朝桐此花は帰りたい。 〜絶対帰りたい超能力無双少女と異世界管理の女神さま〜

なしの

第1話

『異世界からの使者よ! よくぞ参られた!』


 荘厳そうごん な石造りの広間に声が響く。

 複雑な模様を描く召喚陣がまばゆい光を放ち、城の一角にある空間を照らしていた。

 光放つ召喚陣の中央には一人の少女の姿がある。そして、その姿に幾人もの歓声があがった。

 その声を制し、王である男性が一歩進みでる。


『我らが希望よ、暗黒に包まれようとしているこの世界を——へぼぉっ⁉』


 威厳を宿した声で語りかける王は——一瞬の後、きりもみ飛行をして吹き飛んでいった。

 たくわえた立派な髭をなびかせながら、綺麗な弧を描いていく。


 みんな、何が起こったのかわからない顔をしていた。ただただ頭上を飛んでいった王様を目で追うしかできない。そして、着陸。どしゃっと痛そうな音がした。

 そして、モニタ越しの私は盛大に飲んでいたお茶を吹きだす。

 あ、やば! 支給されたばかりのモニターが!


『おまえらぁ! ここ、どこやねん⁉』


 訳のわからない状況に突然の怒声。それは召喚陣の中央にいる少女からのものだ。

 今は光を放つことをやめたそこにいたのはそれはそれはすさまじい形相。短い髪の下にあるつり目がちの瞳がこれでもかとさらにつりあがっている。

 周囲から思わず、ひぃ、と悲鳴がもれるくらいだ。


 同じ声を出してしまったモニター越しの私は絶賛不測の事態に動揺しまくりである。

 異世界管理の部署にまわされて長い女神だけど……いきなり王様を投げ飛ばすタイプは初めてだよ。


『とっとと家帰せぇ!』


 あ、まずいまずい! 周りでかたまってた人達にせまりはじめてる。えぇ、どうする? と、とりあえず、声かける? でも、なんて言えば……と、とにかく資料、資料!

 混乱する脳内を落ち着けながら、なんとかモニターに今回の召喚者の資料を表示した。

 えぇっと……朝桐此花あさきりこのは……17歳……17! 見た目、12歳くらいに思える。日本の関西出身で父、母、2つ下の弟との4人家族。家族以外との会話は苦手……本当に? 身体能力、知能は平均。

 表示された情報にすばやく目を通していく。


『落ち、落ち着いてくださ——!』


『はよ帰せぇ!』


 その間にも耳につけたイヤホンからは罵声やら悲鳴やらが鳴り響いてくる。あ、焦る……!


 それにしても、今のところ今回の召喚者・朝桐此花が対象に選ばれた理由がわからない。

 無数に存在する平行世界。そのひとつひとつに生まれる『魔王』に対処するため、別の世界から力を持った人間を移動させて解決させる『異世界召喚』がはじまって幾星霜。そんな『異世界召喚』の管理を担う部署配属になって長い私の目には今回の召喚者にはまだ特別なところは見当たらない。


 というか普通の子だ。見た目少し……かなり幼いけど、日本のどこにでもいる普通の女の子に見える。たぶん自宅でくつろいでいたのか、着ているのは部屋着らしいスウェットの上下で今いる石造りの空間内ではとてもアンバランスに思えた。


『さっさと帰せー!』


 それが今はおさえようとする人々の手をはねのけ、縦横無尽に暴れ回っている。ていうか……今気づいたけど、あの子、ふれずに周りの人投げ飛ばしてない?

 もう一度、朝桐此花の情報に視線を戻す。そして、まだ目にしていなかった備考の欄で視線が止まった。


 ——生まれつきの超能力を有する。かなり強い——。


 そんな一文だった。なんだよ、かなり強いって。適当に書くなって選定担当に言っておこう。


 ——やる気でると思って、デートの約束とりつけて起きました!(笑)——。


 (笑)じゃないよ! 誰だよ、この担当!


