツンデレ幼なじみとデレデレ妹がボッチで陰キャな俺を巡って毎日抱きついてくるんだが』はどういうお話ですの? わたくし、とても興味があります!」
「いや、タイトルまんまだから……」
「まんま? 『ツンデレ幼なじみとデレデレ妹がボッチで陰キャな俺を巡って毎日抱きついてくるんだが』はお食事ですの?」
「食事? ――あーいや、まんまってそういう意味じゃなくて」
「では『ツンデレ幼なじみとデレデレ妹がボッチで陰キャな俺を巡って毎日抱きついてくるんだが』はどういう」
「あの、恥ずかしいタイトルを連呼するのやめてくれないか?」
「えっ。『ツンデレ幼なじみとデレデレ妹がボッチで陰キャな俺を巡って毎日抱きついてくるんだが』はそんな破廉恥な言葉だったんですの? わたくしとしたことがはしたない――」
「だーかーらー!」
(アパレルショップにて)
「御堂様、奇遇ですわね。ちょうどおうかがいしたいことが」
「……こんな庶民が通う安価なアパレルショップになんの用ですかお嬢様」
「あら、『お嬢様』なんて寂しいわ。お名前を紹介しあった仲ですのに。ね、御堂様」
「――衿倉、ミースだっけ?」
「まあ、わたくしの名前を覚えていて下さったのね。嬉しい」
「(小声で)俺の人生で一番印象に残る人間だからな……。ってかそもそも人間じゃないよなたぶん。アンドロイドだよな」
「何をぶつぶつとおっしゃっているの?」
「いやなんでもない! で、聞きたいことって?」
「わたくし、モノクロワンピース調のフリル付きロングドレスを探しているのですけれど、どこを探しても売っておりませんの」
「そりゃどこにも売ってないでしょうねそんなお嬢様服。ネットで買ったほうが早いですよ」
「いやだわ。ネットだと電子決済のパスワードが悪い方に読み取られないか不安ですもの」
「アンドロイドがそこ気にするんだ……。でも実店舗だったらコスプレショップくらいしか」
「コスプレショップ? わたくし初めて聞きましたわ! 御堂さん、連れていって下さいまし!」
「しまった口が滑った……。あ、あの、俺ちょっとこの後用事が」
「(目の光が無くなって)反抗姿勢、確認。標的座標」
「ですよねー! 分かりましたご案内しますー!(涙)」
「まあ、急なお願いでも聞き入れて下さるなんて、御堂さんはなんて都合のいい方なんでしょう」
「言葉のチョイス間違ってますよお嬢様……」
こんな具合でことごとく俺の生活を邪魔してくるミースお嬢様。
見つかったらほぼ百%、頭の痛い会話に付き合うことになり、少しでも反抗すれば目の光が消えてこめかみバルカンを出そうとする。そもそも格好がいつも中世のヨーロッパ貴族のようなお嬢様服なので、話しているだけで周りから目立ってしかたがない。
彼女から逃れたい。その一心で俺は次の休日、心の聖地と称しているある場所へ向かうことにした。
「よし。ここならあいつもいないだろう」
学校から自転車で二十分ほど離れた所にある市内唯一のアーケードゲーム店。ここが俺の心の聖地だ。
最新のゲームはもちろん、十年前、二十年前に流行ったレトロな筐体(きょうたい)も数多く揃えており、一日中遊んでも全く飽きない。休日になると俺はよくここに通い、バイトで稼いだお金のうち生活費をのぞいた分をほぼ注いでいた。
ゲームなんて家でやれば、という人がいるかもしれないが、俺はこのにぎやかな店内の雰囲気と、スマホやコントローラーでは味わえない大きな機材を操作する感覚に魅力を感じているのだ。
「さあ、今日もやるぞ~。まずはなにから始めるかな。そういや最近レースゲーム、やってなかったな。峠を攻めるバトルレース! デカいハンドルとギアレバーを操作するのが気持ちいんだよな。たしか新しいバージョンが出たばっかだし、久々にやってみるか。えーと……あった。ここだ。あ、もうプレイしてる人がいるな。とりあえず席が空くまで待――」
