アンドロイドプリンセス!~メカメカお嬢様は機嫌が悪いとこめかみで俺を撃つ~

七村 圭(Kei Nanamura)

第1話 注文したのは大豪邸のお嬢様?


 人生に転機があるとすれば、それはなにげないきっかけから始まるということを、人は生きていれば誰もが思い知らされる。


 その屋敷を俺が訪れることになったのは、ほんの偶然だった。


 ゲーム関係の専門学校に通っている俺は、アルバイトで宅配サービスの仕事をしていた。そしてその日、最初の注文の品を届けたのが、郊外にある大きな屋敷だったのだ。


 塀の長さだけで何百メートルもあり、玄関は装飾が施された大きな柵で閉じられている。きっとこの辺りでは、いや、ひょっとしたら全国でも有数の金持ちが住んでいるんじゃないかと思わせるくらいの巨大な邸宅。日々の生活費にも困っている冴えない俺なんかには一生縁の無いところ。そう思っていた。


 そして注文の品は、そんな俺と同じくらいこの屋敷に縁の無いものだった。


「この家にラーメンを届けるのかあ。ラーメン……。ってかなんでこんな豪邸に住んでる人がデリバリーのラーメンなんか頼んだんだ?」


 意外なとりあわせに少し戸惑いながら、俺は屋敷のインターホンを押した。


    (ピンポーン)


「(インターホン越しに)あら、どちらさま?」


「えと、オーバーイーツです。ご注文のチャーシューメンを届けに来ました」


「あら、もう届いたの? 早いのね。いまそちらに参りますわ」


    (インターフォンが切れる)


「――お嬢様? かな。この屋敷の。すごく品のある話し方だったな。どんな人なんだろ。……やばい、なんか緊張してきた」


 柵が横に開き、次に屋敷の大きな扉が開く。そこから姿を見せた女の子に、俺は目を奪われた。


 ブロンドの長い髪。リボンをあしらったフリルのブラウス。ふわりと広がる長いスカート。小走りでやってくるその子は、俺のふだん生きている世界とはあきらかに別の世界の住人だった。


 近づいてくると、西洋系の端整な顔立ちに大きなブルーの瞳もみえる。まるでお人形みたいだ。歳は俺と同じくらいだろうか。目の前までくると、ほんのりといい香りがする。こんなにキレイな子が俺と同じ人間だということが、とても信じられない。


「(見とれて)かわいい……」


「ようこそ。あなたが注文の品を届けにきて下さったのね」


「あ、は、はい!」


「わざわざここまでおいで下さって感謝いたしますわ。お願いした『ちゃあしゅうめん』はそちらの中? 少し見せていただけるかしら?」


「はい。(背中のリュックを下ろしチャックを開ける)どうぞ」


「まあ、これが『ちゃあしゅうめん』? 手にとってもよいかしら?」


「はい」


 やっぱりラーメンにはなじみがないんだろうか。物珍しそうに見ている。


「あら? どうして入れ物が三つに分かれているの?」


「ああ、これはデリバリー用に麺と具とスープを分けていて」


「(被せて)わかりましたわ! ちゃあしゅうめんとは定食だったのですわね。だから主食の麺と、主菜のお肉、そして汁物があるのね」


「いえ違います。これは全部合わせていただいて」


「まあ、三角食べするんじゃありませんの?」


 やっぱりラーメンを知らないのか。


「あの、このプラスチックの器にスープと麺と具を入れて、これで蓋をして電子レンジで温めるんです。あ、電子レンジあります?」


「電子レンジはございませんが、すぐに温めることは可能ですわ。――それにしても、全部混ぜてしまうなんて想像もしませんでした。わたくし、また一つ勉強になりましたわ」


「それはよかったです……。じゃあ、そろそろ代金を」


「あら、ここまで来て頂いたお礼をしなくてはいけないわ。なにもない家ですが、どうぞおあがりになって」


「おあがりに、って、この家に? いや俺、宅配に来ただけなんで、そこまでしてもらわなくても」


「どうぞおあがりになって」


「いや、でもほんとに……」


「どうぞおあがりになって」


「でも……」


「どうぞおあがりになって」


「うーん……」


「どうぞおあがりになって」


「いや、やっぱり……」


「どうぞおあがりになって」


「ええと……」


「どうぞおあがりになって」


「……じゃあちょっとだけ」


「どうぞおあがりになって」


「はい……」


「どうぞおあがりになって」


「…………」


「どうぞおあがりになって」


「…………」


「どうぞおあがりになって」


「分かってますって!」


「どうぞおあがりに――こちらへどうぞ」






    (屋敷の中)



