第3話 デート、ですかね
「ヴィーナ、これなんか良いんじゃないか? 店員に聞いたが……どうやらバッドエンドに近いモノらしい。と言う事は」
「悪役が勝つ物語、と言う事ですね。買いましょう」
私達は二人揃ってそこら中から本を引っ張り出していた。
凄い、凄いぞココは。
いつも使用人達はこんな宝の山から、私が求めていた物を探して来てくれていたのか。
ありがたいし、感謝の気持ちも止まないが。
私はもっと早く、ココに来たかった。
むしろココに住みたい。
そんな事を考えながら次から次へと本を棚から抜き取っていれば。
「お客さん、そんなに引っ張り出されちゃ片付けが大変だよ……もう少し買うモノを選んでから触ってくれんかねえ、一冊一冊だって結構高いんだから」
流石に目に余ったのか、店員の方がため息を溢しながらこちらを見ていた。
確かに、興奮し過ぎてそこら中の本棚がスカスカになっている。
更に荷物置きとしておかれているテーブルには、既に山の様な本が積み上がっているでは無いか。
「すまない、これでも選別しているのだが……些か周りの邪魔になってしまうな。全て買うと決めたモノなので、傷まぬ様梱包して木箱か何かに入れて貰えないだろうか?」
「ぜ、全部買うんですかい? 結構なお値段になりますよ?」
「なに、これでもそこそこ稼いでいる身でな。それに不思議な事に、私が仕事に出ている間何故かほとんど出費が無いんだ。節約し過ぎる妻に、休日くらいは好きな物を買ってやりたいだろう?」
「だ、だって……家に居るだけの身で贅沢なんて出来ませんもの。夫が必死で稼いで来たお金を、無駄になど出来ません……」
とは言っても月一くらいで本は買ってもらっていたし、今こうしてかなりの出費をさせてしまっているのだが。
流石に欲張り過ぎたかと、今手に持っていた本を棚に戻そうとしてみれば。
「ほぉ……悪い令嬢達に囲まれながらも、負けずに女学園を卒業する話か。悪役がたくさん登場して面白そうじゃないか、コレも買おう」
私が戻そうとしていた本をヒョイっと掴み取り、積み上がっている一部にしてしまう旦那様。
い、いいのだろうか。
もうかなりの量になってしまっているのに。
店員の方の声掛けで我に返ったが、流石にコレは買い過ぎだ。
いくら高給取りでも、無限にお金がある訳ではないのだから。
「あ、あの旦那様。そろそろ良いのではないでしょうか? こんなに買って頂いては心苦しいですし、それに……ホラ、店員さんも梱包が大変でしょうから」
どうしたものかと慌てながら、そんな言葉を紡いでみれば。
彼はクスクスと小さく笑いながら、一冊の本を此方に見せた。
「ヴィーナの部屋にあった本の続刊を見つけたぞ? 良いのか?」
「う、うぅぅ……」
欲しい、物凄く読みたい。
でもかなりの量を積んでしまったし、今しがた自分で言っておいてまだ欲しいなんて、とてもじゃないが口が裂けても……。
「それじゃ、コレを最後の一冊と言う事にしよう。これだけあれば、私が居ない間暇になる事もあるまい。退屈すぎて浮気でもされては困るからな」
ニッと意地悪く笑う彼に、不満ですと言わんばかりの顔を向けてから。
「私は浮気など致しません、他の殿方など興味もありませんから」
「ハッハッハ、それは嬉しいな。すまなかった、つまらない冗談だったな。だからそう怒るな、頬を膨らませているとリスみたいで可愛いぞ?」
正しくあろうとする仮面を取り去った旦那様は、何というか良く笑う人だった。
そして、まるで私の事を子供みたいに扱って来る。
嫌では無いが、ちょっとだけ不満。
「こ、梱包始めてしますねぇ。馬車で運ばせるんで、こっちの書類に住所とサインを……ハ、ハハ。羨ましいなチクショウ、いったい何を見せられてるんだ俺は……」
呆れ顔の店員が、一枚の書類を夫に差し出した後に本の梱包作業を始めてしまった。
いつも物凄く丁寧に梱包してくれているので、とても良い店だと言うことは知っていたが。
「いつもありがとうございます。普段は使用人に買って来て頂いているのですが、毎度丁寧に包まれていて。店員の方のご厚意だと聞いていたので、いつかお礼が言いたかったんです。間近で見るとやはり分かるモノですね、とても本がお好きなのでしょう? この梱包を開ける時、凄くワクワクするんです」
一度はお礼を言いたかった、それがやっと叶った。
意地悪な事を言って来た夫を放り出して、店員の方に頭を下げてみれば。
「旦那さん、アンタこの人と絶対離れちゃならねぇ」
「あ、あぁそのつもりだが……どうした?」
「普通の貴族婦人ってのはな……あぁいや、女性の前で語る事じゃねぇか。とにかく、本は家に送っておくから、アンタ等はさっさとデートの続きを楽しみな。奥さんを楽しませるんだろう?」
