夢話 秤は人間と不干渉——絆されてはいけない

 外を観る。

 この身触れることのできないカタチの世界。『現実』と呼ばれる外界は、あたしにとって酷く遠い。

 でもだからこそ、全てを俯瞰して観ることができる。


「アリア……あなたは、今は敵じゃない。だから、殺さない」


 今回もあたしは、ただ観て判断する。

 公平に、公正に、平等に。

 あたしという存在にとって、全ての情報は等価に過ぎない。

 あたしは『自分』という境界を捨てた。

 夢は、夢を見る誰かであるべきなのだ。

 故にあたし自身は、夢を見ることはない。

 ただ観る、ただ測る——


「遥の寒さは、このぐらい、かな?」


 ——ただ決め与える。

 私が与えられる唯一の感覚を、貴賤なく伝える。それだけが私の生まれた意味だ。

 死を前にした赤子が叫んだ。応えられるのは、赤子自身だけだった。

 だから赤子は、万物を等しく観られる秤を作った。

 秤は正確でなくてはならない。

 あたしは『現実』に住む彼女に、彼女が望んだ通り生きる方法を教える。

 絶対の基準は、『死』を以て決められた。


「…………」


 後悔はない。そんな感情は必要ない。

 哀れみはない。持つだけ無意味だ。

 懺悔はない。どうせ、私の『声』は届かない————はずだったのに。


「……なんで、あたしが遥に認識に……」


 客観的な情報の処理は、これまでも提供してきた。

 でも、主観いしきが交わるなんて起こったことはなかった。起こってはいけなかった。

 あたしは秤。あたしの歪みは、遥を殺す。

 だからあたしが歪まないように、遥との接触は許されない。

 ましてや、助言なんて……


「……楽しんでる」


 外を観る。

 遥の隣に、灯火。

 遥の前に、隠す者。ときに害する者。

 こんな状況、あたしが許したことはない。危険が強いのならば、あたしは冷たい風を吹かせなければならない。

 秤は、自分の意思で傾いたりしないのだから。


「遥……楽しんでる」


 なのに、どうしても認識が邪魔をする。

 主観なんてものが、感情なんてものが、あたしの客観を邪魔してくる。


「……今は、危険じゃない。だから、このままでいい。うん」


 なんて苦しい言い訳だろう。

 でもそうでしか、あたしはあたしを納得させられなかった。

 あたしは遥の為の存在。遥が苦しんでも、あたしは遥の為の秤だ。

 その、はずだったのに……。

 やっぱり、あたしと遥は関わるべきじゃなかった。

 あたしは思う。


「また、話せるかなぁ」


 秤にあってはならない、傲慢感情おもいを。


「…………」


 遥が、ジュースを口に運ぶ。

 あたしに伝わるのは、期待と喜び。


「…………こんかい、だけ」


 伝わるはずの寒さを、私は伝えなかった。



 遥が、ジュースを飲む。

 春が滲むような歓喜が、あたしに流れ込んだ

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