第4話 心中穏やかではない


 「はぁぁぁ、何でしょうね。何でしょうね、本当に」


 建物の影に隠れながら、お二人を観察する従者数名。

 その先頭に立つ私は、もう何というか……今すぐあの場に行って二人をもっとくっ付けたい気持ちになっていた。

 物理的に。


 「アルターさん……私、後ろから近づいて奥様を押して来て良いですか。なんで手を繋いでるのにちょっと離れてるんですか! あの二人夫婦ですよ!? むしろ腕を組むくらいしても良いのに!」


 「駄目です! 気持ちは分かりますが絶対ダメです!」


 他の皆もモヤモヤしているらしく、口元をモニョモニョと動かしつつ体はムズムズしているかの様に腕を擦っていた。

 だがそうしたくなるのも分かる。

 何で奥様はちょっと距離を置いているのか、旦那様だって相手を引き寄せてしまえば良いのに。

 あろう事か、相手の歩調を伺う様にしてチラチラと視線を送っている。

 更には奥様の方も、相手が視線を向ける度にニコッと微笑みを返しているかの様に顔を向けるのだ。

 後ろからだから表情までは見えないが、それでも分かる。

 だって奥様が顔を上げる度に、旦那様の表情が緩くなり微笑みを返しているのだから。


 「ちがぁぁう! 確かに今までのお二人では考えられない程緩い空気ですが! 違う!」


 「アルターさん落ち着いて下さい! お二人に感づかれてしまいます!」


 お前等もう何年夫婦やって来たんだ!

 パーティー何かに参加する際は、普通に腕を組んで歩いているだろうが!

 思わずそう突っ込みたくなるくらいに余所余所しいというか、初々しいというか。

 しかも旦那様の方もその反応に満足してしまっているらしく、一向に距離が縮まらない。

 という訳で、えらくゆっくりと街中を散策するお二人。

 このままでは我々が悶々とするだけで、本日は面白い物が見られなくなってしまう。

 いや、こういうのは急ぎ過ぎも良くない……って違う、あの二人は夫婦なのだ。

 もはや身体すら合わせた事がある関係だろうに、何故こうなるのか。


 「何かこう……アクシデントの一つでも起きれば、グッと距離が縮まる気がするんですが」


 ぐぬぬっと口元を歪めながらお二人の追跡を続けていれば。


 「ちょっとちょっと、そこの侍女さん達。皆でゾロゾロコソコソ何をしているの?」


 急に背後から声を掛けられてしまった。

 全くこっちは忙しいと言うのに、どこの誰がこの貴重な時間を邪魔しようと言うのか。

 思い切り眉を吊り上げながら、全員揃って後ろから聞えた声の主を睨んでみれば。

 そこには。


 「ちょっとお話を伺ってもよろしいですかな?」


 「あ、はい」


 私達に訝し気な視線を向けている衛兵の姿が。

 これは……ちょっと不味い事になった。


 ――――


 「これなんか良いんじゃないか?」


 「可愛らしいとは思いますが流石に……私もそれほど若くありませんから」


 「いや、十分若いだろう」


 そんな会話をしながら、服を選んでいた。

 旦那様と共に服を選ぶなど、パーティーに参加する際の準備くらいしか記憶に無い。

 そう言う時は主催の意志を汲み取り、夫の品を落さぬ事を最優先にしているので、あまり迷う事は無いのだが。

 今日はそもそもそういうお堅い店ではないので、夫も私も色々と意見を出し合いながらアレコレ選んでいた。

 これもまた今までにない経験ではあるのだが……なんというか、旦那様が勧めていくる服が妙に若いのだ。

 まるで十代の令嬢が好みそうな、少々派手だったり、肩がそのまま出ていたりするワンピースなどなど。

 しかも色合いだって、結構明るい物が多い。


 「ほら、アレです。私達が目指す先は悪役なのです、だったらもう少し暗い色合いを選んだ方がよろしいかと……」


 「ふむ、それもそうか? しかし似合うと思ったのだが……いや待て、悪役令嬢と言えば派手な服を好み、装飾も煌びやかなモノじゃないのか? 真っ黒い服を選んでしまったら、魔女か何かの様になってしまわないか?」


 「ハッ! 確かに! でもどうしましょう、装飾品の類なんてパーティー用の物しか持っていません」


 二人揃って、う~むと首を傾げてしまえば。

 流石に騒がしかったのか、女性の店員の方が此方に寄って来て微笑を浮かべていた。


 「失礼いたします、奥様の普段着でしょうか? 貴族の方でいらっしゃいますよね、どんな用途の服をお探しですか? 本当に普段着、なのであればお好きな物をと言う所ですが。何かしら用途を求めている様に感じられましたので」