その瞬間、俺は背筋が凍りついた。
ハンドルを回し、右足で忙しくアクセルワークをしている後ろ姿、どこかで見たような中世のお嬢様服を着ている。
マズイ。非常にマズイ。ここは気づかれないように立ち去って――
「(レースゲームをしながら)あら御堂さん! こんなところでお会いするなんて奇遇ですわね!」
「ぐはっ!! みみみ、ミース……?」
「御堂さんもこのゲームをおやりになるの? 意外ですわ!」
あなたがこのゲームをやっていることの方が意外ですよ。
まんまと捕まってしまい肩を落とす俺。まさかこんなところにまで出現するとは……エンカウント率高すぎなんだが。
「ってかミースもゲームやるんだな……」
「ゲーム? わたくし、ゲームなどいたしませんわ」
「は? じゃあ何しにきたの」
「あら。見ればお分かりになるでしょう? 車の運転の練習ですわ」
「ミースは一体どこの峠を攻めようとしてるんだ……」
「ふふ。御堂さんもおかしなことをおっしゃるのね。どこかに攻め込むなんて戦国時代みたいですわ」
「……いや、いい。なんでもない。ってかこっち向きながら画面見ずに運転してるの怖すぎるんだけど」
「そうなんですか? ――あら、もうゴールですわ。早いのね。タイムランキングは……無事一位ですわ。御堂さん、このJRというのは何ですの?」
「ジャパンレコード、日本一って意味だよ。すげえな」
「そうなのですね。意外と簡単な運転シュミレーターでしたわ。肩ならしにはちょうどいいですわね」
「あれが肩ならしになるのはミースだけなんだけど……。なんでそんなに上手いの?」
「わたくし、この店にある機械でしたら少しスキャンすれば全てのプログラムを読み取れますので、ベストな結果を出すための最適な操作を常におこなうことができるのですわ」
へー。そんなことできるんだあ。もうミースなら何でもできるんだろうと納得してしまう自分がいる。
「ってかなんで車を運転しようと思ったんだ?」
「わたくし先日テレビジョンをみていましたら、広大な平原を疾走する車の映像を拝見しました。とても気持ち良さそうでしたので、わたくしも車を運転したいと思いましてお母様にご相談したら、運転の練習をするにはゲームセンターが最適だとお教え頂きましたの」
なんでそうなるんだお母様……。
「あのなあ、車を運転するには免許がいるんだよ。運転免許。いくら運転の練習をしたって、免許がないとすぐ警察に捕まるぞ」
「免許? それはどこで手に入れられるのでしょうか?」
「運転免許の試験場にいって試験を受けて……ってかその前に、免許は十八歳以上じゃないととれないからな」
「十八歳、ですって……そ、そんな」
(ミース、がく然とした表情でがっくりと両ひざを折る)
「存じ上げませんでした。まさか車を運転するのにそんな高い壁があるだなんて。わたくしの研究不足でしたわ……」
研究不足もなにも常識なんだが……ってかミースっていったい何歳なんだ? いやそもそもアンドロイドは試験受けられるのか?
「しかたありません。車の免許をとるのは保留にいたしますわ。そういえば御堂さんはこのゲームセンターに何の訓練をされにこられたの?」
「訓練?」
「ゲームセンターとは様々な種類のシミュレーターで生活のための技能を訓練する場所だとお母様から伺ったのですが」
「いや全然違いますよお嬢様。ここは遊ぶ場所だから」
「遊ぶ?(不思議そうに首をかしげながら)遊ぶ……こちらの機械を使って……?」
「ミース。もしかして『遊ぶ』の意味、知らないのか」
「ええ。初めて聞く言葉ですわ」
「そこからか……。えーと、まあ遊ぶってのは、気晴らしとか、暇つぶしとか、そんなもんかな」