「うわあ、広い……。高い天井、豪華なシャンデリア、赤い絨毯……」


「こちらにお座りになって」


「は、はい。失礼します。うわ、白いテーブルクロス。高級レストランみたいで緊張する……」


「紅茶とお菓子しかございませんけど、よろしいかしら」


「はい、ありがとうございます」


    (お嬢様、ティーセットとクッキーを運んでくる)


「どうぞ」


「どうも」


「さあ、召し取れ、えう」


「えっ?」


「(ココ、ピー)さあ、召し上がれ♪」


「いま『召し取れ』って言わなかったか……?」


「わたくし、衿倉(えりくら)ミースと申します。お近づきの印に、お名前を教えていただけるかしら?」


「俺? あの、御堂(みどう)光一っていいます」


「御堂さん? いいお名前ですのね。記憶しておきますわ。ではちゃあしゅうめんをいただけるかしら」


「はあ、どうぞ」


    (下ろしたリュックからラーメン一式を取り出してお嬢様の席の前に置く)


「ありがとう。まあ、なんて美味しそうなんでしょう。まずはスープを温めるのね」


「はい。もし電子レンジがなければ鍋に移し替えてコンロで――」


    (ミース、右手の人差し指と中指をスープに差し入れる)


「え?」


「あら、どうかいたしました?」


「あの、なんでスープに指を突っ込んでるんですか?」


「温めるためですの」


「いや、え? 指を入れてどうやって温める――うわっ、スープが沸騰した!?」


「温まりましたわ。これでよろしいのね?」


「え? あ、その、はあ……」


「(指を拭きながら)……豚の肉……小麦粉……ネギ……水……醤油……豚の脂……魚介類原料不明……」


「あの……」


「あら、おかしいわ」


「こ、今度はなんですか」


「温めながら成分を調べたのですけど、このスープ、お茶の成分が検出されないわ」


 成分を調べた? お茶? 何言ってんのこの人……。


「色が赤いからてっきり紅茶だと思ったのだけど……このちゃあしゅうめん、何茶をお使い?」


「いや、お茶なんて入ってないですけど」


「うそ。これ、ちゃあしゅうめんじゃありませんの?」


「チャーシューメンですけど……何でお茶?」


「茶の臭いがする麺かと」


「茶の臭い、茶臭、ちゃしゅう、ちゃあしゅう、チャーシュー、あー、なるほど。ってどんなラーメンだよそれっ!」


「ダージリンの香ばしい香りのする欧風ラーメンだとお母様から聞きました」


「あるわけないでしょそんなラーメン! チャーシューってのはこの具材の中にある豚肉のことで」


「まあ、レモンスライスやミルクを入れるんじゃありませんの?」


「入れません!」


「な、なんてこと……わたくしの研究不足でしたわ……」


 わけがわからん……。

 成分を調べたとか言ったり、紅茶の香りがするラーメンとか……。大金持ちのお嬢様はここまで世間ずれしているものなのか……。ってか指入れてどうやってスープを温めたんだ?


「ええと、じゃあこのチャーシューメンどうします?」


「せっかくですから、いただきますわ」


「あ、さいですか」


「スープに麺を入れて、こちらの具を入れて――これでよろしいのね? (両手を合わせ)はい、いただきます」


 予想はしていたが、やっぱりフォークで召し上がるんですねお嬢様……。


 紅茶とお菓子を頂きながら、俺は目の前のお嬢様の食事風景を眺めた。すぐに麺を食べ切り、スープを――一気に全部飲む。かわいい顔して食べっぷりは気持ちいい。そのギャップに萌え――いやいや、萌えてる場合じゃない!


「あの、じゃあそろそろチャーシューメンの代金を――」


「(じーっ、と空の容器を見つめる)」


 ん? お嬢様、ラーメンの容器を見つめてどうしたんだ。まだ中に何か残って――


「あむっ」


    (ミース、ラーメンの容器にかじりつく)


「いっ!? お、お嬢様っ?」


「(口を離して)はい?」


「あの、何をされてるので?」


「お皿を食べようとしているのですわ」


「そのお皿はプラスチックだから、食べ物ではないんですけど」


「でもここでプラスチックを消化しなければ、現在世界中で問題になっているマイクロプラスチックが海に放出されてしまうわ。地球のためにもここで食べてしまった方がよろしいでしょう?」


「は?」


    (ミース、かまわず噛みちぎり始める)


「いやいやいやお嬢様! ストップ! ストーーップ!」


「ほうかはれまひたか(どうかされましたか)?」


「それは食べれませんから!」


「はふぇられまふわよ、ほあ(食べられますわよ、ほら)」


    (ミース、次々に皿を食べ進める)


 へ……?


 嘘だろ……この子、何の疑いも無しにプラスチック食べてる……。


 何がどうなってるんだ……? 俺、幻覚でも見てるのか……?


