第10話

ひと時の浮遊感のあと俺の見ている景色は変わった。

とはいえ覚えが無い景色というわけでは無い。


天国門の学園側だ。

そこには同じようなタイミングで戻ってきたのか新入生と思しき生徒たちが沢山いる。

皆、同じような表情をしていた―――具体的には、ポカンとした表情だ―――


まぁ致し方ないだろう。

オリエンテーションではダンジョンで死ぬと記憶が抜け落ちるっていう話だったからな。

いざワクワクした気持ちで中に入ったら、つぎに気づいたときには入り口のところで眠った状態から起き上がっている。

自分だったら困惑してしまうだろうな。


「おうおう、ようやく帰ってきたか!」

横から声を掛けられる。声の主は新一だった。

「ああ、そうみたいだな」

いまいち実感が湧かなかった俺はそう返すほかなかった。


「にしてもいまいちわからねえ構造してやがるよな、ここは。

死んだら直ぐに戻されるのかと思ってたが、どうにも死に戻りにもタイムラグがある視てえだしよ」

「そうなのか?」


「ああ。ここに戻ってから、戻ってきた連中の話を聞いてたんだが、先に死んだ奴はずの奴が後に戻ってきてるパターンがあるらしい・・・

ああ、『はず』ってのは記憶がねえから自信が持てないんだとよ」


なるほどな。確か事前情報では天国門で死んだ場合は、ダンジョン内での記憶を一切喪失した状態で戻るんだったな。

それからそこで得た経験値とかもだ。

だからこそ低階層で無理をせずに1体でも倒してから一度戻ってセーブを使うことによって自身の強化につながる・・・だったか?


「なんとなく、痛い思いをしたような気持ちが残ってはいるんだが・・・覚えてないからわからんな!ハッハッハ!!!」

それはそうだろう。新一を含め香澄も詩織も3人全員が心臓を抉り取られていたのだから。

俺だけを除いて。


「それじゃあ寮に戻るとするか」

「はーい」

「はい」

いつの間にか香澄と詩織も合流していたようだ。


しかし新一は行く先の寮が違うみたいだ。

そのことに聞いてみると

「ああ、俺は今日は香澄の部屋に泊まることになってるんだよ」

「それ・・・いいのか?」


「本当はあまりよくねえ。というか本来はダメなんだが、香澄の許可があれば別なのさ」

「そうか・・・しかしそうなると詩織はどうなる?」


「俺がいない分、ベッドが空くだろう?そっちを使えばいいさ」

「そうか。わかった」




と一応頷きはするがこの時点で新一への信用が一気に下がった。

りおねぇから警告を受けているのだ。


自分が信用できる女子生徒を見つけたとして、自分が女子寮へ行くことは構わないが、

女子生徒を男子寮に入れてはならいない・・・と


これはこの学園の風習が原因で、女子生徒は一種の奴隷のように見られてしまうのが原因だ。

特に男子寮に招かれた女子生徒たちは皆、奴隷のような扱いを受けることになる。

今日一日は詩織をしっかりとガードしなくてはいけない。

いろんな意味で寝不足の夜になりそうだな・・・



そう思いながら俺は詩織と一緒に男子寮に戻った。

寮に入る直前で俺は視覚強化・聴覚強化・身体能力強化を自分自身に施した。

何があっても対応できるようにだ。

そして寮へと入ると男子生徒たちの視線を受ける。

しかし、視線を受けているのは主に俺ではない。


もちろん俺にも一瞬視線を向けられるが、その視線はすぐに詩織に注がれることになる。

歩きながらもその視線を受けていることを感じ取ったのか詩織は、普段から縮こまり気味の姿勢をさらに縮こまらせていた。

そして歩きながらも「今日の御馳走」だとか「どんな味なんだ」とか詩織を完全に獲物として見ている声がそこかしこから聞こえてくる。


大方、俺たちには聞こえてないと思ったのだろうが、お生憎様だな。

聴覚強化をしている俺には全部聞こえてるんだよ・・・下衆どもが・・



部屋にとりあえず無事に辿り着いた俺たちだが、詩織の方がいきなり服を脱ぎだし俺は狼狽してしまう。

「詩織・・・!?」

「そ、その・・・ルームシェアするときはそういう事だってのはわかっているので・・」


相変わらず女の子に覚悟を決めさせてしまう不甲斐ない自分自身に呆れつつもそれを拒否することにした。


「詩織、落ち着け。ダンジョンの中でそれをしたのは目立たないようにするためだ。

みだりやたらと手を出すつもりは俺には無い」

「そう・・・なんですか?」


「ああ、詳しくは言えないが俺にもこの学園での目的があってな。

そのためにあまりに目立つ行為はなるべく避けたい。

だが必要なことであればそれも致し方ないとは思ってはいるがな」

「それってどんな目的か――「悪いが今の段階では詩織を完全に信用できない」――聞いても・・・」


質問の最中にかぶせるようにして伝えたことで少し悲しい顔をされた。

しかしこの選択は何も俺の為だけというわけでは無い。


中途半端な情報だけを彼女に与えれば、彼女はロクに事情も知らず、しかし関係者として狙われる可能性がある。

となればより安全な方法としては、一切情報を与えずに無関係な人間とするか、それとも徹底的に情報をさらけ出して徹底的に巻き込むか。

いずれかだろう。


「えっと・・・それじゃあ私は帰りますね?ここでやることもないなら・・」

「待て今からそれは困る・・・あー、それなら早く言っておけっていう話にもなるんだろうけどな」


「えーと・・・?」

「これも詳しい事情は話せないが、寮に入ってすぐに詩織のことを見て来た先輩たちがいただろ?」


「そうですね・・・正直言って気持ち悪い視線でしたが・・」

「その認識で合ってる。聴力を強化する手段があってな・・・

連中の会話を聞いていたが、詩織を獲物としてしか見てない会話が聞き取れた」


「・・・・・・この学園のことわかってたつもりですけど、ちょっとショックです」

「それでだが、徐々にではあるがこの部屋に近づいてきてる」


「ということはこれから性欲むき出しの男性たちがここに来る・・・と?」

「そういうことだ。俺ならば詩織を守れるだろう。今から出ていけば恐らく捕まって先輩たちの適当な部屋に連れ去られるぞ」


「・・・・確かに早く言ってほしかったです」

「すまん・・・」


「でも守ってくれるっていうなら責任取ってくださいね?」

「ああ、任せろ」


そうして詩織を部屋の奥に移動させて、俺は扉の前に椅子をおいて堂々と待ち構えた。

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