「気晴らし、ですか」
「ああ。ま、せっかくだし、そのへんのゲームをいくつかやっていったらいいんじゃないか」
「そうですね。ではせっかくですから、御堂さんもご一緒にいかがです? わたくし、メダルを山ほど購入しておりますのでお金の心配はございませんわ」
「えっ!? いやー、俺はその、他にやりたいゲームがあるから、あんまりミースと付き合ってる時間がないっていうか、なんていうか……」
「(小声で)反抗姿勢、確認。標的座標」
「わーーー! やります! やりますから!! うう……結局……結局こうなるのか……俺の心の聖地でさえも……」
「まあ嬉しいわ御堂さん。では早速こちらの峠を攻めるレースシミュレーターを」
「いやそのゲームじゃ勝負にならないからやめときます!」
こうして、俺とミースの「遊ぶ」を知るためのゲーセン巡りが始まった。
「UFOキャッチャーなんてどうだ。操作方法はこれをこうしてこう」
「このアームを操作して人形を確保するの? 面白そうですわね」
(アームが動き、人形を掴むもすぐに落としてしまう)
「あの、こちらのアーム、人形を掴む力が弱くなくて?」
「そこをうまくやるのがUFOキャッチャーの醍醐味なんだ――ん? どうしたんだミース」
「(ピピッ)プログラム書換え完了。アームの出力を二十倍にしましたわ。もう一度。はい」
「うわ、ちょいちょいちょい!! アームがすごい力で人形つかんでる! ってか人形ねじれちゃってるよ!」
(人形が落ちてくる)
「はい、獲れましたわ。やはりこれくらいの力がないといけませんわね」
「人形、ぐしゃぐしゃなんですけど……」
「メダル落としはどうだ。溜まってるメダルが手前の穴にうまく落ちるよう、スライドしてるところにメダルを落とすんだ」
「このメダルの皆さんを手前の穴に入れればいいのですわね。(ウイーン)」
「ん? どうしたんだ、急に右手をつきだして。――うわっ、中のメダルが全部こっちに吸い寄せられてる!」
(ジャラジャラジャラとメダルが回収口に入る音)
「磁力を発生させて引き寄せれば簡単ですわね。ステンレス製のようですから手こずりましたけど、鉄の配合率が高いので出力を上げれば問題ありませんでしたわ。ほら御堂さん、大量のメダルが」
「ああ、店にバレる前にほかのゲーム機いこ。な」
「パンチングマシーンなんてどうだ? この的を殴ってパンチ力を計測するんだ」
「あら、わたくし殴るなんてそんな乱暴なことは苦手ですのに(バンッ!!)」
(的がものすごい力でたたきつけられる。「999kg!」の表示)
「これだけですの?」
「――いえ、十分でございますお嬢様」
「こちらはどういうゲームなのかしら」
「ああ、これはゲームっていうより一緒に写真を撮って楽しむやつだな。『プリクラ』っていう」
「写真? まあ、わたくしやってみたいですわ! 御堂さん、一緒に撮りましょう!」
「え? あ、ああ」
「ちなみに御堂さん、こちらの『ばぶかわ盛り』ってどういう意味かしら?」
「うーん、よく分からんけど、撮った写真がかわいくなるように自動的に加工されるんじゃないか?」
(二人でプリクラ機に入る)
「結構狭い空間ですわね」
「ああ」
「御堂さん、こちらのボタンを押せばいいの?」
「え? あ、ああ。俺もこれ使うのは初めてだから、ええと……」
「この画面に映るようにすればよろしいのね?」
「そうだな。これ、だいぶ近づかないと画面に収まらないな。ミース、もう少しそっちに」
「あら御堂さん。遠慮せずにこちらにいらして」
「いや、そうなんだけど……これ以上近づくと、ミースと肩が触れる――」
「もう撮影まで時間がありませんわ御堂さん。早くこちらへ。2、1――」
「ちょ、待って。あっ」
バリバリバリバリ!!