「(青ざめて)あ、あの、それ美味しいですか」


「(飲み込んでから)はい。ちぎりやすく柔らかい食感がクセになりそうですわ」


「(青ざめて)あ、あはは。それはよかった。ははははは。ははははは――」


 いやしっかりしろ俺! 話を合わせてる場合じゃない! 明らかにおかしいだろ! こんなの現実じゃあり得ない――


 はっ!? そうか、これは夢なんだ! どうりで最初から現実味がないと思った。こんな豪華な屋敷に住んでる人がラーメンなんか頼むわけがないし、そもそもこんな屋敷自体存在するわけない! その証拠に頬をつねればほら――イダっ!


 痛い……痛いよう……。なんだよこれ。なんなんだよ。いったい何が起こってるんだよ……。だめだ、いますぐここを出ないと頭がおかしくなりそうだ。


「ボンボンはいかが?」


「うわっ!? いつのまに俺の横にっ?」


「ボンボンはいかが?」


「ぼ、ボンボン?」


「あめ玉ですのよ。いかが?」


 なぜ唐突にあめ玉を勧めてくる……そして大量のあめ玉が入ったカゴが目の前に……。


 いや、しっかり考えろ。このままこのあめを受け取って「うん、結構なお味ですね」とか言ってる場合じゃない。この夢から覚めるためには、いますぐこの屋敷から逃げないと。丁重に断るんだ。


「あー、あの、お気遣いは大変うれしいのですが、そろそろ次の予定があるのでここで失礼しようかなーと」


「失礼」


「はい。失礼、しようかな、と……」


「(目の光が無くなり)反抗姿勢、確認。標的座標0.278・1.582。武装ロック解除。こめかみバルカン、レディ――」


「えっ?」


「(発砲音)ババババババババババッ!!」


「うわわわわわわわわわっ!?」











 穴だらけの絨毯。立ち上る硝煙の臭い。


 たったいま起きた出来事に、俺は自分の理解が追いつかなかった。


 彼女の目から急に光が無くなったかと思うと、こめかみから極小サイズの銃砲(じゅうほう)がスライドし、俺の足元目がけてバルカンのように銃弾が放たれた。


 ――銃弾? そんなもの、俺は今までゲームの中でしか見たことがない。そのゲームの中の光景が今、俺の目の前で起きた。


 現実が信じられず、尻もちをついたまま思考停止に陥る俺のもとへ、優しい笑みをたたえた彼女がゆっくりと近づいてくる。


 目の光をとり戻し、首をかしげながら、彼女は小さく控えめな唇をそっと開いた。


「ボンボンはいかが?」


「いただきます!!! いただかせていただきます!!!!!! あむっ! うん、結構なお味ですね!」


「まあうれしい。全部食べていただいてかまいませんのよ」


「はいっ!(涙)」


 武力行使だ……。


 「お嬢様だからちょっと世間ずれしてるのかな?」とかいうレベルじゃない。逃げよう。それしかない。逃げるしかない! でもこめかみからバルカンを撃ってくるような相手にどうすれば――ああ自分で言ってて頭がおかしくなりそうだ……!


「あら、どうされましたの。急にフラフラと危うい足取りになられて」


「あ、あの、そろそろ次の仕事の時間が迫っているので……」


「もうお帰りになるの? でもボンボンが――」


「えと、ちょっとその量をすぐ食べるのは無理」


「反抗姿勢、確」


「あああ! と、とてもおいしかったので、家族や友達にも配ろうかなー、なんて……ははは」


「まあそうなの? では何かにお包みいたしますわ」


「いい! そこまでしてもらわなくても! こっちで適当に包むんで!」


「あら、遠慮なさらなくていいのよ」


「いや、本当に大丈夫なんで! 飴全部もらっていきますね! じゃあ、ばいなら!!」


    (御堂、ダッシュでその場から駆け出す)


「いけない、お待ちになって。お代がまだ――」


「お代なんか気にしてられるかー! 俺はここから全力で逃げ出さないとあの子に殺される! うおおおおおおお!!」


    (御堂、一気にミースの視界から消える)


「ああ、行ってしまわれたわ。しかたないわね。ロケットパンチにくくりつけてお渡ししましょう」


    (御堂、屋敷を飛び出して柵まで走る)


「はあっ、はあっ……。よ、よし、あいつはまだ二階の窓にいる。追ってこないな。ここまでくればもう大丈夫――」


    (ひゅんっ、となにかが飛んでくる音)


「えっ、何か飛んできて――ごふぁあっっっ!?」


    (お嬢様の放ったロケットパンチが御堂の顔面を直撃し、御堂ぶっ倒れる)

    (御堂の前に肘から先のお嬢様の手が落ちる)


「なんで……腕が飛んで……くるんだ……。あ、手紙……」


『御堂様。チャーシューメン、ごちそうさまでした。こちらがお代です♪』


「かわいい丸文字――(ガクッ)」


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