第2話

「さ〜て、今日の世界はどこですか〜?」


 あの上司〜今日も無茶ぶりしやがって〜定時間近に欠員出たぶんの監視しろとか〜ふざけろ〜。


 心の中だけで歌の続きをくちずさみながら、指定された世界の映像をモニター上に表示する。さてさて今回もどこかの城の中からスタートのようだ。

 異世界とはいっても にかよったところが多いから、だいたいは見慣れた光景である。


「それで、呼ばれた貴方はだれ——」


 そして、光輝く召喚陣から現れた姿を目にした瞬間、私は迷わず内線にコールした。神様でも内線くらいは使う。テレパシーで会話なんて疲れるし時代遅れだ。


「あ、私です。あの、指示された世界の監視始めたんですけど——え? 問題? そうですよ。前に私が禁止リストに入れた対象が召喚されてるんですけど……え? 選定の人手が足りない? 急に『魔王』の発生数が増加したからって、だからって……たしかにあの子はすごい強かったですけど、あ、ちょ——!」


 あんのクソ上司〜!


 この行き場をなくした憤りをどこにぶつけよう? そうだ、あの上司の残った毛根がなくなるように願っておこう。

 それはともかくとモニターに視線を戻す。

 

 恐る恐ると目を向けたそこにいたのは意外にも呆然とした表情だった。

 たぶんお風呂あがりだったのかもしれない。キャミソールとショートパンツの格好に手には食べかけのアイス棒。床に尻餅をついているのはたぶんソファにすわっていたからかも。そして、のばされた手はなにかをつかもうとしていたのか。


 きょとんとした顔は以前とは異なり、彼女がそれなりに愛らしい外見の少女であることを思い出させてくれた——が!


『お、おま——』


 その表情がみるみる内に変わっていく。

 元からつりがちな目尻がどんどん上がっていったのがモニター越しでもすぐにわかった。


「あ、あのー、すいません!」


 この後の展開を予測できていた私はアナウンス用のマイクスイッチを即オンにした。


『これは神の——』


「すいません! ちょっと今、そのくだりやってる暇ないんで!」


 王様らしき人は、あ、はい、と引き下がってくれた。


「此花さーん、朝桐此花さーん、あの、まずは話! 話を聞いていただけますかぁ⁉」


 とにもかくにも会話を試みようと声をかける。立ち上がった此花の顔にあるのはその幼い顔立ちにはにつかわしくない殺意マシマシの表情だ。

 

『……その声、聞き覚えあるな。前の時の神様?』


「あ、そうです! 覚えていただいていて光栄ですぅ!」


 意外にも覚えてもらえていたらしい。けど、うれしさよりも今は不安で押しつぶされそうです。

 だって、こっち見てくる目が前以上に怖い!


『どうなっとるん? また急に呼び出して? こっちは風呂上がりにくつろいでたんや。毎週見てたアニメの最終回見ながら、もうラスト間近やったんやで?』


 あ〜、それは〜。


『あんた、どう思う? そんな時にいきなり呼び出されたら?』


 嫌だな〜。それは毛根を死滅させたくなるな。


「お気持ちはわかるんですが……その、ちょっと、こちらにも事情がありましてぇ、お力を借りれればとぉ」


『それってあたしに関係ないやん? そっちの都合やろ?』

 

 ぐうの音もでない正論。なんだけど、呼んじゃったからにはどうしようもない。


『はぁ……わかったわ。今回だけやで』


「え、良いんですか⁉」


『どうせやらな帰れんのやろ? あんたに言うたって仕方ないのは前にわかっとるし』


 意外にも素直に受け入れてくれる此花の胸をなでおろしながらも、ぐさりとその言葉が突きささる。

 なんだかんだ悪い子じゃなさそうなんだけど……一言多い。


『すぐ終わらせるから、ちゃんと元の場所に戻してや』


「はい! それはもちろん! あ、そうだ、ところで初デートはどうだったんですか?」


 つい気を抜いてつけたしてしまった一言だったが、私はそれを口にしたことを即後悔した。


『……勘違いやった』


 ぼそっとつぶやきうつむく此花からどす黒いオーラが立ち上り始める。


『はっきりは言わんかったけど、ずっと顔ひきつっとったし。デート思うてたんはこっちだけやったんや』


 あの選定担当、ちゃんとデートには行ったらしいけどそれはダメでしょ。前回のこともあるし、所属部署にクレームいれとこ。

 それはともかく話題をすぐに変えなければ!


「あ、そうなん、ですねぇ……だ、大丈夫ですよ! 次! 次見ていきましょ!」


 自分でも苦しい言い訳だとはわかっているけど、どうにかしないとあっちの人達みんな圧壊されちゃう!


『……まぁ、ええねん。その後、弟になぐさめてもろたし、気にしてへん』


 そう言う此花の様子はただの少女のものでしかない。周囲にうずまく荒れ狂うオーラがなければだけども!

 けれど不意にそのオーラが消えてなくなる。同時に巻きこまれていた人々が解放され、安堵の表情を浮かべていた。


「さ、さぁ! アニメの続きが待ってますよ!」


 ともかく背中を押そうと声をかける。無理くりの自覚はあり過ぎるくらいにある。

 はぁ、とテンションだだ下がりの様子を此花は隠さない。気怠そうにその超能力で開けた城の壁から外に飛び出していった。


「……破損分はまた別途連絡あるのでよろしく、人の子ら」


 もう女神の威厳とか保つ気力もない声でアナウンスだけしておいた。


 その後はまぁ……前回と同じ。此花の超強力な超能力——超がかぶってしまった——で瞬く間に魔王達の軍勢は壊滅させられていった。

 命は奪わないけど一生もののトラウマ植え付けるのも同じ。


『ほんならな。もう勝手に呼ばんといてや』


 2度目のリアルタイムアタックを完遂した此花はそう言い残して帰還していった。

 見届けた後、私はもう一度、『召喚禁止リスト』に此花の名前を追加した。

 直感だった。もう召喚んだらアカン。



 けれど私の願いははかなくも散ることになる。



『——って言ったはずやけど……なんでまたこうなってんねん?』


 口の端をひくつかせる此花がモニター越しに殺意マシマシの視線をあびせてくる。

 胃が……胃が……女神……胃に穴が開いちゃう。



 朝桐此花はそれはそれは強力な超能力者だった。

 召喚の度、彼女は瞬く間に『魔王』達を制圧していく。

 いくつも世界が救われて、その度に此花のストレスは激増し、私の胃痛は増していった。


「あ、例の子、君が専属するのが良いでしょ? だからシフトもそんな感じにしといたから」


 明るく告げてきた上司の毛根の死滅を心の底から願った。

 最初は文句を言っていた此花だが、召喚が数回続いた後には何も言わなくなっていた。

 その内心はわからないけど、はやく帰りたいというオーラをまき散らしているのだけはすぐにわかる。

 召喚された瞬間に無言で飛び立ち(城の壁を破壊しながら)、即討伐。私との会話もほぼない状態となっていたけど、むしろ何も言わないから怖い。

 

 女神知ってるよ! 無言になった時が一番やばいって!


 そんな胃痛と不安に私は立ち向かいながらも、ひとまず何事もないことに安心もしていた。

 ただ心の奥底ではわかってもいた。このまま何事もなく終わるはずがないということを。

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