 ニコニコしている相手に対し、夫は大きく頷き。


 「妻は無駄遣いをしない質でな、シンプルな服を選ぶ癖がある。なので思い切って可愛らしい服を選ぼうとしているのだが……どうにも好みに合わない様で、困っている」


 何か、凄い事言いだした。

 というかやっぱり狙ってこういう服ばかりを選んでいたのか。


 「今旦那様がお選びになっている服もとてもお似合いになると思いますが……奥様はどう言ったモノがお好きですか? ご迷惑でなければ、私共がお手伝い致しますが」


 「あ、えっと……その。こういうのには疎くてですね……旦那様が選んだ物も可愛らしいとは思うのですが、少々私の年齢だと恥ずかしいのかなぁと……」


 気恥ずかしくなってしまい、指先をモジモジさせながらそんな言葉を返してみれば。

 相手は、凄く満面の笑みを浮かべた。


 「では、端から御試着してみてはいかがでしょう?」


 「は、はいっ!? いえいえいえ、そんな申し訳ないというか……」


 「大丈夫ですよ、奥様。ウチは特別高級店という訳ではありませんから、一度袖を通し確認されてからお決めになって下さいませ」


 そんな訳で、店員に促されるまま試着室へと通された。

 今着ている物がドレスだった為、店員さんまで試着室に足を踏みこみ。


 「では、お手伝い致しますので片っ端から着てみましょうか。こちらのドレスは私が触れても問題ありませんか?」


 「は、はい! 大丈夫なのですが……その。お、お手柔らかに」


 妙にニコニコしている彼女は、手早く私のドレスを脱がし始めるのであった。

 婦人服を販売している場所だと、こういうサービスも普通なのだろうか?


 ――――


 「お、お待たせしました……」


 試着室から恥ずかしそうに顔を覗かせた妻が、おずおずと此方に姿を見せて来た。


 「どうでしょう……やはり私には、少々若すぎる服の様に感じるのですが……」


 顔を赤くしながら、まるで体を隠すかのようにモジモジしている訳だが。

 なんだろう、この可愛らしい生き物は。

 今着て貰っているのは、落ち着いた雰囲気のワンピースドレス。

 しかしながら普段の彼女からは考えられない程には、露出が多い。

 肩はほとんど見えてしまっているし、スカート丈だっていつもよりも短く、スラッとした白い足が見えている。

 こ、これは……。


 「買おう、そうしよう。しかし外を歩く時は何か羽織った方が良いな、うむ。そちらも店員に探して貰おう」


 「即決なのですね……変ではありませんか? あまり肌を見せては品が無いのでは……」


 「もっと見たい」


 「……旦那様?」


 おっと、素が漏れた。

 相手からもジトッとした瞳を向けられてしまったが、ゴホンッと咳払いをしてその場をやり過ごした。


 「他にも色々着てみよう。ホラ、あちらの飾ってあるのなんか良いんじゃないか?」


 「旦那様、あちらは今以上にスカート丈が短いようですが」


 「……試しに、な? 駄目か? ホ、ホラ! あっちにある黒っぽい服も良いじゃないか、あっちならロングスカートだ」


 「言い訳みたいにロングスカートをお勧めされましても……まぁ、試しに着るくらい良いですが。あ、でも凄いんですよ? 最近の物はとても着やすいというか、普段のドレスみたいに周りの手を借りる必要も無いくらい簡単なんです!」


 徐々に今の服にも慣れて来たのか、そんな説明を楽しそうに話し始めるヴィーナ。

 普段は結構堅苦しい……と言ったらアレだが、古風と言えるようなドレスばかりを着ているからな。

 周りの手を借りるのもそうだし、本人も息苦しいだろう。

 だったら誤魔化しの利く内に、かなりの量を買い揃えてしまった方が……なんて、考えていれば。


 「今しがたお話されていた服をお持ちしましたので、奥様はもう一度試着室へお願い致します」


 「あっはい! ありがとうございます」


 妻はパタパタと部屋の奥へと戻っていき、試着室の扉を閉じる際店員がパチッと綺麗なウインクを返して来る。

 はて、何の合図だろうか?