「ぎゃあああああ!!」
(とつぜん電流が走り御堂、倒れる)
「あら御堂さん。淑女の肌にお触れになるなんて。わたくしビックリしてしまいましたわ。わたくし他の方に触れられると防衛機能が働いてスタンガンのような電流が流れますの。お気をつけくださいまし」
「ミースがこっちこいって言ったんやん……(バタッ)」
「写真が出てまいりましたわ。あら、ずいぶんとほおがふくらんで目が大きい方たちね。これは――どちらさま?」
「御堂さん、今日はとても楽しいですわ! わたくしの知らないさまざまな体験ができて!」
「ああ、よかったな。俺は心身ともにボロボロだけどな……。あ、そういやここは確か、アスリートファイター6のエリアじゃ」
「いま御堂さんの視線が1.28秒あちらのゲームに向きましたわ。アスリートファイター6? あのゲームに興味がおありなのね!」
「俺すげー監視されてる……。(あきらめて)はいはい興味あります。ありますよ。俺の一番得意な格闘ゲームだからね」
「ぜひやりましょう! わたくし、御堂さんが得意なゲームのこと、知りたいですわ!」
「へいへい……」
(ミースが席に座る。その向かいの筐体の席に御堂が座る)
「あら、どうしてわたくしの向かいの機械にお座りになるの? わたくし、御堂さんとご一緒したいのに」
「これ対戦ゲームだからな。俺とミースが戦うんだよ」
「御堂さんと、戦う……? もしかして、殴り合うのですか?」
「そうだよ」
「そんな……! わたくし御堂さんを傷つけるようなこと、たとえバーチャルの世界であったとしてもできませんわ!」
「いやもうガッツリ現実世界で電撃喰らってるんですけど……。まあでもゲームなんだし。そこは割り切って一度体験してみるのもいいんじゃないか?」
「――そう、ですわね。たとえ乱暴者が殴り合う横暴で粗雑なゲームでも、なにかしら得るものはあるかもしれませんものね」
「身も蓋もない言い方だけど――ま、とりあえずやってみるか」
(席に座り、キャラクター選択画面になる)
「わたくし、このプロレスラーの方にしますわ。体が大きくて強そうですもの」
「じゃあ俺はこっちの仙人にしよっと」
「そ、そのようなご老体で殴り合いに挑まなければいけないとは……なんて哀れなんでしょう。降伏をお勧めいたしますわ」
「大丈夫だよ。これゲームだからな。遠慮しないでかかってこいよ」
(ラウンド1、ファイト)
(二人のゲームの操作音)カチャカチャカチャカチャ
(K.O.)
「なんだミース、ほとんど動かなかったな」
「プログラムをスキャンしてこのゲームのデータを収集しなければなりませんでしたので。次からきちんと戦いますわ」
(ラウンド2、ファイト)
カチャカチャカチャカチャ
「ほら、お食らいなさい! ダブルラリアット!」
「よっ。(かわす)」
「これならどう? カナディアンパワーボム!」
「あらよっ。(かわす)」
「くっ! あっ……」
(K.O.)
「どういうことですの? 最適な操作方法を完璧に身につけたはずですのに、ご老体に負けてしまいましたわ……」
俺も、意外だった。
これまでのどんなゲームでもミースは反則とも呼べる能力で完ぺきな結果を残してきたけど、このゲームは何とかなる。人間の反射神経じゃありえないタイミングで技を出してきたりするけど、それほど脅威じゃない。
もしかして、アンドロイドって――
「どうする。もう一回やるか?」
「やります。次は勝ちますわ」
(ラウンド1、ファイト)
カチャカチャカチャカチャ
「ああっ! どうしてなの? その攻撃はガードできるはずですのに!」
(K.O. ラウンド2、ファイト)
「ああっ! 御堂さん、さっきと動きが違いますわ! ほんとに御堂さんが操作されてるのっ?」
(K.O.)
「また……また負けましたわ。理解できません。ベストの動きをすれば、こちらが負ける可能性などないはずですのに」
「まだやるか」
「やります!」
(K.O.)
「ああっ! またですわっ! 御堂さん、どうしていつも違う動きをなさるのっ!?」
(K.O.)
「いまボタン押しました~! どうして御堂さんの方が先に動きますの!?」
(K.O.)
