第4話
「どうか私と一緒に世界の危機を救っていただけませんでしょうか⁉」
開口一番の言葉とともに私は迷いのない土下座を敢行した。
自分でも淀みのない美しい神フォームだったと思う。硬い床へ額をめりこませんばかりの勢いだった。
場所は無数の並行世界の間に存在するスキマ世界。神達のオフィスがある場所のちょうど隅っこに私達はいた。
「……突然また呼び出して、なんなん?」
頭上からは聞き慣れた冷たい声。顔をあげるとそこには青筋をたてた幼い顔立ちの少女がいた。
以前見たことのあるキャミソールとショートパンツの組み合わせだ。手にはカップアイスを持ち、まさに今から食べようとしていたところだったようで。
「突然のお呼び立て申し訳ございません! 火急の用件のため、大変失礼ながら強制召喚にてお越しいただいた次第でして——」
「それは、ええわ。なんやねん? ていうか強制なのは毎度やん。ていうかさっき帰ったばっかやのになんやねん」
おっしゃる通りで。愛想笑いを浮かべる私だが、目前の此花から向けられる絶対零度の視線に胃がキリキリと痛む。
ともかくと私は説明をはじめる。
突然、超強力な『魔王』が現れ、このままでは全世界が消滅の危機であること。
その『魔王』が『朝桐此花』が変貌してしまった存在であること。
こちらの神達の力ではどうしようもないこと。
「あたしがマオーに? あたしはここにおるんやけど?」
「いえ別のあなたというか、並行世界にたくさんいるあなたが……その、最近のたてつづけの召喚でストレスをためてしまったことで、なっちゃったらしくぅ」
「は?」
「それで、あのー、さっき生き返っちゃったじゃないですか? あの影響で、どうやら別世界のあなたの一人が他の自分をとりこめるようになっちゃったらしくぅ。それで、今回の『魔王』が生まれてしまったらしくてぇ。ついでに言うと、あなたを何度も召喚することになった『魔王』の急激な増加もどうやら元をたどると今回の『魔王』らしくぅ……」
言葉を重ねるごとに此花の表情が激変していくのが間近でわかった。
最初は、はいはいまたか、みたいな呆れの表情。さっきのことがあって微妙に私へのあたりがやわらいでいた気がしたが、それがみるみる般若の如く変わっていったのがわかってしまう。
「待って。それ、つまりなんや? そっちのせいであたしが変になったんをあたしにどうにかせえ言うてんの?」
「申し訳ございません!」
再びの流れるような神土下座スタイルを敢行した。
迷いはない。どうにかしなければ世界が冗談抜きに終わる。ぜんぶ私に丸投げしてきた他の神達には腹はたつが、どうのこうの言っている余裕もない。
「おねがいじまずぅ! だよれるのはあなただけなんでずぅ!」
なので恥も外聞もない。泣き落としでもなんでも手段は選んでいられない。
「ちょ……あんた、良い大人、じゃなくて神様やろ? 鼻水たらして泣かんといてや」
朝桐此花。この子はすごんだり、怖い顔はするが根っこは良い子だ。ここまでずっと見てきた私にはわかる。なんだかんだ助けてくれる彼女は本気で泣く私をけしてつきなしたりはしない。
「……わかった」
ほらきたー!
「けど、これが終わったら次はなしやで——ってあんたに言うても仕方ないんか。えらい人に後であわせてもらえんか?」
「はい! はい! なんとかしますぅ!」
ぶんぶんと頭を縦にふる私。思った通りだ! やっぱり此花さんは良い子でした!
