第3話

「えーとぉ、ですね……貴方はどうやら喉にタピオカをつまらせてしまったらしく——要は窒息死しちゃったんですね」


 手元の資料に目を通しながら、今回の状況にいたった経緯を説明する。

 全身には嫌な冷や汗がにじみ、声も少し震えてしまっていたのは気のせいじゃない。


「……あたし、死んでもうたってこと?」


 その原因である少女は今回も鋭い眼光をぶつけてきている。しかも、今回は直の対面なのだから、私の胃はキューンとこれでもかとしめつけられていた。


「は、はい、それでここは、亡くなった方の次の転生先への斡旋所みたいな所でしてぇ——」


 ちょっと人手足りないから行ってきて。今日も今日とて上司からの唐突な指示に従いながらやってきた転生管理部門。他部署だから慣れない業務を四苦八苦しながらなんとかこなしていたわけだけど……。


「……イヤや」


 まさか、ここでこの子に出くわすとは思わなかった。


「死んでもうたなんてイヤやぁ! しかも、そんななっさけない死に方とかぁ!」


 何人目かの斡旋を終えて、次の方どうぞ〜、と呼んで現れたのはなんと朝桐此花だった。

 見慣れてしまった幼い顔立ちに一瞬、目を疑ってしまった。

 けれど間違いない。私に向けられるどぎつい眼光、それにより起こされる胃痛が目の前の少女が本物なのだと告げていた。


 いやでも、まさかこんなタイミング、しかもこんな場所で対面するとは思ってなかったわけで。

 ちょっと薄暗い面談空間——雰囲気を出すためにそうしているらしい——に置かれた椅子にすわって向かいあう私と此花。今回も勝手に召喚ばれたと思っていたらしい此花に、私は先制攻撃とばかりに口早に説明を開始した。


 だって、そうしないと私の命が危険っぽかった。

 そうして初めはけわしい表情を浮かべていた此花だったが、私の必死の説明に徐々に様子が変わっていき、


「イヤや〜! そんなんイヤや〜!」


 気づけばわんわんと泣きじゃくり始めていた。

 神様なんやろ、なんとか生き返らせてや! なんて言ってくるかと思えば意外な反応だった。

 

「おどう、さんにも……おがあざんにも、会えへんのか? おどうととも遊べんのか? イヤや〜!」


 あふれる涙をぬぐうこともせず此花は泣き声をあげる。

 ……別に意外でもなんでもないか。だって、この子はまだ17歳の女の子。突然、死んでしまったと言われたらこうなるのは不思議なんかじゃない。

 どんなに強い力を持っていても、そんなものは関係ないんだ。

 そう考えると私の中にあった此花への印象がだいぶ変わったような気がした。


「じがもタピオガづまらせでどかぁ、イヤや〜!」


 まぁ、うん、それは、うん。

 ともかくと泣きつづける此花を落ち着けようと私はその側に近づいた。


「此花。朝桐此花。今は泣きなさい。我慢することはありません」


 抱きよせた背中をぽんぽんと叩いてみる。抵抗せずに腕の中におさまった此花の姿はやはりどこにでもいる少女のものだった。

 