 内心の怒りをおさえながらも、ともかく今回の異世界を映し出すモニターに視線を戻した。

 そこでは絶賛大乱闘が繰り広げられている。

 まずはこの混乱をおさめないと!


「あー、あー、んっんん……迷える人の子らよ」

 

『こ、これは! 神よりの言葉である! 皆の者、平伏せよ!』


 アナウンス用のマイクを通して異世界に流れる私の声に、それまで気絶して倒れていた王様ががばっと起き上がり声を張りあげる。その声に従い、それまで大騒ぎだった広間にいる人々すべてがいっせいに膝をつきいた。


 みんなが頭を下げている光景は異世界管理の仕事をしている中でちょっとした快感の瞬間だったりする。けして日々のストレスのはけ口というわけじゃない。

 そんな中、突然静まりかえった空間で一人、訳がわからないと立ったままの此花。これでもかと眉間にしわが寄りまくっている。


「人の子らよ、そして召喚されし異世界からの使者よ。心を惑わすことなかれ。共に手を取り合い、世界を破壊せんとする『魔王』を打ち倒すのです」


 それっぽいこと言いつつも内心はバクバクである。だって、あの子、めっちゃこっちにらんでるんだもん!

 見えてるはずはないと思うけど、モニター越しの私と此花の視線はばっちり交差している。

 怖いのでそんな顔でにらまないでほしい。


『お前かぁ……』


 とつぶやきが聞こえてきたかと思えば、


『お前かぁ! あたしをこんなわけのわからん所につれてきたんわぁ!』


 すさまじい怒声と同時に石造りの広間に亀裂が走る。周囲に平伏していた人々が突然、悲鳴をあげながら吹き飛ばされていく。

 ひぇ〜……。


『神様いうたな? ならとっととあたしを家に帰してや!』


「え……あ、えーとー……異世界の者よ、それは無理——」


『無理ぃ?』


 ごうっ、と屋内のはずが此花を中心に突風が巻き起こる。

 ひえぇ〜……。


「しょ、召喚された者はま、魔王を倒さないと戻れないのです」


 なんとか威厳を保ったまま言葉を続けようとするけど、


『はぁ?』


 無理! 怖くて無理! 外見は12歳くらいの可愛い女の子はずなんだけど、つりあがった目と恐ろしいオーラ的なものをまとった雰囲気に心臓が鳴りやみません!


『そんな他所よそのごたごた解決させんのにあたしのこと無理矢理連れてきたんいうんかぁ? こっちは明日、初めてのデートやいうのに!』


 吹き荒れる突風に吹き飛ばされまいと、王様含め床や壁にしがみつく人々。ガラガラと石造りの広間が崩れていく光景に、私の脳内ではアラートが鳴りっぱなしである。


『わかるか? 初デートやで? まともに友達も作ってこれんかったあたしが初デートやで? 明日はどないな服着ていこうってドキドキしながら選んどってん……やのにぃ!』


 キッ、とうつむきだちだった顔を再びあげた視線の先はやっぱりモニター越しの私だ。


「お、落ち着きなさい、落ち着いてください、お願いします」


 とりあえず保とうとしていた威厳はぽいっと投げすてた。だって、この子、めっちゃ顔怖いんだよ!


「え、えーと、と、とりあえず、魔王倒してもらないとぉ、どちらにしても帰れないというかぁ。帰せないというかぁ、そういうシステムでしてぇ」


『はぁ⁉ あんた神様なんやろ! どうにかしてや!』


「いや、みんながみんな私がやってるわけじゃなくてですね? 召喚システムは別部署の担当で……私はあくまでも現地の監視と案内オペレータ的なポジションでしてぇ」


 冷や汗を流しながら見えているはずのない此花に向けて、ひきつった愛想笑いを浮かべてしまう。


『……なんや、お役所みたいやな』


 17歳の女の子の感想としてはどうなのだろう?