「ほんなら、さっさと終わらせて帰ろうか。で、どこ行けばええんや?」
「あ、いや、行くというか、もう来てるというか」
此花の問いかけに私はちょうど今いるスキマ世界のはじっこの方へと指をさす。
いぶかしげに私の指の先を見ていた此花だが、徐々にその眉間にしわがよっていった。
「あれがあたし?」
「はい、あの大きな塊がたくさんの此花さんが集まってできた『魔王』なんです」
真っ黒い大きな塊。そう形容するしかない何かが世界の壁をつきやぶって、私達の前に現れた。
すごい圧迫感に身体が震える。女神としてそれなりに生きてきた私だけど、ここまでの力を持った存在は見たことがない。
「……いや、たしかにストレスたまっとったけど、自分ながらちょっとひくわ」
その圧倒的な存在を前に此花が口にするのはのんきな感想だった。
それは余裕なのかとも思えたが、よく見ると今までにない緊張感をもった表情を浮かべていることに気づく。
これまで瞬く間に『魔王』達を討伐してきた彼女でも、さすがに目の前の存在のすさまじさに圧倒されているのかもしれない。
「……とにかくやるしかないんや。なら、さっさと終わらせよか」
しかし、臆する様子を此花は見せない。なんでもないと肩を回す姿に心強さを覚えながらも、ふとその身体がかすかに震えていることにも気づいてしまった。
怖いんだ。そんなのは当たり前だ。だって、朝桐此花は17歳の女の子なのだから。
あんなわけのわからない圧倒的な存在を前に怖くないわけがない。そして、それが自分の変わってしまった姿なんて言われて、その心中はどんなものなのか。
それを見て思い出す。私にだって女神としての意地はある。たった一人の人間だけにすべてを任せるなんて、恥ずかしいまねはできない。
さっきまで全力で泣き落としにかかっていたなんてことは関係ない。
「わ、私も——」
声をかけようとした時だった。
——どうせなんもない——。
不意に声が聞こえた。
どこから聞こえたのか、私達のいる世界すべてに響くような暗い声。
その発生源が目の前にある巨大な塊であることはすぐにわかった。
——誰もあたしのことなんて見てない。誰も気にしてない。どうせ陰キャでコミュ障のあたしを好きになってくれる相手なんておらへん——。
暗い声だ。それは一人の少女が心の奥底に押し込めていたものなんだろうか。
——超能力なんてあっても気味悪がられるだけ。なんの得もない。わけのわからん世界に何度も呼び出されて、無理矢理後始末みたいな役目を押しつけられるだけや——。
その言葉に申し訳なくなる。ただ帰りたいと思っているだけと考えていた。けど、私が思う以上にその力のためだけに召喚されるというのは朝桐此花という少女を傷つけていたのかもしれない。
——友達なんてできないし、彼氏なんてもってのほかや。弟はずっとあたしと仲良くしてくれてるけど、最近仲良い女の子いるっているし。あ〜、弟とつきあえたらな〜、お姉ちゃん幸せなんやけどな〜——。
ん?
——は〜、うちの弟ほんまにかわいいからなぁ。ちっちゃい頃もええけど、大きくなった今もかっこよなってええしなぁ。は〜、弟となぁ、ずっとおれたらなぁ。でもなぁ、そのうち彼女作ってでてくやろしなぁ——。
隣の此花に顔を向けてみる。
すごい顔をそらされていた。後頭部しか見えないけど、耳が真っ赤になっているのでどんな顔をしているかはわかってしまう。
——ほんまになぁ、弟とずっと一緒にいられへんとかほんまクソやわぁ。こんなん世界とかイヤやわぁ。だから、ちょっと壊してまおかぁ。は〜、弟かわいい——。
「え……と、愛情は……人それぞれですから」
「やめぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇええぇぇ!」
結果からいえば全世界消滅の危機は回避された。
集合した別世界の自分達の集合体がたれ流す思念を前に、私のかけた言葉が最後のトリガーとなったらしい。
つきあげられた此花の拳からうちあげられる一筋の閃光。それはまっすぐに世界を破滅に導こうとしていた塊へと伸びていき、あっさりと消し去ってしまった。
自分の願望をさらけだされてしまった少女の羞恥が皆を救ったのだった。
どこかから歓声があがった。他の神も迫っていた危機が回避されたことをすぐに知ったらしい。
だが、まだだ。まだ終わっていない。
私は一度、大きく息を吐く。
全世界の危機は回避できたけれど、もうひとつ仕事が残っていた。
直後、轟音と神々の悲鳴が聞こえてくる。
「帰るぅ! はよ帰るぅ!」
そして、顔を真っ赤にして暴れまわりはじめた少女を止めるために走り出した。
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