第2話

俺は扉をノックした。


「入れ」


言葉に従いなるべく静かに扉を開ける。

「失礼します」


「まぁ固くならずにまずは座れ」

「はい」


今の俺は中学3年生だ。

そしてまだ進路が決まってない―――いや、決まっていないになっている。

少なくともどの学園にも受験申し込みを出しておらず、それゆえ周りからは「15歳でニート無職かよ」と嘲笑われている状態である。


しかし俺の家は特殊なことを代々生業とした一族だ。

それ故に表立って普通の学園に進学することができない一族の子供でもあった。

その事情により俺は本来住んでいた地元から離れて、わざわざド田舎にある中学に進学した。

当然引っ越してきた時に周囲から「こんなド田舎に都会から越してくるなんて何をしでかしたのか?」と噂されるようになったが、俺にそんな自覚は存在しない。


卒業式を数日後に控えた今日、俺は実家に呼び出されて戻っていた。


「お久しぶりです、父上」

「うむ」


今の世の中ではこんな堅苦しい挨拶を家族間でしている家庭などごく一握りだけだろう。

しかし我が家ではこれが仕来りであり、これを破ると厳しい懲罰が待っているので子供のうちからこの仕来りを叩き込まれることになる。


「今日は、来年度より入学する学園・・・つまりお前の新しい任務について簡単な説明をする」

「はい」


俺自身が任務の最中で何かをしたというよりは、俺の家がそういうことに関与する家であり、これは家からの指示で動いていることでもあった。

俺の家はとても特殊な家であり、ある意味生まれた瞬間に国家機関の一員であり、ある意味この国の暗部とも言える家でもある。

それゆえ、家や国にとって不都合なことがあれば存在そのものを抹消される。


どれくらいの程度で抹消されるのかって?

そもそも人というものが存在することができるのは、役所に登録されている個人情報があるからだ。

その個人情報を照会し、情報があれば例え行方不明者であろうとも『存在するはずの人間がいない』ということで捜索されることになるのだ。


では仮に警察に捜索願が出されたとしようか。

その時に紹介した結果個人情報が無い人物を捜索するだろうか?

否。

するはずがない。

『存在しないはずの人間がいるはずだ』と叫ばれたところで、公式記録に存在しない人物を捜索することはしない。


俺の家において『存在が抹消される』という事案は、単に殺されるだけでは済まない。

役所において登録されていた情報の全てが抹消され、初めからこの世界に存在しなかったことにされるのだ。

ではなぜ最初は存在することになっているのか。

それはある意味国家機関としての所属となっているがゆえに、表立っての活動も無くはない。

しかしその際に情報が一切ないとなると怪しまれるし、無理やりに情報を作り出そうとすればそれだけ齟齬が生じて、それはそれで怪しまれることになる。


情報を消すというのは割と簡単なことではあるが、そもそも情報が無かった存在に『あたかも初めから存在していた』かのような情報を与えるとの言うのは、いろいろと無理難題があることなのだ。