「そうだな、勘定は……」
「家に届けた時で構わねぇよ。今は大金チラつかせず、奥さんだけ見とけ。その方が、奥さんの為ってもんだ。節約家なら余計にな」
「お、おう? 承知した」
という訳で、お会計はまた後程となってしまった様だ。
良いのだろうか? 夫も困惑している様だし、身分を証明出来るモノとか置いて行った方が担保になるかもしれない。
「あ、あのコレ……ウチの家紋が入ったハンカチです。お金を支払わないままではそちらも不安でしょうから、保険として持っていて下さい。必ずお支払いするので、問題にはならないと思いますが、一応」
そう言ってハンカチを差し出してみれば、彼は静かに姿勢を正しソレを受け取った。
「……旦那、普通の奥様はこういう行動はしない。間違いなく俺達に気を使ったりしない」
「今、何となく分かった」
そんな会話と共に、私達は本屋を後にするのであった。
何やら良く分からない終結となってしまったが、一応は大丈夫な筈?
家紋入りの私物を預けたとなれば、もしも私達がお金を払わないなんて事態は絶対に無くなる。
貴族としての信用問題になるのだから、この取引が無下にされる事は無い。
だからこそ、相手も安心だろうと思ったのだが。
「あ、あの……何か間違ったでしょうか?」
「いや、問題ないさ。ただ本を買っただけなのに、保証を付けてくれたヴィーナに驚いたんだろうね。そうだ、新しいハンカチを買おう。次はそういう小物が揃っている所に行こうじゃないか」
という訳で本屋を後にした私達は、次なる目的地へと向かって歩みを進めるのであった。
お買い物って、結構楽しい。
――――
「見て下さい、このハンカチ。刺繍で猫が描かれています、とても可愛らしいと思うのですが、如何でしょうか?」
「可愛い」
「ではコレにしましょう! あ、でも……悪役令嬢は常に高価な物を身に着けていないとおかしいでしょうか?」
「この前私が読んだ小説では、普段は気難しい令嬢が可愛らしい私物を持っていて、主人公と打ち解けたシーンを見た。だから問題ない」
「そういうのもあるのですね! では、買って来ます!」
そう言いながら、パタパタと走っていく私の妻。
おかしい、何かがおかしい。
今まではこんな事を思う事も無かったし、家に帰ればまさに“貴族”という雰囲気の妻が待っていただけだったのだ。
それこそ人形の様に私を立てる言葉を口にして、それ以外は無駄な事をしない妻。
やる事はきっちりこなし、私も順当な対応をすればコレと言って問題が無い。
そう、思っていたのだが。
「見て下さい旦那様。何やら子供へとプレゼントと勘違いされてしまったらしく、オマケを貰ってしまいました! 猫のハンカチだけではなく、犬のハンカチも半額で頂いてしまいました。良いのでしょうか……あ、でも子供が居ると騙して購入したと考えれば、これも悪役っぽいでしょうか?」
やってやったぜとばかりに、目をキラキラさせながら私を見上げて来るヴィーナ。
どうしよう、可愛い。
今まではお互いに思う所もあり、立場にあった“演技”をして来た訳だが。
そういう柵を取り去ってみれば、彼女は非常に行動的であり、表情豊かだった。
まるで小動物でも見ているかの様な気分になって、思わずその頭に手を置いてしまう程に。
「それはそれは、ウチの奥さんは悪い人だ」
「ですよね!? やりました! これで悪役令嬢に一歩前進です!」
嬉しそうに言葉を残しながら、両手にハンカチを持って喜んでいる。
本来女児向けであろう店に寄ったのに、物凄く気に入ってくれた様だ。
普段で言えば、彼女は無駄遣いをほとんどしない。
多少なり動いている金銭は、多分本の購入金額だったのだろう。
他の購入項目と言えば、決まって従者達の道具なんかを買い替えたりしていただけ。
それすらも、きっちりと書面に残し一目で理解出来る帳簿が残されている程。
「ヴィーナはどっちの方が好きなんだ? 片方は私が使っても良いか? どうせなら夫婦で一緒に使おう」
そう言って覗き込んでみれば、彼女は猫の刺繍が入ったハンカチをおずおずと差し出して来た。
おや、これは意外だ。
てっきり本人が選んだ猫のハンカチを使いたがるかと思ったのに。
「いいのか? ヴィーナが選んだのは猫の方だったろうに」
「だからこそ、旦那様に使って頂きたいなと思いまして。あ、でも犬も好きですよ? 私はあまり身体が大きくありませんので、大型犬だと怖いなって思って……飼うなら猫かなぁと。どちらも好きですが、私が選んだものを使って頂けたら、嬉しいなと……あっ、違いました! 私の選んだ物に不満がありますの!? で、よろしいでしょうか」
何やら顔を真っ赤にしながら、猫の刺繍が入ったハンカチを差し出して来るでは無いか。
なんだ、どうした?