 それはともかくちょっと落ち着いてくれたように見える。


『ならそっちの神様とかに言うて、はよ帰してや!』


 あぁ〜、そうきたかぁ。


「いや、その、別部署なので連絡はむずかしくてですね?」


『なんでやの? 同じ神様なんやろ? ちょちょっと連絡すればええやん?』


 それができれば苦労はない。何度、状況に応じてスムーズな関連部署との連携をできるようにしてほしいと相談してみても実際に通ったことはない。

 あの上司はいつもいつも、わかったわかったっててきとーに……いけないいけない。今はそれどころじゃない。


「そのぉ、連絡はできかねましてぇ」


 私の言葉に此花は大きなため息をつく。それは呆れなのか怒りからなのか、ため息つきたいのはこっちです。


『……そのマオーとかいうのをやっつければええんか?』


「はい! そうです!」


 やる気になってくれそうな言葉に思わず明るい声がでてしまう。


『そしたら元の場所に戻れるんやな? デートには遅れんのやな?』


「え? あ〜、え〜、たぶん〜」


『どっちやねん⁉』


「いや、努力はするんですがぁ、1日2日くらいは誤差がでちゃうかもでぇ。そんなすぐには魔王も倒せないでしょうし」


『どれくらいやったら間に合うんや?』


「え? そーですねー、2、3時間以内くらいなら大丈夫かなぁ——」


 とうてい無理だろう時間を私が口にすると、


『ならとっとと行かなあかんやん! こんなとこで道草食ってる場合やない!』


 突然、城壁に衝撃が走る。頑丈なはずの壁はいともたやすくぶち抜かれ、此花が開けた大穴から飛び去っていった。

 その場には衝撃波で吹き飛ばされた王様一同がぼろぼろになりながらも転がっている。幸いみんな無事みたいだった。


「あー、えー、破損分の補填はー、また別で連絡が行くので……人の子らよ、異世界よりの使者は旅立った。彼の者を信じ、待つのです」


 なんとか最後だけでも威厳を見せようとしたけれど、多分無駄なあがきだったと思う。



『よくぞ来た! この最初の砦をまか——ほべぇ!』


『ふはは、我こそは四天王がひと——ほげぇ!』


『奴は四天王でも最弱! 我こそ——あじゃぱぁ!』


『私こそは魔王様の側近——へぶちっ!』


『よくぞここまで来た、異世界の者よ。しかし、魔王たる我の前に——ほんげぇぇえっぇ!』


 特にコメントもないので割愛させてもらうけれども、その後の此花による魔王討伐は歴代最速のものだと思われる。

 異世界攻略リアルタイムアタックをモニター越しに見ていた私は最後には驚くことをやめていた。

 なんかね、もうね、うん、言葉がないよ。

 けど、一言だけ言わせてもらうなら。


 せめてセリフは最後まで聞いてあげて!


『世界征服しようとすんのはええけどな、他所よそ様に迷惑かかるやり方はあかんで?』


 すごい念動力的ななにかでしめあげた魔王をにらみつける此花の顔はそれはそれは怖いものでした。

 いや、魔王、涙目だよ?

 ここまでのみんな、命を奪わずに来たのは一応優しさなんだろうか? けど、たぶん一生消えないトラウマは植えつけられたはず。

 

 そうして今回の『魔王』討伐? は無事完了し、朝桐此花は元の世界へと帰還していった。

 すべてを見届けて、私は一度息を吐く。

 そして、業務用の共有フォルダからひとつのファイルを開いた。


『召喚禁止リスト』


 そんな名前のファイルの中に『朝桐此花』の名前を赤文字でつけたす。


「あ、 今のって僕が見つけてきた召喚者のとこですよね? いやー、あれはなかなかの逸材だとピーンと来たんですよー。しかも、めっちゃはやく終わったっぽいじゃないですか? これは僕、お手柄かも? いや、やる気アップがききましたかね」


 そんな私へ脳天気に話しかけてくる声が一人。どうやら此花を見つけてきた選定担当のようだった。

 私は何も知らないその顔をじっとにらみつけてやる。そして、どうかしましたと聞いてくる声に、なんでもない、とため息をついた。

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