第24話 陰謀潜廻増

 ヒュース1より、対象を認識。

 マンションから離れるようだ。前日から比べて約一時間早い。

 距離600メートル。こちらには気付いてない。

 マンションより外出時間が不規則に変化していることを確認。おそらくは対象独自の基準ないしアルゴリズムに原因があると考えられる。

 これらの変化は監視を開始した三日後より確認。信じられないことに、我々の存在を認識していると考えられる。

 現時点でも才能の劣化はないもととしてみられるようだ。むしろ、今日に至るまでその精度は高まり続けている。

 街及び月の光による違和感で存在を知られないよう、ポイントを五箇所用意。

 ここまでしてもまだ安心はできない。対象の天才性は凄まじい。

 ……マンションより離れる姿を確認。

 行動始点監視を一時中断する。

 ヒュース2以下は十分留意しつつ、作戦をこなしてくれ。

 幸運を祈る。

 伽藍遥所有マンション周辺、監視ポイント建造物上階より。





     †††††





 ヒュース3より、対象を視認。

 繁華街西の広場を歩行中。

 距離120メートル。周囲に人影多数、紛れることは容易。

 対象は深夜狩りの相手を探しているものと考えられる。

 本来ならばそう簡単に見つかるはずもないが、対象の捕獲率は八割から九割。驚異的な数値。

 危機の感知による生存有利は勿論、捕食者としての能力も飛び抜けている。

 本日は対象の能力変化を調べる。

 ヒュース2は所定の位置についた。

 人類を超えた才能の成長、我々以外が知らないことが残念だ。

 観測ポイントまで僅か。幸運を祈る。

 対象遠方監視位置より。





     †††††





 ヒュース2より、対象が観測ポイントを通過した。

 距離90メートル強。

 前回は距離40メートル時点で反応が確認されていた。今回は各情報より研ぎ澄まされているらしき感覚がどの程度か、ヒュース2への反応を以て観測する。

 対象は広い通りへと侵入。周囲は未だ人影多数。紛れることは容易だ。

 今日に限って対象は繁華街でも人口密度が高い場所に来たが、それを考慮しても前回同様40メートル前後での反応が予想される。

 全く恐ろしい限りだ。街のゴロツキが逃げられない理由がよくわかる。

 今日の通りにはイベント終わりの影響でかなりの距離まで人が満ちている。接近速度は精度も考え低速とする。

 幸いにも対象は背を向けており、周囲の人間も道の左右に集中している。見失う危険性は低いだろう。

 だが対象が獲物を発見した場合、人気のない場所へと移動することが考えられる。

 自分が獲物にならないように、気を張っておこう。

 対象は通りを真っ直ぐ歩いている。距離80メートル。

 当然だがこちらが捕捉される気配はない。

 ……なんだ? 対象が体を揺らしている。これまで確認されたことのない行動だ。

 間隔と揺れ幅は一定。明らかに意図を持った動きだ。

 距離を詰めてみる。これまでではわからなかったことがわかるかもしれない。

 対象が首の後ろを押さえている。

 こちらはこれまでも確認されている。危険に近い方向から、対象しかわからない刺激を受け取った時の反応だ。

 となれば、獲物を見つけたのかもしれない。

 こうなれば多少強引にでも反応距離を測る。ヒュース3は観測位置を調整してくれ。

 距離70メー……!? 対象が振り向いた!?

 まだ70メートルあるぞ!?

 ヒュース3! こちらが捕捉された兆候は!?

 ……いや、対象が首を回している。

 こちらを捉えきれていないのか、それともブラフか。

 対象が移動を開始。裏路地に入っていく。

 …………今回の作戦はここまでとする。遠距離監視だけを残し、あとは撤収を開始せよ。

 決まっている。

 対象はこれまで、表通りで感知した獲物を探しながら路地に入ったことはない。裏路地で探していたときはあったが。

 いつも通りなら、獲物を捕捉してから路地に引き込む。獲物は見つかった時点で狩られている。

 わざとらしく探してから隠れる時点で、かなり怪しい。

 最悪を考えるなら、追っていった瞬間に足を折られる。

 安全を考え、あれはブラフだと仮定しろ。

 馬鹿みたいに凄まじい才能だ。人類の進む先があれならば、未来は明るいな。

 長期による監視は対象の警戒レベルと才能を研ぎ澄ました。

 ありえない速さと、信じられない密度の成長。

 これはすでに、次のフェーズを本番に移しても問題はないだろう。

 ……今の対象は、殺せる気がしない。

 観測位置及び本日の作戦行動人員より。





     †††††





「……追って、来なかったか」


 私は背後を振り返り、気配が近づいていないことを確認する。

 壁に背をつけ深呼吸すれば、新鮮な酸素が緊張した内臓と脳を巡る。


「今日確信した。特大の寒さが、私達を見ている」


 いつからだろうか。ある日急に感じた寒さと、不明瞭な死の気配。

 ぼんやりとした恐怖は、だが濃密であった。

 日常を侵食するほどの気持ち悪さを誤魔化すため、私は最近毎夜のように不良狩りに出歩いている。

 界理を一人にするのは怖いが、どうやら狙っているのは私だけ。

 最近寒さに対する感度が異常に高まっている。だからこそわかるのは、寒さは界理へと向いていないということ。

 

(……それに最近は界理の前でさえ、殺意が湧く)


 自分、寒さ、不快感、危険……界理。誤魔化す為に外に出歩いても、私の体は凍りついたように冷たい。


「クソッタレッ! ふざけんなよ、何が来たって言うんだよ……!」


 相手の正体が掴めない。

 寒さの根源が見えない。

 死の気配を発する者は、必ずいるというのに。


(ああ……! 寒い……!)


 体を抱く。

 凍えている。冷たくて痛い。震えても熱がこない。

 なのに、頭の奥にドロドロと重たいものが溜まっていく。


「くっっっそ!!」


 ガンッ! と、頭を壁に打ち付ける。

 痛い。寒い。

 これまでは絶対にしなかった、自傷行為とも言える愚行。

 得られら寒さは、現状感じる寒さで微々たるもの。

 

「……クズどもを……狩るか……」


 今は、ただ気を紛らわせたい。紛れなくとも、行動したい。

 と、頭から生暖かい感触が落ちてくる。


「ああ、血か……。自分で流すの……いつぶりだ?」


 服につかないように拭って、私は路地に歩を進める。

 今日も獲物は見つかるだろう。

 寒さは、消えないだろう。

 ……帰るまでに、血が止まればいい。界理を心配させないように。





     †††††





 僕は、嬉しい。

 やはり君は、最高の才能だ。

 僕達人類の、希望だ。


「多迫会に連絡を頼む。ああ、銃器は一切禁止だよ。ヤクザとはいえ自由は許さない」


 だから、君はもっと才能を磨かなければならない。


「界理くんには、ちょっと働いてもらおう。……なに、死なないよ」


 君に与えたピースが、君を導くだろう。


「すべては、不滅の才能のためだよ。その為の犠牲は、ちゃんと支払うべきだ」


 ねえ、遥君。

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