「クソゲー! クソゲーですわ!! 何このゲーム機、故障しているのではなくて?」
「お嬢様、言葉遣いが汚くなっておられますけど、少し落ち着かれては?」
「くうう……! どうして……操作方法は完全に身につけているはずですのに、どうして負けてしまうの?」
「ミース。たぶんそれは、駆け引きがうまくいってないんだよ」
「……駆け引き?」
「一人で技術を深めるゲームなら、ミースみたいに操作方法を身につけてゲームの情報を読み取れば勝てるけど、人間が相手だと相手のやり方に合わせて戦わないとダメなんだ。操作方法は百人いれば百人とも違う。相手の考えを読んで、こっちからも誘ったりして、駆け引きをしながら勝ちを目指すんだ」
「どうしてそんな無駄なことをなさるの? 勝利する可能性の最も高い動きを続ければよいのではなくて?」
「それができればいいけど、そもそも人間って機械じゃないから、いつも同じように正確な操作なんてできない。無駄があるし、間違いも起こす。そうすると、試合の展開も毎回変わるんだ。でも、だからこそ勝負は面白い」
「面白い……最短で最高の結果を出すこと以外に、ゲームをする意味があるというの?」
「もちろん目指すのは最高の結果、つまり勝つことだけど、100%勝てる方程式のないことが格闘ゲームの魅力なんだ」
「……分かりませんわ。どうして人間は、必ず勝てる見込みのないことにわざわざ時間をかけるのでしょう」
「それが『遊ぶ』ってことだから、じゃないかな」
「これが、『遊ぶ』……?」
「人間ってずっと合理的に物事を考え続けていると、どこかで息苦しさを感じる生き物なんだって、俺は思う。常に何かのために、何かの役に立つことをしないといけない、そう考えながら生き続けていると自分の心が疲れてくる。だから自分のための時間、息抜きが必要なんだ。それはスポーツでもいいし、旅行でもいい。自分が時間を忘れて打ち込めるものなら、なんでも。俺にとってはそれが、ゲームなんだ」
「何の役にも立たないことでも、人間はそこに息抜きという意味を感じるということでしょうか……?」
「何をもって役に立つっていうかだけど……でもミースだっていま、負けた後に悔しがってただろ。それはミースがこの無駄なはずのゲームに熱中してたってことじゃないかな」
「熱中……わたくしが……?」
「で、リベンジしたいとも思ってる。それがゲームだし、それが『遊ぶ』っていうことなんだと思う」
「これが、遊ぶということ……」
(ミース、ゲーム機をしばらく見つめる)
「御堂さん。わたくしは、人間のことを理解するためにここにいます。遊ぶことを理解できたとはまだ言えませんけど、でも今日はこんな新しい思いを知ることができて、わたくし、とても嬉しいです」
「ミース……」
(少し間)
「あの、さ。前から聞きたかったんだけど、ミースはやっぱり、アンドロイドなのか」
「はい。『MEASE205メカニカルヒューマノイド バージョン2.7』。それが、わたくしの正式名称ですわ」
「そっか」
俺の一番の関心事だったミースの正体。そのはずなのに、いまの俺にとっては、そんなことがどうでもよくなっていた。
ミースが何者でもいい。人間でも、機械でも。大事なのは、ミースが人間として暮らそうとしていることだ。そして俺は、ようやく楽しめるようになってきたミースとの時間を、大切にしたいと感じ始めている。
おそよ機械とは思えないミースの好奇心に満ちた青い瞳に、俺は彼女との心の距離が――アンドロイドにも心があるのだとすれば――縮んだように感じていた。
「わたくし、人間のことをもっともっと学ばなければいけません。だからゲームのこと、遊ぶこと、それに、御堂さんのことも――もっともっと知りたいです!」
「ミース……。(気持ちを固めて)よーし、わかった。じゃあ今日はこのゲーセンで、とことん遊びまくろう!」
「はい! よろしくお願いします、御堂さん!」
「じゃあ、次はこれやるか!」
「ぞんびはんたあ? これはどういったゲームでしょうか」
「ここに銃があるだろ。これで画面に出てくるゾンビどもを撃ちまくるんだ」
「まあ、面白そうなゲームですわね」
「ああ。とりあえずやってみよう。これは二人で協力プレイできるからな」
「よかったですわ。御堂さんとご一緒できれば、わたくしも安心です」
「んなこと言って、どうせミースは『プログラムを読み取りました』とか言ってバリバリ撃ちまくるんだろ」
「御堂さんこそ、気晴らしと称して無駄玉を撃ちまくらないようにご注意くださいませ」
「言うね~。さあ、メダルを入れて、と」
「あ、わたくしが入れますわ」
「いいって。いままで俺が入れてもらってたんだから。今度は俺に入れさせてくれ」
「……ありがとうございます」
「よし、やるぞ。銃をかまえて、っと」
「この銃で画面から出てくるゾンビさんを撃つのですね。わかりました」
「トリガーを引けば撃てるからな。よし。ステージを選択して……と」
「森のステージですか? わくわくしますわ」
「木や草の陰なんかにもゾンビが潜んでるからな。気をつけろよ」
「はい!」
「よ~し、ゲーム開始だ」
「……ゾンビさんはどこからいらっしゃるのでしょう」
「もうすぐ奥の方から……来た。撃て!」
「――あら。この銃、弾が出ませんわ」
「えっ? 本当か」
「少しお待ちになって。――これで大丈夫ですわ」
「よし、そっちにゾンビがいったぞ! 撃てっ!」
「はいっ!!」
ババババババババババババババババババ!!