「転生……ってどないなるん?」


 しばらくして少し落ち着いたのか、上目がちに此花がたずねてくる。

 涙目のその顔に不覚にもときめいてしまった。幼い顔立ちなせいか、そんな表情をされると母性をくすぐられてしまう。


「そうですね……基本的には希望を聞いて、どこの世界に行くのかとかを決めていくんですが——」


「イヤやぁ……今のとこが一番なんやぁ、別のとこなんて行きたないぃ」


 私が答えるとまたも此花は泣きはじめてしまう。

 うーん……困った。ここに来る魂みんなさっくり転生受け入れるから、こう拒まれるとどうしていいのやら。

 生まれて長い女神だけど子育ての経験もないので、こういった時の対処法も思いつかない。


「……死んでもたあたしの身体……今どないなっとるん?」


「貴方の身体ですか? えーと、今はまだ部屋のベッドで寝てますね。誰にも見つかってないみたいです」


 手元の資料やらを見ながら答える。改めて見ると17歳の女の子の最後としては、これはちょっと嫌だろう。

 寝転びながら飲んだタピオカジュースのタピオカ喉につまらせるとか。口には出さないけど、ちょっと恥ずかしいが過ぎる。


「部屋? まだ部屋におるん?」


「ええ。どうやら貴方の場合、ここに来るのが早かったみたいで」


 と聞かれたことに答えていた私は、それまで泣きべそをかいていた此花の様子が変わったことに気づく。

 そして、直感。嫌なやつだ。


「それをはやく言わんかい!」


 腕の中からの叫びと私の身体が吹き飛ばされたのは同時だった。

 視界が回転し、すわっていた椅子へとダイブさせられる。こ、腰が、腰にダイレクトにぃ!


「まだ身体が残ってるなら戻れる! 帰れる!」


 床に直撃した腰の痛みにもだえる私など意に介さない此花の声が聞こえてきた。


「か、帰れるって……貴方、死んだんですよ? タピオカ喉につまらせて」


「言わんでええわ! 小さい頃にふざけて幽体離脱した時の要領や……できんことはない!」


 ……えぇ。

 さっきまでのしおらしい態度はどこへやら。此花は胸の前で両手を合掌するポーズになるとなにやら真剣な表情で集中しはじめる。

 すると突然、此花を中心に渦のようなものが巻き起こり始めた。


「ちょ、ちょっ! 無茶はやめて! いろいろ壊すと私が怒られるんですよぉ!」


 薄暗い空間で見えづらいけど、今いる場所にはいろいろと端末だったりが置かれていたりする。それらが此花の起こす渦に引きずられ、きしむ音をだしているものだから気が気ではない。

 しかし、私の悲鳴は此花には聞こえていない様子。両目を閉じて無言で集中したままだ。


「帰れる……絶対帰れる……帰ってみんなに会うんや。弟と遊ぶんや。映画行くって約束してるんや」


 そのつぶやきには必死さがにじみでている。

 そんなに、そんなに今の家族の元に帰りたいのだろうか。


「あたしがいなかったら弟はあかんのや。死んだとかなったら落ちこんでまう。心配や。はよ帰らな。姉ちゃんの元気の姿見せなあかん。帰るで、姉ちゃん帰るで」


 ……なんだか弟にだけ愛情深くない? それはともかく!

 此花の起こす渦の勢いが増しはじめる。私は吹き飛ばされないよう、なんとか床にしがみつくので精一杯だ。

 心配していた端末のみなさんはとうに飛ばされて、けれどそっちを気にしている余裕なんかはない。


「見つけた!」


 一際大きな此花の声が聞こえたかと思った瞬間、吹き荒れていた渦が消える。浮き上がっていた私の身体が床にたたきつけられて、へぶっ、と情けない声が口から出てしまった。

 

 痛みにうめきつつも顔をあげると、そこにはすでに此花の姿はどこにもなかった。


「……本当に帰った?」


 つぶやきながらも私は確信していた。そんなバカなとも思うけど、朝桐此花は死んだはずの元の身体へと帰ったんだ。


「……はは」


 思わずもれた笑いは引き気味で、たぶん私の口は引きつり気味だったはずだ。

 規格外だとは思っていたけど、まさかここまでとは。そんなことを考えながらも、なぜだか私の中には此花への悪い印象はわいてはこなかった。

 

 不意に呼び出し音が鳴る。内線の音だ。多分、さっきまでの騒ぎが外にまで聞こえていたんだろう。


「どこだ、どこだ、こんな暗いと探しにくい、あった」


 薄暗い中でなんとか呼び出し音を鳴らし続ける受話器を見つけ出す。無線タイプのそれはスタンドから抜き取ると自動で通話状態へと切り替わった。


「はい、13面談所ですぅ。すいません、実は——」


 ここは正直に言うのが得策と先に説明しようとした私だったのだが、


「え、別件? はい、はい……はい? え? はい、今さっき帰って……」


 受話器から聞かされた予想外な言葉に私は驚くことしかできなった。


「は? 朝桐此花が『魔王』になって全世界が消滅の危機?」

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