それゆえに一応最初は情報が与えられている。


しかしここで最初の結論へと戻るわけだ。

少しばかり苦労すれば情報など簡単に消すことができる。

それゆえに、なにか家や国にとっての不利益を与えれば俺は一瞬でその存在を消されることになる。

まぁその家の方も、複雑な事情が絡み合う厄介さをはらんではいるのだが、それは現時点では余談だ。



「先にお前の知識を確認しておくが、『異界』については知っているな?」」

「私の認識が間違っていなければ・・ですが。

異界とは自然発生・人為的問わず、何らかの原因によりこの世のありとあらゆる魔の力が凝縮。それにより私たちが普段生活している世界での理が一切通じない世界のことです。

もちろん通じる理も残ったりしますが、逆に通じない理には何をしても通じない世界。

それが異界というものです」

「その通りだ。しっかり勉強していて安心したぞ。我が一族にとってはそれくらいを知っておくのは当たり前のことであるからな」


俺は黙って頷く。


「慢心し醜態をさらすようであれば、お前の一つ上の兄のように、我が家は一切関与しなくなり、そして行方知れずとなる。それを努々忘れるなよ?」

「はい」


確かに父はついていない。兄の行方は確かに一切分かっていない。

といってもどうなったのかは知っている。

兄は家の任務に失敗し、無能の烙印を押されて存在自体を抹消された。

任務に失敗した兄は逃亡を図ったが、国の情報網と家の暗部を敵に回して生き延びられるほど俺の家は甘くない。

やたらと自尊心の強い兄であったが、それゆえ高難度の任務を任され、失敗し、そして消されたわけだ。


「さて鋼よ。本来であればお前はごく普通の生徒として存在し続けていた為、この学園に入学するのは難しい条件となっていた。

しかし今回は国からの依頼となっている。それゆえ、国が管理する学園なだけあってお前をねじ込むことには成功している。

まぁいわば裏口入学というやつだな」


俺は無言で頷く。

知識が正しければあの学園はそのあまりにも特殊な事情故、「いなくなったとしても問題のない者」を選定し入学させていたはずだ。

その条件に俺は当てはまっていない。

俺は良くも悪くも表向きでは普通の学生として暮らしてきた。

故に居なくなっても誰も違和感を覚えないというような条件には合致しない。


しかし今回は国からのオーダーだ。

学園に入学するというからには、それ相応の年齢に見える人物を入学させなければ怪しまれてしまう。

それゆえ、その年齢に該当する俺が抜擢されたのだ。



「今回の国からの指令は簡単だ。

我が国に発生している異界・・・通称ダンジョンについて調査し、沈静化が必要であれば隠密かつ速やかに対処に当たれ。

以上になる」



『ダンジョン』

それは数百年前から徐々に世界中に増えてきた異界の通り名である。

そこからはこの地球上では本来発生しない危険なモンスターが出てきてしまう。

ダンジョン内もそこそこの数が発生しているのだが、問題はそのダンジョンからモンスターが大量に出てきてしまう危険があるのだ。


ダンジョンはそういう・・・本来であれば存在を考えることができない危険なモンスターが住まう場所でもあり、同時にそこには一般的な表の世界では決して入手できないような珍しいアイテムなどを入手することのできる、摩訶不思議な場所である。

それゆえトレジャーハンターのように、ダンジョンへと人員を送り込み、それの確保をダンジョンを有する各国政府は推し進めているわけだ。


「承知いたしました」

「鋼・・・今回の件であるが、既に分家の娘が先に学園に潜入している。

分家という事だけあった基本的にはお前のサポートが目的となる。

また来年にはお前の妹も入学する予定だ」


「ずいぶん大事ですね?」

「仕方あるまい。国が約100年ぶりに調査依頼を出してきたのだ。おそらく何かしらの兆候があるのだろう。

もしアレが表社会に出てしまうことがあれば、それは世の中の崩壊を意味する。

そしてその尻拭いをすることになるのは我が家のはずだ。

ならば危険な芽は小さい時から摘み取っておいた方がいいというわけだ」


「承知いたしました。

となると私の任務は基本的には彼女のサポートを受けて、必要時に事態の鎮静化を図ること。また我ら2人だけで対応が不可能な場合は時間稼ぎを行い、妹が入学してきたときに事態の対処を円滑に行う事・・・

で、よろしいでしょうか?」

「うむ。その通りだ。あの兄と違ってお前が優秀で安心したぞ。お前がこの任務に成功した暁には次期当主の座を強く推薦しておこう」


「ありがとうございます。ご期待に沿えるように努力いたします」

と礼を言いはしたが、本音では・・・


―次期当主などごめんだ。そんなことになるくらいなら戦って死んだ方がマシだ―


である。



しかしこの場でそんなことを言い出した暁には、この場即打ち首の可能性すらある。

故にそんな物騒な言葉は飲み込んだ。


そして俺は学園に向けて旅立つのであった。

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