ドガガガガガガガガガガガガガガガガガ!!
(ゲーム機が粉々に砕け散った)
(砕け散り、穴だらけになったゲーム機がぷすぷすと煙を上げている」
「――ミース」
「……はい」
「――お前、なにやった?」
「……撃てとおっしゃいましたので、撃ちました」
「――この銃は、ゲーム用の銃だよな」
「……はい。でも弾が出ませんでしたので、わたくしの右腕に内蔵されているガトリング砲で撃ちました」
「――ミース」
「……はい」
「逃げるぞ」
(誰もいない小さな公園まで逃げてきた二人)
「はあっ、はあっ……」
「どうしてゲームが壊れてしまったのでしょう。あれは銃を撃つゲームではありませんでしたの?」
「(息切れしつつ)実弾撃つやつがどこにいんだよ! ってかなんでそんなもん装備してんだ!? 日本の治安どうなってんの……!」
「でもわたくし、ゾンビのみなさんが画面から出てこられてゲームセンターを徘徊されると大変なことになると思って……」
「出てくるわけないだろ……ゲームだっつーの……!」
「……もうしわけありません」
(ミース、深々と頭を下げる)
「ミース?」
「こんなことをしでかしてしまってはもう、会わないほうがいいですわね」
「いや、それは、その……」
「わたくし、家の外では誰に話しかけても怖がられるか無視されて……まともにお相手をしていただけるの、御堂さんだけでした。だから御堂さんにだけは嫌われないようにと努力したつもりだったのですが――やっぱりわたくしでは、人間のことを学ぶ資格が無いようですね」
「ミース」
「今までご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。わたくし、二度と御堂さんには話しかけないようにいたします。では――」
「待てよ」
「――御堂さん?」
「迷惑だなんて言うなよ。そりゃ、これまでは結構大変だったし、現にいまも大変なんだけど……ミースはミースなりに人間のことを学ぼうと必死になってたんだろ。そのことが分かったいまは、俺、ミースの気持ち、ちょっとは理解できるよ。まあ、人間がアンドロイドの気持ちを理解するって言うのもおかしいのかもしれないけど」
「御堂さん……」
「今日は楽しかったよ。誰かとゲーセンで一緒にゲームするなんて初めてだったし、こんなに楽しいとは思わなかった。俺の方こそ、ありがとう」
「御堂さん……。ということは、御堂さんは普段ボッチなのでしょうか?」
「ぐっ! な、なぜそれをここで」
「それで先日書店であのライトノベル、『ツンデレ幼なじみとデレデレ妹がボッチで陰キャな俺を巡って毎日抱きついてくるんだが』をお読みになっていたのね! あのタイトルには御堂さんの願望が」
「それ以上言わないでくれ! 悲しくなってくるから!」
「ふふ。やっぱり御堂さんとお話ししているとわたくし、とても楽しいです」
「……あの、さ。ビックリして思わず逃げてきちゃたんだけど、やっぱり店に謝りにいかないか。ゲーム機を銃で撃ち壊したなんてこと、ぜったい事件になってると思うし」
「あ、御堂さん。その件ですが、さきほどお母様から『No problem』とのメッセージを受信しました。もう解決しておりますわ」
「えっ? それってどういう――」
「わたくし、まだ人間のことを勉強中で何かとトラブルを起こすことが多いので、お母様に全てもみ消していただいてますの」
「は? いや、もみ消すって、どうやって」
「もしご心配でしたら、お店を確認されるとよろしいですわ」
「ほんとか? まさか……」
「あの、御堂さん」
「ん」
「わたくし、また町で御堂さんとお会いすることがありましたら、お話しさせていただいてもよろしいでしょうか」
「――ああ。いいよ。もちろん。俺、これからはできるだけミースに協力するよ」
「ありがとう、ございます」
そう言って軽くお辞儀した彼女の目には、なぜか浮かぶはずのない涙のようなものがにじんでいた、ように見えた。
「ではわたくし、そろそろおいとまします」
「ああ。じゃあな」
「はい。御堂さん。それでは――
さようなら」
ミースは笑顔のまま、別れ道を屋敷の方に向かって帰っていった。細く白い手を名残惜しそうに何度も振りながら。
それが、俺が見たお嬢様アンドロイド、ミースの最後の姿だった。
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