ウチの奥さん、こんなに可愛かったのか?
これで我儘を言っているつもりになっているのだろう。
私も似たようなモノだが、彼女程不器用ではない……と思いたい。
しかしながら、彼女は本気な御様子でプルプルしながら訴えかけてくる。
「おぉ、コレは怖い。では私は猫のハンカチを使わせてもらおうか」
「そうです、旦那様は妻の我儘に振り回されるモノなのです! だから私の選んだハンカチを使ってくださいませ」
ちょっとだけ安心した様子で、彼女は此方にハンカチを手渡して来た。
明らかに女児向け、騎士の宿舎でこんな物を使っていれば笑い種になりそうだが。
だが、俺はこれを使おう。
せっかく妻が選んでくれたモノなのだから。
「ではこちらも我儘を言おう。普段着の類、あまり持っていないだろう? 堅苦しいパーティーに着ていく服ばかり増えて、普段着が少ない様に見える」
「うっ……でも困ってはいませんし」
「ふははは! 私は今強欲な権力者だ! だから妻に着せたい物を着せる事が出来るのだ! 諦めて私の言う通りに着替える事だな!」
「くっ! それでは……仕方ありませんね」
そんな会話を繰り広げ、再び手を繋いで店を出た。
何やらやけに周りに見られていた気がするが、まぁ良い。
次は服屋だ。
とはいえ、俺は女性服を選んだ事など無いので店員頼りになりそうだが。
「ふ、ハハッ。楽しいな、ヴォーナ。“我儘”というのは、非常に楽しい」
「フフッ、確かにそうですね。こんなにいっぱい買い物をしたのは初めてです。自分の為だけに無駄遣いするって、こんな気分なのですね」
「でも、俺好みの服は着てもらうがな?」
「……今日の旦那様は、少々意地悪です」
プクッと頬を膨らませる妻に対して、満面の笑みを返した。
こんな表情、今までは見た事が無かったのだ。
何をやるにしても、何を選ぶにしても少々子供っぽいというか。
今まで全てを我慢して来た影響なのだろう。
今日の彼女は、どこまでも俺の心を揺さぶった。
まるで初めて“恋”というモノをしている気分だ。
彼女を喜ばせたい、もっと色々な表情がみたい。
そんな事を思いながら彼女の手を引き、次の店へと向かうのであった。
あぁ、どうしよう。
服を選ばなくては、どんな服を着てもらおう。
そんな事ばかりを考え、ズンズンと進んで行けば。
「だ、旦那様、少々速いというか……その」
「あぁ、すまない……私の普段の歩調だと歩きづらいな。これくらいなら、大丈夫か?」
「はい、平気です」
ニコッと微笑みを溢す彼女に、間違いなく私は恋をした。
既に結婚していると言うのに、こんな事を言うのはおかしいが。
それでも私は、今この瞬間。
彼女に本気で恋をした気がする。
「あ、でもアレですよ。こういう時は、もっと強い言葉を使わないと!」
「ハッ! そうか、俺は腹黒貴族になるんだったな。であれば、あれだ……グズグズするな! 俺の歩みを遅らせるとは何事か! で、どうだ?」
「良いと思います! では、えっと……あぁこれだから、旦那は私の事を飾りとしか思っていないのね。って、これは台詞にはしていない文でした。心の中で思っていれば良い事柄でしたね、頑張ってそう考えます!」
フンスッと気合いを入れた様子の妻は、私と手を繋ぎながらゆっくりと歩きはじめるのであった。
そうか、これくらいの方が歩きやすいのか。
隣をちょこちょこと歩く妻の姿を見ながら、私達は昼下がりの街中をのんびりと散策するのであった。
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