 そんな事を思い、首を傾げていれば。


 「下に着る物も、こちらでおススメしておきますので。旦那様は後のお楽しみにして下さいませ」


 「ブッ!」


 とんでもない事を言い出した店員は、ニコニコと微笑みを浮かべながら扉を閉めてしまう。

 下に着るって、まぁそう言う事なのだろう。

 ヴィーナとは夫婦の立場にあるのだ、詰まる話当然私には“普段見えない所まで見られる”権利はあるのだが。

 何故だろう、今までそんな事を気にした事が無かったのに想像しただけで顔に熱が籠った。

 むしろ以前の“そう言う事”を思い出すと、物凄く恥ずかしくなるのだが。

 しかしながらやはり、あの時の彼女は仮面を被っていたのだろう。

 どこか他人事の様に冷たい瞳で、笑っているのに笑っていない様な表情をしていた気がする。

 だが、今の彼女にはソレが無い。

 この状況のまま、妻をこの手に抱いた時……いったい彼女はどんな反応を見せるのか。

 柄にもなくそんな事を考えてしまえばカッと更に顔面が熱くなり、全身から汗が噴き出して来た。

 ま、不味い。

 これ以上考えるのは止そう。


 「す、座って待つか……」


 誰に対してでもなく言い訳しながら、私は再び試着室の扉が開かれるのを今か今かと待ちわびるのであった。


 ――――


 何故だか色々とおススメされてしまい、本来の目的とは別の物まで購入してしまった。

 旦那様に何を買うかも告げず、お金だけ払わせてしまって様で非常に心苦しくなってしまう所ではあったが。

 彼は特に何かを気にした様子も無く支払を済ませ、私は今しがた購入した一着を身に纏ったまま店を出る運びとなった。

 他にも色々と購入したが、そちらはお家に送ってくれるとの事だったが……。


 「あ、あの。先程の買い物、疑問などは持たれませんでしたか? その、お見せした服以上の請求があったとか……」


 手を繋いでいる彼に恐る恐る声をかけてみれば、前を向いたまましばらく沈黙を保っていた。

 やはり、気が付いていたのだろう。

 それはそうだ、だって相手はかなり上級貴族として生活して来た上に騎士団長なのだ。

 書類仕事もある以上、細かい数字になんて私以上に慣れている筈。

 つまり、私の無駄遣いは既にバレていると考えた方が良さそうだ。

 だったら早い内に説明して、あのお店は悪くないと説明しないと……などと、考えていたのだが。


 「そ、その……そっちも、今後私が見る事は出来るのだろうか? あ、いや決して催促している訳では……ない、が。その、あぁいや、大丈夫だ。店員から諸々説明はされている、問題ない」


 更に顔を逸らした旦那様は、ポツリポツリとそんな台詞を溢したかと思えば、後ろから見ても分かる程に耳が真っ赤になっていた。


 「えぇと、つまり私の無駄遣いを知っている。と言う事でよろしいでしょうか?」


 「俺達は服を買いに来たんだ。それも、なんだ。アレだって立派な服だろう」


 そう言われた瞬間、ボッと此方の顔も暑くなった気がする。

 ただでさえ殿方に購入を知られるのだって恥ずかしいのに、相手は先程購入した代物を見る事を希望している。

 つまりは、“そういう事”なのだろう。

 何を今更恥ずかしがる事があるのかと自分でも思うが、何かが変だ。

 結婚初夜よりも、今の方が緊張している気がする。

 しかも先程の店員さんからおススメされたのは、結構……その、攻めた感じの物だったりする訳で。

 私だって見るだけで「うひゃぁ」とか訳の分からない声を洩らしてしまう程、紐とかヒラヒラした布とか、ベルトが着いていたりと。

 そう言うモノをやけにおススメされてしまったのだ。

 とは言え下品という程ではなく、どれも刺激的ではあるものの美しい見た目をしていたが。

 でも私が着たところで、似合っているのかと言われると……全く自信がない。


 「お、お見せできる様な心身を整えてからなら……はい。今は無理です、すぐに見せろと言われても……」


 「いやいやいや! ここで見せろとは言ってないからな!?」


 流石にそこまで言ったつもりは無いのだが、旦那様も冷静ではないのか慌てて此方を振り返ってきた。

 そしてその顔は見た事も無い程真っ赤で。


 「旦那様も、その様な顔をなさるのですね。ちょっとだけ、新鮮です」


 思わず、笑ってしまった。

 だって今までは険しい顔ばかり見ていたのだ。

 家に帰って来た時でも「あぁ」とか、「そうか」とか。

 ほとんど長く喋らない人だった。

 長文を喋っても事務的な内容ばかりで、私もそれに笑みを張り付けて返していた。

 だというのに、今はどうだろう。

 お互いの趣味を共有し、とても人間らしい部分に触れたからこそ。

 気を遣う事を止めて、素の感情で笑ったり焦ったり。

 私だって自然と笑みを浮かべてしまうくらいに、楽しいと感じていた。


 「ちなみに、心身を整えてとはどういう意味だ? 心構えの方は分かるが……身体とは?」


 「それを女性に言わせますか? 肌を晒す覚悟を少々甘く見ていらっしゃる様ですね、旦那様」


 赤い顔をしながらも呆けた顔をしている彼の脇腹を、ムスッとしながら抓ってみるのであった。

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